INDEX
当時の空気を閉じ込めたdry river stringのレコーディング秘話
—当時のupandcomigは途中でサックスのメンバーが加入して、徐々に音楽性が変化していきましたね。
干川:何にフィーチャーするかを考える中で、音数を減らして歌を前に出そうとしたときに、もう一本歌っぽいものがあればいいんじゃないかと思って。2ndアルバムの『white album』(2008年)に関しては、自分の歌をサックスに代わりに歌ってもらってるようなアルバムでしたけど、山ちゃんに「干川がもっと歌った方がいいよ」って言われたのは覚えてます。

—dry river stringの最初のEP『buried e.p.』(2009年)が出た後に、toeの『For Long Tomorrow』(2009年)に干川さんが参加したのはどういった経緯だったのでしょうか?
干川:あれは山ちゃんに声をかけてもらいました。それこそ美濃さんに録ってもらったdry river stringのアルバムを山ちゃんもすごく気に入ってくれて。アーティストが選ぶその年の3枚みたいな、あれに入れてくれてて。
美濃:マジで? その話初めて聞いた(笑)。
—(笑)。dry river stringではよりアコースティックなサウンドに変化しましたね。
干川:もっと歌にフォーカスして、自分のルーツにあるような音楽にフォーカスを当ててみようと思って。で、年下の相棒(金谷亘)を見つけて、2人でやりだして、まずcontrarede(※)からEPを出して。じゃあ次はアルバムってなったときに、美濃さんに電話かメールかなんかして。
※レコードショップ“some of us”の店長・小林英樹氏と54-71のメンバーによって設立されたレーベル
—山梨県小淵沢にある音楽スタジオ「八ヶ岳星と虹レコーディングスタジオ」でレコーディングをしたんですよね。どんなことを意識して録音を行なったのでしょうか?
美濃:あんまり覚えてないですけど……のんびり風呂行ったりしたよね(笑)。
干川:期限も限られてる中、美濃さんのペースがすごいゆったりで、「これ大丈夫かな?」って(笑)。
美濃:昼に温泉行って帰ってくると、身体がポカポカしてるし、喉も開いてる状態で、気持ちよく録れるかなって。レコーディングは絞り出す作業になりがちで、苦しかったりもするじゃないですか。そうじゃなくて、そのままスッとアウトプットしたものをただ録るだけ。何十回もやってパーフェクトな演奏を目指すんじゃなくて、場合によっては1回でも、「いいよいいよ、間違えてるのもあり」ぐらいのノリだった気がする。「今のテイクは2度とできないじゃん」なんつってさ。多分サボりたいだけなんだけど(笑)、そんな感じのいい思い出。

—アルバムには柏倉さんも2曲参加していますね。
干川:あれは本当に飛び入りで。「遊びに行く」っていうから、じゃあ叩いてもらおうってなって、その場で曲を聴いて、何回か叩いて、それを使ってるんです。
美濃:あの感じは今は録れないだろうね。今だったら、良くも悪くもちゃんとしちゃう。あのときの空気感じゃないと、あの雰囲気は出ないだろうな。