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『センチメンタル・バリュー』レビュー 家族の役割から解放される「優しさ」のパンク

2026.2.20

#MOVIE

脚本と、2本のDVD。2つのアイテムが示す「家族」の複雑さ

『センチメンタル・バリュー』がありがちな父親の贖罪の物語に陥っていないのは、レナーテ・レインスヴェ演じるノーラが「父」から見た「娘」という役割に固定されていないことが大きい。彼女はまず、オスロで活躍する気鋭の舞台俳優である。重度の舞台恐怖症を抱えている彼女が、1人の役者としてどのように精神的な不安定さと対峙するかもまた、本作の重要なストーリーラインの1つだ。

ノーラ役(レナーテ・レインスヴェ)

グスタヴはよりわかりやすく、映画作家であることを最大のアイデンティティとする人物だ。いや、そのような生き方が染みついていると言えばいいだろうか、彼の他者とのコミュニケーションの動機はほとんどすべて映画製作に紐づいているようにすら見える。亡くなった元妻の葬儀のために突然現れたかに思われたグスタヴだが、実際はノーラに当て書きした新作の脚本を渡すためにやって来たことがすぐに明らかになる。だが、そのことを依頼する際にも「父親」の役割よりも「映画監督」としての自分を優先する彼は、「お前のやってきた仕事を誇りに思う」といった穏当な言葉をかけるのではなく、ノーラが出演してきた作品の演出を批判する。ある意味、娘に対してもアーティスト同士として率直に接しているとも取れるが、ノーラはそんなグスタヴの態度に我慢ならず、映画監督としてでなく、父親としての彼を拒絶する。グスタヴは詰め寄る――「まず脚本を読め!」。しかし脚本はノーラに受け取られることはなかった。そこで本作のドラマの核心は、ノーラがその脚本を読むことになるのか、読むとしたらなぜ読むことになるのか、になると予告される。

グスタヴとノーラの関係性を示すものとして、象徴的な一幕がある。ノーラの妹で歴史学者のアグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)の幼い息子への誕生日プレゼントとして、グスタヴはよりによってミヒャエル・ハネケの『ピアニスト』(2001年)やギャスパー・ノエの『アレックス』(2002年)といった、子どもには確実に不適切な映画のDVDを持ってくる。アグネスは子どもの母としてその場にいるので、当然迷惑そうだ。が、ノーラはグスタヴの「ユーモア」に思わず笑ってしまう。結局のところ、2人は似た者同士でもあるのだ。

アグネス役(インガ・イブスドッテル・リッレオース)

この場面はまた、観客に対する目配せにもなっている。こと細かな説明がないので、『ピアニスト』や『アレックス』がセンセーショナルな題材を扱った作品であることを知らなければ、グスタヴの映画親父ギャグは理解できないだろう。ただ、これは映画通だけがほくそ笑むことができるスノッブなシーンというより、映画人たちの面倒くささを皮肉交じりにからかうものだ。スカルスガルドがラース・フォン・トリアー作品の常連俳優であったことが効いている。彼の向こう側には、そのように映画監督としては偉大だが、厄介なパーソナリティが少なからず取り沙汰される人物たちの姿が浮かびあがる。

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