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ドラマで、原作のあるやり取りがカットされた理由

勝男の関白宣言とは対照的に、ドラマ版ではカットされていて驚いた原作のシーンがある。九州から東京に帰ろうとする鷹広兄さん(塚本高史)に、手作りのとり天を届けに行く第5話。勝男の家から羽田空港へ向かう、車内でのひとコマだ。ドラマでは、勝男の会社の後輩・白崎(前原瑞樹)の恋人・青子(夏目透羽)が、幼い頃に身体の弱い叔母へ不躾な言葉をかけたことをいまも後悔していると打ち明けるが、原作ではその前に、もう一つのやり取りがある。兄にデリカシーのない発言をしてしまったことに気づいた勝男が、「みんなどうやって現代のマナーを学んでるんでしょうか……」と白崎たちにぽつりと問いかけるのだ。
職場でも指導する側になることが増え、誰かに注意される機会も減った30代にとって、案外切実な悩みだ。行き詰まったような表情の勝男に、白崎たちは三者三様の答えを軽やかに返す。
その答えからは、もともと柔軟な感性を持つ彼らが、普段からアンテナを張り巡らし、日常の中で価値観をアップデートし続けていることがわかる。そして原作では、青子の「あと普通に怒られたり!」という一言をきっかけに、彼女の叔母への後悔の話へとつながっていく。
大人になると、現代のマナーなどというものは誰も教えてくれない。新たなマナーに出くわす度に間違えて失敗する道しかないと思っていたけれど、白崎たちのように少しずつチューニングすればいいのだ。筆者は、初めてこのエピソードを読んだ時、心のどこかでずっと抱えていた「永遠の問い」に対しての答えをもらったような気がしたのを覚えている。
しかし、ドラマではこのやり取りがカットされていた。つまり、ドラマ版は「あえて」答えを提示しなかったのだ。なぜだろう。
それは、完璧なマニュアルが用意されていない私たちの対人関係において最も大切なことは、「考え続けること」だからではないだろうか。現代的な感覚をキャッチする方法はたくさんあるが、結局のところは、青子が言うように「いろんな人の立場を知る努力をしたり想像したり」するしかない。ドラマの中の勝男や鮎美のように、ジタバタしながらも目一杯、悩みに悩んで考え続けることが、テレビの前の私たちにも必要だからこそ、ドラマ版は「わかりやすい答え」を提示しなかったのではないかと思うのである。
さて、物語もいよいよ折り返し! ときには自分の胸に手を当てながら、ジェットコースターのように慌ただしい不器用なふたりの旅路を、最後まで見守ろうじゃないか。
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』

TBS系にて毎週火曜よる10時から放送中
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