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ダニエルとキムの対比、感情の生々しさ
ここで注目したいのは、ダニエルとキムの関係だ。主人公のダニエルはユダヤ人ながら、演じているレイチェル・セノットはカトリックとして育てられた。一方で、非ユダヤのキム役のダイアナ・アグロンは、実際にはユダヤの家系である。

ダイアナ・アグロンは、大ヒットしたドラマシリーズ『glee / グリー』でも知られている。ディアナ・アグロンと表記されることもあり、HKT48の物議を醸した曲『アインシュタインよりディアナ・アグロン』を思い出す人もいるかもしれない。今回の配役は、アグロンがそのユダヤ性を隠され、ステレオタイプなWASP(※)の女性として見られることへの皮肉になっている。
※WASP:ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタントの略称。アメリカの伝統的な支配階層である白人プロテスタント系アメリカ人を指す言葉
実際、アグロン演じるキムは、最初ブロンドの美人な女性として描かれるものの、物語が進むといくつもの事業を成功させている実業家だと判明する。ダニエルの承認欲求を満たしていたマックスの妻であり、自分が持ちえない力を持っている対極な女性、キム。ダニエルは彼女と対面するたびに自信を喪失し、その度に自己不安に陥る。ついには、自分がシュガーベイビーであること、それをベビーシッターと偽っていたことをキムによって暴かれそうになる。赤ん坊が泣きじゃくる中、自己が崩壊し泣き出してしまうダニエル。大人の成功した女性であり母親であるというキムと、何者でもないベビーとしてのキムは、まさに対照的な存在として描かれている。
2人の関係で興味深いのは、ダニエルの複雑さが表出するところにもあるだろう。親戚たちは非ユダヤ女性であるキムと結婚したことをやっかみ、退屈な女だと陰口を言う。後ろで聞いていたダニエルが微かにうなずく。今まであれだけ煙たがっていた親戚に、ダニエルが唯一同意を示す場面だ。

親戚と同様、キムにステレオタイプな視線を向けるダニエルに対して、マヤは将来の活動家が女性差別をするのかと問いかける。ジェンダー専攻であり、その視点を生かしてビジネスをやりたいというダニエルにとって、理想ですらあるはずのキム。しかし、前述の通り、彼女はマックスの妻であることによって、ダニエルの自尊心を決定的に損なわせる存在である。ここに、ダニエルの生々しさ、将来に不安を抱える人々の等身大かつ複雑な感情が表出しているといえるだろう。
Z世代の複雑なアイデンティティと疎外、理想を押し付けるコミュニティの窮屈さを強迫的なカメラと音で切り取った『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』。弔いの場であるはずのシヴァは、自己をはぎ取る監獄となってしまう。ダニエルは自律性を取り戻せるのだろうか。コロナ禍の傑作に示されたかすかな希望を、ぜひその目で確かめていただきたい。
『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』

監督・脚本:エマ・セリグマン
出演:レイチェル・セノット、モリー・ゴードン、ダニー・デフェラーリ、ダイアナ・アグロン、ポリー・ドレイパー、フレッド・メラメッド
製作:エマ・セリグマン、リジー・シャピロ、ケイティ・シラー、キーラン・アルトマン
撮影監督:マリア・ルーシェ
編集:ハンナ・パーク
プロダクション・デザイン:シャイアン・フォード
音楽:アリエル・マルクス
衣装デザイン:ミシェル・J・リー
2020|78分|英語|アメリカ、カナダ|
原題:Shiva Baby|字幕翻訳:内海千広 <G>
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配給・宣伝:SUNDAE