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西島秀俊の演技論。ポジションや導線、ロケーションが俳優の演技に与える影響を語る

2025.9.5

#MOVIE

映画の会話シーンは、一見地味でセリフが主役だと思われがちだ。しかし目を凝らせば、俳優の身体や会話の中で生まれる細やかな動きが浮かび上がってくる。つまり会話シーンも主役は、言葉ではなくあくまで俳優たちの生身の身体なのだ。

そのことを鮮やかに思い出させてくれるのが、真利子哲也監督の最新作『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』である。ニューヨークで暮らすある家族に起こる悲劇をきっかけに、日常が少しずつ崩れていく様子を映すヒューマンサスペンスである本作では、夫婦の会話や口論が多く描かれるが、そこでも西島秀俊演じる賢治とグイ・ルンメイ演じるジェーンの身体の動きが目を引く。

今回、本作で主人公・賢治役を演じた西島秀俊にインタビュー。本作の魅力から、過去の真利子作品との違い、さらに導線やポジション、ロケーションが俳優の演技にどのような影響を及ぼすのかまで語ってもらった。

※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

西島の興味を惹いた、些細な出来事をきっかけに壊れてしまう日常の脆さ

—本作に出演を決めた理由を教えていただけますか?

西島:真利子監督と一緒に仕事がしたいとずっと思っていました。『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年)を観たときに、「見たことのない作品を撮る監督が現れた」と衝撃を受けたんです。物語が進んでいく中で、真利子監督にしか撮れない暴力性やサスペンスが描かれ、監督の美学や哲学を感じる作品でした。今回、真利子監督から企画書と脚本をいただいて読んで、とても面白く、ぜひ参加したいと思いました。

西島秀俊(にしじま ひでとし)
1971年3月29日生まれ、東京都出身。1992年に俳優デビュー。2021年公開の映画『ドライブ・マイ・カー』では、第45回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞、第56回全米映画批評家協会賞 主演男優賞などを受賞。ドラマ『きのう何食べた?』シリーズや、映画『首』、『スオミの話をしよう』、Apple TV+『Sunny』など、国内外の映画・ドラマに出演。

―今回の脚本に関して、どんな点に惹かれました?

西島:生活の中で突然経験する、暴力的な運命や日常が壊される瞬間が描かれています。それが真利子監督の思想なのか、世界に対する見方なのかはわかりませんが、興味深く、チャレンジしたいと思いました。

あらすじ:ニューヨーク大で建築学の教鞭をとる賢治(西島秀俊)は、震災の記憶から廃墟に取り憑かれている。アジア系アメリカ人の妻ジェーン(グイ・ルンメイ)は、人形劇団の芸術監督のキャリアを積んでいたが、介護や子育てに追われ、仕事に向かう余裕を失っていた。そんなある日、2人の幼い息子であるカイが誘拐される事件が起きる。悲劇に翻弄される中で、口に出さずにいたお互いの本音や秘密が露呈し、夫婦間の溝が深まっていく。

―日常が壊される瞬間というのは、なぜ西島さんにとって興味深いのでしょう?

西島:例えば、日常生活で家族と暮らす中で、部屋の片付けを1人でしていたりすると「手伝ってくれればいいのに」と思ったりしますよね。そういう本当に些細なことから始まり、フラストレーションが徐々に溜まっていく中で、なんらかのきっかけで、一見普通に見えた家庭が大きく壊れていってしまう。そうした日常の脆さが描かれているのが興味深いと思いました。

日常というものが実はいとも簡単に壊れてしまうということを、僕たちはこの10年ほどの間で震災やパンデミックなどを通じて体験しています。そんなことをずっと考えながら生きてはいけませんが、日常の脆さを身を以て体験したことが、今回の物語に惹かれた理由の1つかもしれません。

―タイトルにある「ストレンジャー」は、展開が進むにつれて色々な意味に受け取れる作品だと感じました。西島さんはどう受け取られましたか?

西島:色々な意味が込められていると思います。最も身近なのに、わからない存在。それは自分の家族のことかもしれませんし、もしかしたらアメリカの片隅に生きているアジア人家族のことでもあるかもしれません。

この作品に、このタイトルは本当にピッタリだと思いました。よく知っていると思っていた相手のことを、実は全く理解できていなかったということが何かの拍子に露呈すると、動揺し、お互いにぶつかり合ってしまう。どれだけ近しいと思っていても、他人のことはやはりわからないと感じることは、実際の日常生活の中でもあると思っています。

―演じたのは、賢治というニューヨークの大学で主に廃墟に関して研究をしている日本人でした。彼を演じる上で大切にされたポイントはありましたか?

西島:僕の演じた賢治は、ニューヨークに住んでいたり、過去の震災の経験に囚われていたりなど、多少特殊なところはありますが、誰しもどこか賢治と似たような問題を抱えていると思います。どんな家族にも、大なり小なり家族の中で蓋をして見ないようにしている問題があるのではないでしょうか。そういう点で、観ている方に共感してもらえる人物になってほしいと思いながら演じていました。

西島秀俊演じる賢治 / 『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』場面写真 ©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

身体的な暴力ではない、コミュニケーションを媒介にした不穏さ。真利子作品に起きた変化

―『ディストラクション・ベイビーズ』では身体的な暴力が鮮烈でしたが、今作では少しテイストが異なりますね。

西島:たしかに今作は、これまでの真利子監督作品とはちょっと肌触りが違うと感じています。他者からの無理解や、突然事件に巻き込まれるという家族の状況、それらによってお互いの関係性までもが変わってしまうという物語で、肉体と肉体がぶつかり合う直接的な暴力というものはそれほど描かれていません。そうした変化をとてもおもしろいと感じながら演じていました。

―今作には身体的な暴力のシーンもあるけれど、どちらかといえば会話だったり周囲の状況だったりが、主人公たちにとって暴力的に働いていると感じました。

西島:賢治たちの家族が、ニューヨークのブルックリンで移民として暮らしているという背景なども関係があると思います。そして周りの人から、自分の大切にしていること、やりたいことに対して無理解に晒されています。特にジェーンは、自分にとって生きていくために必要な、彼女が本当に大切にしていることが「今、必要ないでしょ」と言われたりしてしまう。

これらを「暴力」と一括りにして呼んでいいのかわかりませんが、現在の状況と折り合いがついていない、いつかこの状況が崩壊して破綻していく予感のような不穏さがあります。そしてそれは、もしかしたら現代社会が抱える問題とも直結しているのかもしれません。

グイ・ルンメイ演じるジェーン / 『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』場面写真 ©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

―この作品はセリフの約9割が英語ですよね。ただし賢治とジェーンとの言い合いなどの場面では、つい日本語が出てしまう。

西島:僕の演じた賢治は、研究内容が評価されてアメリカに呼ばれた助教授なので、英語がネイティブほど堪能ではないという役柄です。だからジェーンとの言い合いのときなど、感情が先走って言葉が出てこないこともしばしばあり、思わず母国語が出てしまう。そうした賢治の人物像を表す描写は、脚本の段階で描かれていました。カットされたシーンにも、日本語でブツブツ言っているところがあったりもしました。

―西島さん自身は、コミュニケーションや対話をする上で大切にされていることはありますか?

西島:大切に思っているのは、正直であることです。正直に話すことで、ストレートに言葉の持つ力が強く伝わることを一層感じています。良い感じに言葉を装ったりすると、相手に伝わらないんです。だから本当に思っていることを、正直に伝えたほうが言葉は力を持つと感じています。

今回、海外のスタッフやキャストの方々と一緒にお仕事をしましたが、日本のスタッフや共演者にはもちろん、海外の人々とコミュニケーションをとっているとそのことをより感じます。これからも正直であることを大事にしていきたいと思っています。

俳優の演技に導線やロケーションが与える影響

―さきほども挙がった賢治とジェーンとの会話や口論についてですが、セリフだけではなく、2人のポジションや導線によって夫婦の関係性や心の内側が表現されていると感じました。

西島:そうですね。僕やルンメイさんの座る位置など、真利子監督による演出のおかげだと思います。最初に口論となる場面など、実際に言われた通りに動くと、感情や状況の変化などとも合っていることが多かったです。最初にいる位置から、セリフのやりとりを通じて2人の関係性が変わる過程で、賢治とジェーンが物理的にどの位置にいるのかを、2人の心の距離感の変化なども考えて演出されていたと思います。

―その後の場面も、2人のポジションなどが夫婦の関係の変化を表しているようでした。やはり導線というのは、演者の演技に大きく影響するものでしょうか? 座る位置や立つ位置が違うだけで、違う芝居になりますか?

西島:もちろん、それは大きく影響すると思います。まずどこにいるのかというのが大きいので、違和感があるときには監督と話して、「やはりこっちに座っていましょう」となったりすることもあります。

ただ、真利子監督の場合は、導線に関してものすごくこだわっているというよりも、人物と人物の位置関係も含めて、「場」をとても意識されていると感じます。実際その場に行ったときに、この人物は今こういう心情なんだと、納得させられるような場を用意されていると感じました。

『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』場面写真 ©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

―真利子監督作品のロケーションはたしかに素晴らしいですね。西島さんが今回、特に「場」を意識されたシーンはどこでしたか?

西島:やはり廃墟でしょうか。他の監督なら撮影しないような廃墟でした。階段も「2段以上は上らないでください」と言われたり、スタッフが防塵タイプのマスクをして撮影したりするような場所でした。

ニューヨークで撮影すると言っても、観光地のような場所ではなく、ブルックリンの片隅にあるストリートや、チャイナタウンの古い家など、どこか忘れ去られそうな、朽ちていきそうにも感じられる場所です。

真利子監督が選ぶ場所には特徴がありますよね。『ディストラクション・ベイビーズ』の港町なども印象的でした。登場人物がそこにいるだけで、そのキャラクターが伝わってくるような場所を選ばれていると思います。

―その場所に行くと、演技の方向性が見えるということでしょうか?

西島:意識的にも、無意識的にも演技に大きな影響を受けます。真利子監督が撮影前にロケ地の写真を見せてくれましたが、それで役の心情について理解できることがありますし、演技の助けにもなります。また、実際にその場に行くと、より強く感じることもたくさんあります。

―導線の話に戻りますが、西島さんのキャリアの中で、これは演技がしやすいなと感じた作品などはありますか?

西島:黒沢清監督の作品ですね。導線に関して本当に天才だと思います。俳優の生理に合わないことはさせないんです。俳優の無意識的な動きまで計算して、空間の中に物や小道具を配置されるのですが、演じる側としても本当に不思議でおもしろいです。黒沢監督は長回しを撮る際に、いつも図まで描いて「こうやって動いてください」という説明をしてくれます。

西島:普通は、長回しの撮影で指示が多いと演じにくいはずなんです。長いセリフを話しながら、これとこれをやって、移動して……と、どんどん覚えることが増えていくわけですから。ところが、黒沢監督の演出は、むしろ俳優が演じやすくなっていきます。黒沢監督は、セリフ、セリフを発する俳優の心理状態と動き、そしてカメラをすべて計算されているのではないかと思います。濱口竜介監督も、ポジションに関してとても厳密な指示を出しながら撮影されていました。

その中でも特に黒沢監督の『LOFT ロフト』(2005年)が印象的でした。とても不思議な導線だったんです。「このセリフの時にこう行って……まあ行かなくてもいいんですけどね」「ここにある水を飲んで……まあ飲まなくてもいいんですけどね」みたいな感じで(笑)。

―どっちなんだ、みたいな(笑)。

西島:ただ、実際に指示通りに動くと、それらがすべて役の動きの流れにことごとく合っているので、その通りに動いてしまう。俳優が無理やり身体を動かしているわけではないのですが、黒沢監督の演出に見事に動かされているという不思議な感覚になってくるんです。この不思議な感覚の秘密は、いつか誰かに分析していただきたいです。

―黒沢監督作もですが、今作も真利子監督の作家性の強い映画になっています。そうした作品に関わっていきたいなど今後の思いとしてもあるのでしょうか?

西島:そうですね。僕自身、アート映画や、作家性の強い作品などが好きでよく観ていますし、自分自身も関われることが楽しいです。独立したのは、自分がやりたいことに挑戦できるようにするためです。今後、そうした作品に自分の力を込められるのではないかと感じています。

『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』

2025年9月12日公開
上映時間:138分
製作:2025年(日本)
監督:真利子哲也
出演:西島秀俊、グイ・ルンメイ
配給:東映
公式サイト
©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

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