はるな愛の半生を描いたNetflix映画『This is I』が2026年2月10日(火)より配信されている。本作にも出演をし、自身もトランスジェンダー当事者であることをオープンにしているライター / 編集者のKotetsu Nakazatoは本作をどう見つめ、何を感じたのか。希望溢れる「エアミュージカル」をレビューする。
※本記事には作品の内容に関する記述が含まれます。
※作品の内容に関して記述する際は、作品の時代設定に基づき、トランスジェンダー女性をニューハーフと記載しています。
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「本当の自分」で生きることを諦めない、トランスジェンダー女性の物語
2009年11月1日、前日にタイ・パタヤで開催された世界一美しいトランスジェンダー女性を決定する『ミス・インターナショナル・クイーン』で、日本人初の優勝者が誕生したニュースを目にした。優勝した彼女の名前は「はるな愛」。
当時、テレビを付ければお笑い番組でエアあややとして口パク芸を披露し、バラエティ番組では雛壇で明るいトークを繰り広げ、お茶の間の人気者として活躍していた彼女の知られざる半生を描いたNetflix映画『This Is I』が、2026年2月10日(火)から配信されている。
本作は「アイドルになりたい」と夢見た一人のトランスジェンダーが、出会いと別れ、挫折と希望を味わいながら前を向き歩みを進めるハートフル「エアミュージカル」だ。はるな愛の半生を記した自伝本『素晴らしき、この人生』(講談社)と、彼女の性別適合手術を担当した医師の和田耕治とパートナーの深町公美子による書籍『ペニスカッター:性同一性障害を救った医師の物語』(方丈社)を参考に、はるな愛の幼少期から『ミス・インターナショナル・クイーン』で優勝するまでの波乱万丈な人生を描いている。
出生時に「男」の性を割り当てられながらも、小さな頃からアイドルや可愛いものが好きだったケンジ(望月春希)。家や学校、子どものど自慢大会でマイクを握り、歌い踊る幼少期のケンジは、周囲を笑顔にし、アイドルになるという夢を1ミリも疑わずに持ち続けていた。しかし、年齢を重ねるにつれ自身の性のあり方を認識し始め、周囲もそんなケンジに冷ややかな目を向け始めていく。学校では壮絶なイジメを受け、家では家族に心配をかけないよう振る舞うケンジは、どこにも居場所がない孤独な中学生だった。

幼い頃からアイドルになることを夢見ていたが、自身の性別違和に悩み続ける。ショーパブで「アイ」として働いている時、和田医師と運命的に出会い、性別適合手術を受けることに。明るく優しい性格だが、母親に黙って手術を受けたことを心苦しく思っている。
そんなケンジはある日街中で、一人の女性に目を奪われる。ブロンドの髪をボリューミーにまとめあげ、真っ赤なリップにゴージャスなドレスを纏い、10センチを超えるハイヒールを履いて颯爽に歩くその人を追いかけていくと、そこにはニューハーフが働くショーパブ「冗談酒場」があった。煌びやかな衣装とゴージャスなヘアメイクをしたニューハーフたちがステージ上でパフォーマンスをする姿を見たケンジは、初めて自分以外にも出生児に割り当てられた性別と、自分が自認する性、表現する性が異なる人たちと出会い、居場所を見つける。「冗談酒場」で個性溢れるニューハーフの先輩たちからいびられながらも愛され、ショーパブのママ、アキ(中村中)から「アイ」という名前をもらい、新たな人生を歩んでいく。

アイが働くショーパブのママ。誰も自分のことを理解してくれないと思い込んでいた学生時代のアイを、強い言葉で叱咤激励してくれた恩人。
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トランスジェンダーが精神疾患扱いされた1990年代。「ブルーボーイ事件」の影と医師との出会い
しかし、年齢を重ねるにつれて成長していく身体が自身の性のあり方からかけ離れていく恐怖を抱え、本当の自分になることはできないのだと絶望を感じながら生きていたアイ。そんなとき、医師の和田耕治(斎藤工)と出会い、アイの運命は大きく変わる。
当時、1965年に起きた「ブルーボーイ事件」(※)裁判により性別適合手術を行うことはタブー視されていた。しかし、そんな時代にも自身の性自認に合わせて適合手術を望む人たちは数多く存在した。アイもその一人だ。そんな人たちを「生かすため」に、和田はアイの「女にしてほしい」という願いを承諾する。
※1960年代に日本で起きた性別適合手術をめぐる裁判事件。トランス女性に対して性別適合手術を行った医師が、当時の優生保護法における「不妊手術の禁止規定」に違反するとして起訴された。裁判では手術の医療的正当性はほとんど考慮されず、有罪判決が確定。この事件をきっかけに、日本では性別適合手術が長年タブー視され、トランスジェンダー医療と権利保障の発展が大きく遅れる結果となった。

過去に患者を救えなかったことに苦しみ続けている医師。アイとの出会いで、性別違和に苦しんでいる人が多くいることを知り、日本では難しいとされていた性別適合手術へ踏み切る。警察に目をつけられ世間からの激しい批判にさらされ、少しずつ疲弊していく。
1990年代、トランスジェンダーが医学的にも「精神疾患」(※)と見なされていた時代に流れていた冷酷な眼差しや逆風と闘いながら、本当の自分を取り戻すことを諦めなかった愛と和田の覚悟が、本作では色濃く描かれる。
性別適合手術を終えたアイは、「これでアイドルになれる」と上京することを決意。しかし、ニューハーフというだけで芸能事務所やイベントプロモーターから門前払いされる日々が続き、アイは夢を諦めかけそうになりながらも「自分にしかできないこと」を見つけていく。
※2018年にWHO(世界保健機関)が国際疾病分類の改正版を発表し、その改正で「性同一性障害」が精神疾患のカテゴリーから除外され、「性の健康に関する状態」というカテゴリーに「性別不合」として再分類された。それに伴い、2024年に日本の専門学会も「性別不合」を用いるようになり、医学界では非病理化の方向に進んでいるが、診断名や法律上に明記されている言葉は未だ「性同一性障害」のままである。
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当事者のエンパワメントにつながる作品
本作でははるな愛の性のあり方、性別適合のプロセスを通して、血縁家族との間に生まれるすれ違いと葛藤、シスヘテロ男性との恋愛やセックスのハードルの高さ、働き口の少なさなど、現代にも通じるトランスジェンダー女性を取り巻く生きづらさが描かれている。しかし、そんな周囲の視線や社会の規範によって自分の幸せを「諦めたくない」と強く願い続けるはるな愛がいたからこそ、彼女の人生がNetflixで映画化するまでには、社会が「変わった」のだろう。
筆者自身もトランスジェンダーであることをオープンにしているが、トランスジェンダーを含む性的マイノリティの多くは、幼少期にロールモデルにできるような同じ性のあり方を持った存在と出会うことが難しい。今であれば、世界に目を向けるといろんな業界で活躍している性的マイノリティはいるが、それでもトランスジェンダーが活躍できる業界は限られているように思う。日本だとそれはより顕著になる。
そんな中でも、こうしてはるな愛が夢を叶えることを諦めずに生き、幸せを手にする物語が世界に向けて発信されることは、私たちも自分の幸せを追い求めていいのだと改めて感じさせてくれる。
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史上初(?)の「エア」ミュージカル。数々の名曲がクィアソングのように響く
ここまでの説明だと本作は重いテンションのシリアスな作品なのかと思われてしまうかもしれないが、本作の大きな見所は、時代を彩った数々の名曲とともに繰り広げられるエアミュージカルにある。
予告編でも使用されたプリンセス プリンセスの“Diamonds <ダイアモンド>”では、除睾摘出手術を行ったアイが本当の自分に一歩近づいた喜びを全開に「冗談酒場」のメンバーと踊り、アイの初めての恋仲として登場するタクヤ(吉村界人)との出会いのシーンを華やかに盛り上げる。<好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ><あの時感じた AHAH 予感は本物 AH 今私を動かしてる>という歌詞が、女性として着飾ることの喜びを感じ、女性として幸せになると信じるアイの思いとシンクロする。

アイと共にショーパブで働く若き男性ダンサー。可憐なアイに惚れ込み猛烈アタックの末、恋人同士になる。しばらく幸せな同棲生活を送っていたが……。
「女にしてほしい」とアイに性別適合手術の執刀を懇願された和田が、タブーとされている手術を引き受けるかどうか一人悩むシーンでは、松田聖子の“チェリーブラッサム”をアイとタクヤが「冗談酒場」のステージで披露する。<自由な線 自由な色 描いてゆくふたりで><何もかもめざめてく 新しい私 走り出した愛は ただ あなたへと続いてる>という歌詞は、アイとタクヤが築くクィアリレーションシップの祝福を歌っているかのようにも捉えられるし、アイと和田が苦渋の末導き出した選択をも祝福しているかのようだ。
多くの変化と葛藤の末、一人上京してきたアイのもとを訪れた母(木村多江)が、これまでアイの性のあり方に気づいていながらも見て見ぬふりをし続けてきたことを謝罪するシーンでは、松田聖子の“SWEET MEMORIES”が二人の過去を優しく包み込む。アイもまた母に何も言わずに手術を受けたことを謝ろうとするが、母は「謝らんでええ」と言い放ち、「男やろうと女やろうと、あんたは私の大事な子や」と強く抱きしめる。このセリフは本作を観たトランスジェンダー当事者への大事なメッセージであり、特別な贈り物となったことだろう。私たちは、きっと必ず、誰かにとって大事な人なのだ。

アイに惜しみない愛情を注ぐ心優しい母親。アイの性別違和に気付きながら、なかなかそれを認めることができないでいる。
他にも劇中では中森明菜の“スローモーション”、チェッカーズの“あの娘とスキャンダル”、杏里の“オリビアを聴きながら”など、全12曲もの名曲によって、アイの人生には苦しい時間も幸せな時間もあること、そして多面的な視点や感情によって人生は作られているのだというメッセージが伝えられる。改めて本作と合わせて聴くと、どの楽曲もクィアソングに聴こえるのもおもしろい。
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当事者キャスティングの実施とその重要性
本作の魅力ははるな愛の物語や名曲だけでなく、キャスティングにもある。はるな愛を演じた望月春希は、本作が初主演。撮影開始当時は17歳であり、トランスジェンダー女性で国民的なタレントのはるな愛を演じることに大きなプレッシャーを感じていたかもしれないが、誰もが望月の持つエネルギーに魅了されるはずだ。自分の夢を諦めない強い意志、周囲を笑顔で包み込む明るいキャラクター、未知の場所へも飛び込んでいく怖いもの知らずさ。それは私たちが初めてはるな愛をテレビで見たときに感じたものと近しいものがある。
そんな望月を支える豪華な俳優陣も素晴らしいが、なんといっても今作ではトランスジェンダー当事者の俳優や50人以上の当事者エキストラが望月の脇を固めていることに注目したい。
2010年頃からアメリカを中心に「トランスジェンダーの役はトランスジェンダー当事者が演じるべき」という潮流が生まれ、ステレオタイプの再生産ではない、当事者が生きていくなかで積み重ねたリアルな生き様を映し出すことが重要視されるようになってきた。日本でも近年、その動きは少しずつ見られるものの、ここまで多くの当事者俳優がキャスティングされた邦画があっただろうか。本作に多くの当事者が映し出されたことは、社会や法整備から蔑ろにされ続けるトランスジェンダーたちが、過去、現在、未来に存在し、生活し、共に生きていることを証明している。それが作品に、そして映画を見た人たちの心に刻み込まれるのだ。そうしたアティチュードが、本作からはひしひしと感じられる。
かくいう私も当事者俳優として「冗談酒場」のメンバーとなり、撮影に出演している。そのうえで感じたのは、当事者俳優を起用することの良い点は、作品を見る人にとっての説得力以外にも、現場に参加する俳優同士がそれぞれの視点で話し合い、作品によりリアリティを反映できるということだ。そしてその意味は、作品を良いものにするという側面に留まらない。当事者は今後どう映画業界に参入できるのか、その際にスタッフにはどんな意識変革が必要か、そしてエンターテインメントはいかにして当事者コミュニティに還元できるのか。そうした今後の映画業界で検討されていくべきことの種が、この現場には蒔かれていた。私は今回、その一端を目撃したと思っている。つまり本作は、エンターテインメントの未来への始まりでもあるのだ。
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厳しい現実のなかで、未来を明るく見つめられる
『This Is I』、このタイトルには「これがはるな愛の人生」というメッセージと、自分らしさを長い時間考えさせられ、否定されてきた人たちが自分自身の手で自らを取り戻した「これが私」という誇りと尊厳が込められている。
日本では同性婚やLGBT差別禁止法が法制化されていないだけでなく、戸籍上の性別変更・性別適合手術のハードルの高さ、SNSを中心に広がるバックラッシュなど、トランスジェンダーを取り巻く環境、法律はまだまだ整っていない。しかし、私たちはアイが幸せになることを諦めなかったように、恐怖や不安から解放され、幸せに生きる未来を諦めたくない。友達や恋人、家族や仲間たちと歌い(エアでも)、踊り、手を取り合い生きていく。そんな未来を明るく見つめられる作品の誕生は、本当に嬉しいことだ。
『This Is I』

出演:望月春希 木村多江 千原せいじ 中村 中
吉村界人 MEGUMI 中村獅童 / 斎藤工
監督:松本優作
脚本:山浦雅大
音楽:小瀬村晶
撮影:榊原直記
美術:我妻弘之
録音:竹内久史
照明:柴田雄大
編集:宮島竜治
企画:鈴木おさむ
特別協力:はるな愛
エグゼクティブプロデューサー:佐藤善宏
プロデューサー:窪田義弘
ラインプロデューサー:保中良介
制作プロダクション:TOHOスタジオ
製作:Netflix