2025年11月、台湾問題をめぐる政治的緊張を端緒に、日中関係は急速に冷え込みを見せた。多数の日本アーティストによる中国公演の中止が報道され、特に浜崎あゆみの上海公演中止はニュースで大々的に報じられ、無観客のステージに立つ彼女の姿がSNSで拡散された光景は、この異常事態を象徴するものとなった。アーティスト側が「不可抗力」や「予期せぬトラブル」と説明を繰り返すなか、中国現地では何が起き、ファンは何を思いっているのだろうか。
中国における日本のインディー音楽の仕掛け人Luuv Labelの代表、ルー・ジァーリンが明かすのは、政治に翻弄される実情と、中国の若者たちの日本の音楽への熱狂だ。表層的なニュースでは見えてこない、日中音楽交流の「現在地」を解き明かす。
INDEX
「禁止」ではなく「空気」。国際情勢に揺れる日中音楽シーンの今
─日本では、2025年11月から日中の政治的関係の悪化の影響で、日本のアーティストの公演が中止になった、日本映画の公開が難しくなったというニュースが流れてきました。年末以降、状況は変わりましたか。
ルー:大きくは変わっていないです。大規模な日本のアーティストのライブは、基本的にほぼ難しい。ただ、全く何もできないわけではなくて、無料で小規模なら動ける場合があります。たとえば上海と杭州では、投げ銭形式の無料ライブを予定しています。小さな箱であれば、理論上は申告なしでできるケースがあるんです。

上海のドリームポップ・バンド Forsaken Autumn のリーダー、これまでに洋楽・邦楽問わず多様なジャンルに触れ、独自の音楽センスを培ってきたLuuv Label代表。日本の人気アーティストクリープハイプ、坂本慎太郎、androp、mol-74、awesome city club、chelmico、nakamura emi、長谷川白紙、あたらよ、Blu-swing、paris matchなどの日本アーティストの中国ツアー、フェスを主催し、日中合わせて300組以上のアーティスト楽曲配信を管理している。また、欧米東南アジアアーティストのアジアツアー、商業あるいは政府PRイベント、楽曲提供事業も開拓中。
─「ライブ」として申請するのではなく、イベントの体裁を変える、ということですか。
ルー:そう。正式なライブハウスは許可が必要だけど、バーやカフェみたいな小さい場所は、そもそも消防などの条件で「ライブ会場」としての許可が取れていない場合が多い。理屈の上では、そこはライブの場所ではないのです。だから、招待制のホームパーティーや、バーでの無料ライブは問題なく開催できる可能性が高くなります。

─中国政府が一律に禁止した、みたいに日本では伝わっています。でも実際は、明確なルールがない中でキャンセルが起きている?
ルー:まさに。中央政府から明確な「禁止」指示が出ているわけではないんですね。中国でのイベント開催の許認可権は、中央政府ではなく、開催地域ごとの「文化省」が持っています。地方のリーダーがそれぞれ、波風を立てたくないから忖度する。実は非常に「属人的」な側面が強いんです。だから地域差が出る。たとえば北京ではライブが難しいけど、広州では一時的にできたこともあります。香港みたいな特殊な地域もあるし、アーティスト側がリスクを避けるために自主的にキャンセルするケースもある。全てが国家主導の強制というわけではなく、空気の問題なんです。
─日本人アーティストで、中国で比較的動けている例はありますか。
ルー:分かりやすい例では、アニメソング、ゲームソングを数多く手掛けてきた日本の女性シンガーがいます。彼女は中国で本当に人気があって、C-POP(中国語圏のポップス)のメジャーなシーンに入り込んでいます。彼女は中国に友好的な姿勢を見せているし、長期のワーキングビザも取れている。中国国内で大きなビジネスになっているようです。
─友好的な姿勢というのは、具体的には?
ルー:たとえば「一つの中国」を支持する姿勢を示すこと。本人が中国国旗と一緒に写真を撮ってソーシャルメディアにアップする行動も、結果として安全策になるんですね。台湾に対して中国が敏感になっているので、「一つの中国」という一言が必要とされる場面があります。
それから、初音ミクのようなバーチャルアーティストは中国語の楽曲もあるので、比較的やりやすいですね。

中国の若者を熱狂させる日本の「シューゲイザー」
─政治的なハードルがある一方で、日本のインディーズバンドの中には、中国で日本以上の人気を得ている例もでてきているそうですね。
ルー:商業的な規模で言えば、中国国内の音楽シーンで最も大きいのは当然C-POPですが、その次に大きいシェアを持っているのがK-POP。ただこれには大きな国際問題が関わってきます。そしてその次がJ-POPです。欧米のポップスよりも大きな規模になりつつあります。
特に面白いのが日本のインディーズシーンです。たとえば雪国は、3ヶ所を周って合計1000人以上を動員しました。Neighbors Complainは、かなり細かくツアーを組んで13ヶ所で3500人を動員しています。日本と中国では人口の差が大きいので、刺さる層に届くと規模が一気に変わります。また象徴的な現象として、あたらよのブレイクもあります。中国では昨年、7ヶ所を周るツアーで3000人以上の動員を獲得する人気バンドになりました。

─雪国の例が顕著だと思いますが、中国でも、エモやシューゲイザーのリバイバルが起きていると伺いました。
ルー:起きています。グレートファイアウォールという壁はあるけど、音楽好きの若者はVPN(セキュリティ保護しながらインターネットを利用する技術)を使って海外の情報を日常的にチェックしています。私の観察だと、この15年でMy Bloody Valentine、Slowdiveに共感できる若い世代が増えました。中国では、honeydipや死んだ僕の彼女といった日本のシューゲイズバンドが、ライブをソールドアウトさせる現象も起きています。シューゲイザーというジャンルひとつとっても規模感が日本と全然違うんです。ちなみに、シティポップも人気のジャンルですが、シューゲイザー好きはシティポップに興味がないなど、ジャンルが分断されている感覚も強いです。人口が多いから、お客さんが分かれても、それぞれのシーンが成立するんですね。
─中国の若者に、なぜシューゲイザーが支持されているのでしょうか?
ルー:中国の人はメロディックなものやバラードを好む傾向があります。その延長線上で、シューゲイザーやエモのメロディ感覚や鬱っぽい雰囲気が若者の心に刺さっています。中国の若者たちが置かれている社会的な閉塞感とリンクしているのかもしれません。明るく拳を突き上げるロックよりも、内面的な感情に寄り添うようなサウンドが求められていると思います。

実質的に禁止されてきたK-POPの10年に学ぶ
─Luuv Labelは、今回の中止の連鎖でどんな影響を受けましたか。
ルー:率直に言うと、ものすごく大きく影響を受けました。うちは売上の7〜8割がライブ収入だったので、ライブが止まって一気に苦しくなりました。それまでは、正直かなり好調だったんです。
─今後の対応策は?
ルー:まず欧米や東南アジアのアーティストへのオファーを増やします。さらに2026年以降は、マルチな事業展開を強化したいと考えています。ライブだけではなく、配信やフィジカルアイテムの流通、楽曲提供、PRのような形にも広げていきます。あと、ツアーの地理も「東アジア全体」で組み直します。中国大陸だけじゃなく、台湾、香港、韓国も含めていきます。実際、Blume popoや雪国は3月に香港と台湾での公演を予定しています。

─中国現地のファンは、日本のバンドのライブが観られなくなっている今の状況をどう受け止めていますか。
ルー:中国の音楽好きは怒ってます。ただ、完全に閉ざされたわけではなくて、K-POPは2016年頃からもう約10年間にわたって、中国国内での活動が実質的に禁止されています(※)。若い人たちはネットを通じてK-POPを聴いていますが、中国国内で大規模なライブをすることはできません。ただ、そんな中でも、サイン会やファンミーティングのような形でK-POPアーティストが中国国内で活動できるケースがありました。日本のアーティストも、ライブとして申告しないファンミーティングのような形は可能性があります。
※韓国による米軍の高高度防衛ミサイルシステム「THAAD」配備への報復として、2016年から中国はK-POPを含む韓流コンテンツを事実上制限する「限韓令」を発動。現在でもK-POPアイドルの中国での公演やメディア出演が制限されている。2025年後半から緩和の兆しも。
─ただし、摘発されるリスクもある、と。
ルー:そう。小規模でも、観光ビザで入国した日本人アーティストがライブをして、プロモーターが罰金を受けた例はあります。だから「どこまでなら実施可能なのか」のノウハウを我々のようなレーベルが持っていることが、今後もとても重要になってくると思います。
─早く状況がよくなることを祈るばかりですね。ちなみに、日本と中国の状況をお互いが知るためには、中国のアーティストも、もっと日本で聴かれるべきだと思います。Luuv Labelでは、どんな中国のアーティストに注目していますか?
ルー:以前日本にも連れていったThe Upside Down(完美倒立)みたいに、ロックの文脈で面白い動きをしている人たちがいます。Fancy Wall(花牆)もいいバンドですね。それと最近は、チル寄りのシンガーソングライター、Jason Yama(江上青山)が話題です。「成都の藤井風」と言われるアーティストなんですが、作品もステージも話題になっています。中国のシーンは、日本のシティポップの影響を受けた成功例もあるし、C-ロックでは欧米の影響だけじゃなく、中国の日常生活や少数民族の文化的背景を取り込むバンドも出てきています。独自のセンスが育っているんです。