NHK火曜夜10時のドラマ枠「ドラマ10」で始まった法廷ヒューマンドラマ『テミスの不確かな法廷』(NHK総合)。
『東京サラダボウル』『しあわせは食べて寝て待て』『舟を編む~私、辞書つくります~』など数々のドラマ賞に輝いた傑作ドラマを生み出して来た「ドラマ10」の最新作であり、ギャラクシー賞にも輝いた『宙わたる教室』制作チームが手掛けていることでも話題となっている。
過敏症や発達の特性を抱える主人公・安堂清春を演じる松山ケンイチや、『宙わたる教室』に引き続いての出演となった小林虎之介、伊東蒼らの好演も話題の本作について、ドラマ / 映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
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安堂の背中の寂しさ、その背景にあるもの

『テミスの不確かな法廷』第1話は、主人公・安堂清春(松山ケンイチ)の後ろ姿から始まる。会話に盛り上がる女性たちの声、通過する車の音の騒々しさに、彼は思わず立ち止まり、耳を触る。そこから彼が見上げるもの。そよ風に乗って飛んでいく「ふわふわ、ふわふわ、ふわふわ」としたタンポポの綿毛。アスファルトの上に落ちたそれを拾おうとする彼に幼い頃の記憶が甦る。
「どこに落ちるか分からない」種を、丁寧に拾って土の上に並べてあげる優しい少年・安堂を、同年代の子どもたちは「変わってる」と囃し立てていた。安堂は、綿毛を拾うのをやめ、また歩き出す。その背中の寂しさの背景には、彼以外の人には分からない彼の見ている世界がある。聴覚過敏や感覚過敏の特性を持つ彼は、我々にとっては何気ない音の連なりを不快に感じる一方で、多くの人が気づかない世界の美しさを知っていて、多くの人が気にもしない声なき声に耳を傾けることができる。
そしてもう1つ、その背中の寂しさの背景にあるのは、彼が感じている痛みだ。幼い頃、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)と診断された彼は、他者を「地球人」と見做し、他者と違う自分を「宇宙人」と思うことで世界と対峙してきた。「地球人に擬態しなければ」と、自分の思いを曲げて生きる彼の心の痛みまで冒頭2分で表現した本作は、「分からないこと」だらけのこの世界の美しさと複雑さを、丁寧に教えてくれる。
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『宙わたる教室』から連なる小林虎之介・伊東蒼の好演

NHKドラマ10『テミスの不確かな法廷』は、新聞記者でもある直島翔による同名小説(KADOKAWA)を原作に、脚本を『絶対零度~情報犯罪緊急捜査~』シリーズ(フジテレビ系)や『イチケイのカラス』シリーズ(フジテレビ系)の浜田秀哉が手掛けている。また、チーフ演出の吉川久岳をはじめ、2024年に放送された定時制高校の生徒たちを描いた傑作ドラマ『宙わたる教室』(NHK総合)の制作チームが参加している。球体の連なりを基調としたオープニング映像のアニメーションや、『宙わたる教室』で生徒を演じていた小林虎之介、伊東蒼の好演(それぞれ第1話、第3・4話に出演)など、両作にはつながりを感じさせる部分があり、それを見つけるのも楽しい。

小林虎之介は第1話に、裁判官である主人公・安堂が担当する裁判の被告人・江沢卓郎役で登場。裁判でのやりとりの中で、本作の本質とも言える安堂の「分からないことを分かっていないと、分からないことは分かりません」という言葉を引き出した。また、伊東蒼は第4話で、大人たちの醜さを真っ直ぐに見つめる原告・四宮絵里を演じた。「裁判ってなんなんでしょうか。毎回いろんな人がそれぞれの立場で都合のいいことを言って、真実がどんどん変わっていく。ただ、私は本当のことが知りたいだけなのに」という台詞が印象的だ。どちらも法廷で安堂と出会い、真実や判決だけでなく自分自身とも向き合うことになった若者という、本作にとってなくてはならない重要な役割を担っていた。
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「宇宙人」安堂にしかできない事件の紐解き方

東京から前橋地方裁判所第一支部へと異動してきた裁判官・安堂清春は、様々な生きづらさを抱えているが、思うところあって自らの特性を隠し、「普通」を装って仕事をしている。第1話の冒頭における「僕の仕事は社会の約束事に則って、地球人の争いを解決するため、適切な判断を下すこと」という安堂のモノローグが示すように、本作は「宇宙人が地球人を見つめる」かのように世界を見つめる彼が、彼にしかできない方法で、難解な事件を紐解いていく物語だ。
「彼にしかできない方法」とは何か。それは、第4話において彼の上司である部長判事・門倉(遠藤憲一)が法廷で啖呵を切った「型にはまっていると見えない真実がある」ということではないだろうか。安堂は、自宅で資料を丹念に読み込んでいたのに、気になったことがあると居ても立ってもいられずジャージに革靴で事件があった場所に赴いてしまう。彼の信条である「分からないことを分かっていないと、分からないことも分からない」のために、おかしいと思ったことをそのままにすることができず、時間をかけてどこまでも追求し、あらゆる可能性を探る。そして、第1話で市長を襲った青年・江沢(小林虎之介)や、第2話で友人を殴って昏睡状態にした高校生・栗田(山時聡真)、第3・4話で父親の死の真相解明を願う四宮(伊東蒼)といった、法廷で真っ直ぐにぶつかってくる若者たちの思いに対しても、愚直に向き合う。
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小野崎(鳴海唯)と門倉(遠藤憲一)の存在の大きさ

本作は、そんな安堂に動かされる人々の話でもある。中でも、小野崎乃亜(鳴海唯)と門倉茂(遠藤憲一)の存在は大きい。
異色のバディと言えるのが、弁護士・小野崎だ。刑事事件の弁護に対する屈託を抱えていた小野崎は、一風変わった事件との向き合い方をしている裁判官・安堂と出会い、その後、深く関わっていくことになる。鳴海唯は朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)でヒロイン・のぶ(今田美桜)の同僚である新聞記者・琴子役を演じており、その豪快な飲みっぷりも記憶に新しい。そんな彼女が、安堂の行きつけである喫茶パロマや居酒屋で、安堂や安堂の上司・門倉に対して真っ直ぐに本音をぶつける気持ちのいい後輩・小野崎を見事に演じている。

かつて「伝説の反逆児」と呼ばれていた上司・門倉もまた、安堂に触発されて熱を取り戻す。安堂の言葉にできない思いを代弁するかのように法廷で啖呵を切った門倉の姿を描いた第4話は、本作が、主人公である安堂だけでなく、彼と共に働く人々それぞれが抱える思いや人生を丁寧に描こうとする作品であることを示した。同時に、安堂だけがすべての責任を負う必要はないことを視聴者に伝える重要な回でもあった。