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『センチメンタル・バリュー』レビュー 家族の役割から解放される「優しさ」のパンク

2026.2.20

#MOVIE

『テルマ』や『わたしは最悪。』で、日本でも注目を浴びたヨアキム・トリアー監督。「第78回カンヌ国際映画祭 グランプリ」を受賞し、期待も高まった最新作『センチメンタル・バリュー』は、かつて家族のもとから去った映画監督の父と、気鋭の舞台俳優として活躍する娘を軸に、映画製作と家族のあり方を見つめる重層的なドラマだ。本作をライター・木津毅がレビュー。人間の持つ「多層性」という側面を軸に、作品を深く見つめていく。

※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

ヨアキム・トリアーが描くアイデンティティの複層性

「20年ぶりにこの作品を見ましたが、今でも鮮明に当時を覚えています。撮影していた日々のことや人々のことを。友人と製作したんです。彼らは家族です」

『センチメンタル・バリュー』の劇中、映画祭で自身のレトロスペクティブのトークセッションに登壇した映画監督グスタヴ・ボルグ(ステラン・スカルスガルド)は過去作を振りかえってそのように語る。その発言自体はある種の常套句であり、さして驚くものではないのかもしれない。多くの人間が関わり、しばしば濃密な時間を過ごす映画作りというものは、まるで家族のように緊密な関係を生み出すものである、と。映画を愛する人々が集まる場では好意的に受け止められるものだろう。

グスタヴ・ボルグ役(ステラン・スカルスガルド)

しかしグスタヴのこの発言にねじれがあるのは、彼自身が実際の家族のもとを去った人物だからだ。血縁を拠りどころとする従来的な意味合いでの家族関係を維持することに失敗した父親は、監督として映画製作を重ねることで疑似的かつ一時的な「家族」を転々としてきた人物なのだ。そんな彼も15年映画製作から遠ざかっており、二重の意味で「家族」と縁遠い孤独を味わっている。『センチメンタル・バリュー』は、彼がいかにして「家族」を再獲得するかを巡る物語として始まる。

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