INDEX
「映画監督」デプレシャンが描いた、「映画観客」デプレシャン
エジソンとリュミエール兄弟が登場する幕開けは一見、ものものしい。退屈な「映画の授業」が始まるのでは、という不安が一瞬よぎる。ところが、それが杞憂だったことが直後に明るみになる。「アメリカが映像=フィルムを発見し、フランスが映画=シネマを見出した」と映画黎明期を総括する言葉が作品全体の予告になる。そして、わたしたちは驚きに導かれる。

フランス人であり、フランス映画の伝統をかなりの部分で踏まえているかに思えるデプレシャンは、その後、なんと自国の映画にはほとんど触れず、主にアメリカ映画について言及していく。約50本ほどの作品のシーンが次々に引用されるが、最初に登場するのはなんと『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(1993年)だ。監督はマーティン・スコセッシ。そうして、フランシス・フォード・コッポラ監督を特権的なポジションに配置しつつ(青年時代のデプレシャンが「尊敬している」と明言する再現ドラマが挿入される)、ジェームズ・キャメロンの2作からの象徴的な引用があり、マイケル・チミノの『ディア・ハンター』(1978年)には最上級の敬意が捧げられている。デプレシャンの自由闊達さの底辺には、アメリカ映画からの影響も深く関与していたことを、わたしたちは知る。映画作家の無邪気で素直な横顔に触れる想い。

とりわけ不意を突かれるのは、『ノッティングヒルの恋人』(1999年)のワンシーンで、ジュリア・ロバーツとヒュー・グラントのやりとりにかなりの時間を割いていることだ。男性性から女性性への限りない憧憬を、ベタつかない情緒で編み上げるモノローグは、『映画を愛する君へ』という映画の本質を体感させる。これは映画作家アルノー・デプレシャンの新作というより、映画観客アルノー・デプレシャンの心情吐露なのだ。
時に懺悔のような記述もあるが、そうしたシリアスな告白も含めて、観客デプレシャンができるだけ正直であるために、監督デプレシャンが力を貸しているかのようにも思える。