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りんご味かぶどう味かより、硬さが重視されるグミ
つやちゃん:食べ物で言うと、いま、味が極端に濃いものとか、極端に辛いものが流行っているじゃないですか。あと、グミとかも、食感のバラエティが最近すごいですよね。ああいうのも含めて、食べ物や身の回りのもの全体がすごく「テクスチャ」に寄ってると思うんですよね。
瀬口:そうですね。僕もグミ、好きです。
つやちゃん:めちゃくちゃ硬いグミがあったときに、それがりんご味なのかぶどう味なのかは、もう関係ないんじゃないか、というか。テクスチャの過剰性の方にポイントがあって、それは、この青松さんの短歌や瀬口さんの短歌に近いものを感じるんです。
瀬口:時代的に、娯楽が身体をベースとしたもの、身体感覚に訴えかけるものになってきている、ということでもありますよね。すごく硬いグミとか、もちもちしたグミとか。激辛やデカ盛りは、身体に負荷をかけるということの面白さで、且つそれが先鋭化してきている、と見ることもできます。「サウナ、筋トレ、スパイスカレー」って、ぜんぶ身体に負荷をかける行為ですよね。
つやちゃん:たしかに!
—音楽の場合はどうでしょう。「りんご味かぶどう味かよりも、グミの硬さの方が重視される」というのは、「メロディや和声、リズムよりも、音色選びが重視される」というようなことでしょうか? そういうことがいま起きている?
つやちゃん: 一概に二項対立では言えませんが、音色選びが重視されているのは間違いないと思います。聴きやすいメロディやわかりやすい歌詞を、意図的に過剰なエディットとか、いびつな音色を使って、ある意味で物語的なものを切り刻んでいったり、編集していく。そういった試みがいろんな音楽ジャンルで起きていて、その代表と言えるのがハイパーポップなんじゃないかと思います。

—つやちゃんさんは以前、「R&Bなのかトラップなのかより、雰囲気や美意識が重視される音楽」を「Post-Genre Aesthetic」という言葉を使って説明されていましたよね。
つやちゃん:その話に引きつけて言うとしたら、美学や美意識を表現する際に、いろんなテクスチャが試されるようになった、ということはあると思います。ハイパーポップの起源と言われているソフィー(SOPHIE)の音楽って、「硬い」とか「痛い」とか「破裂する」とか、気持ちよさ以前に音色やテクスチャが身体の境界を試してくるような、画期的なものだったと思うんです。自分の身体に対する違和感をどう音としてアウトプットしていくかというときに、それにぴったり合ったテクスチャや音色を探していったのが、ソフィーたちが2010年代後半に行ったことだったと思います。
つやちゃん:その後起こったのは、ハイパーポップのジャンル化 / スタイル化です。特有のテクスチャや音色が、手法 / ツールとして使われるようになり、様式化していく——この5年くらいはそういう時期だったのかなと思いますね。テクスチャを手法として使っているのか、あるいは、身体と地続きのものとして、テクスチャによって痛みまでを自分の身体として引き受けているのかには、けっこう大きな違いがあると思っています。
瀬口:そうですよね。言葉のレベルだと、既存の文法では言えないようなことを言わなきゃいけなくなったときに、言葉がブチブチにちぎれて、一字空けが多用されたりして。そういう、意味だけじゃなくて雰囲気 / イメージ / テクスチャのゾーンで開拓が進んでいると思うんです。痛みについては、誰がどれだけ歌っても歌われ足りることはないと思っているので、現代の痛みを歌うために、どういう文体が開発されるか。文体っていうか、フォーム / フォルムですよね。音楽でもファッションでもそうだと思いますけど。