メインコンテンツまでスキップ
NEWS EVENT SPECIAL SERIES

LOSTAGEインタビュー なぜ手売り、通販のみで音楽を届けることにこだわるのか

2026.1.6

#MUSIC

2001年秋、奈良で結成されたロックバンド、LOSTAGE。そのドキュメンタリー映画『A DOCUMENTARY FILM OF LOSTAGE – ひかりのまち、わたしたちの-』が公開された。

CDやレコードは手売りと通販のみでしか販売せず、ときには全国47都道府県に赴き、音楽を届け、音楽で生きていく——。『In Dreams』(2017年)以降、LOSTAGEの「閉じた」活動のあり方は、ストリーミングサービスで音楽を聴くことが当たり前になった現在に、少し、いや、かなり異様な存在として映る。

今回、NiEWではバンドの中心人物・五味岳久(Vo,Ba)にインタビューを実施。ドキュメンタリーの公開に際して、その極端でラディカルな音楽活動に改めて補助線を引くべく、LOSTAGEの音楽が宿す感覚、五味岳久の価値観について話を聞いた。

LOSTAGE(ロストエイジ)
2001年秋に奈良で結成され、結成25年目を迎える。現在、楽曲のほとんどがサブスクや配信をしておらず、さらに大手の流通も通さずボーカル五味岳久が店長を務めるレコードショップ「THROAT RECORDS」店頭およびオンラインストア、ライブ物販のみでの販売で、CDの累計売上は50,000枚を越える。

手売りと通販のみで「音楽を売る」LOSTAGE。彼らにとって「音楽で食う」とは

ー『In Dreams』以降の8年半の活動の実感について教えてください。現在、バンドの置かれた状況も変化しているように感じますが、いかがですか?

五味:閉じた活動をしていることの弊害は感じていますよ。でも全部を手に入れるのって無理じゃないですか。何かを手に入れたかったら、何かを犠牲にしないといけない。閉じていることで失ったものは間違いなくあるし、それを別のやつが掬い上げればよくないかと思う。僕らが全部やる必要はないから。

それに対して何かをやる人が出てきて、もっと音楽が面白くなったり、いろんなやつがそれぞれのやり方でやるってなったら一番いいなと思う。別に閉じたければ閉じたらいいし、その中でやりたいことをやること自体を自分は未だに肯定的に捉えているというか。

五味岳久(LOSTAGE)

ー『CONTEXT』(2011年)を自主レーベルからリリースする前後、「音楽で食っていきたい」と話されている場面が今回のドキュメンタリーにありました。当時の感覚と今の感覚はどのように変化しているものですか?

五味:「音楽で食う」ってことを考えたときに、そもそも何を売っているのかって話になりますよね。ライブのチケット買うとか、CD買うとか、サブスクに加入するってことを通じて、音楽という形がないものに対価を支払っている感覚でいると思うけど、実際は音楽ではない別のものと交換しているわけで。

例えばCDという入れものだったり、ライブという体験とか、そういうものにお金を払っている。でもそれは厳密には、音楽そのものではない。「音楽を売る」っていうのは、音楽ではないものを売るってことだと思うんです。

極論を言うと音楽って売ることができないと思うんですよ。売れないものを売ろうとしてるから、詐欺とかペテンとかと紙一重のことをやってるというか。これにお金払ってくれ、でも形はないからこの入れものに入れときます、体験を提供します、とかいろんなやり方で「音楽を売っている」ことにしている。

そういうことは絶対わかってないとあかんと思います。音楽そのものは売れないから、みんなが気持ちよくなれる、納得いく、同じ嘘を共有して、それでよかったと思えるように物語を作る売り方を考えないといけない。それが多分、音楽で食っていくってことやと思う。

LOSTAGE『In Dreams』収録曲

ー音楽という形のないものを売るために、同じ嘘を共有する。

五味:嘘って言うと少し語弊があるかもしれないですけど。例えばディズニーランドにいるミッキーって、本物ではないじゃないですか。着ぐるみやけど、みんながそれを見て感動したり、気持ちよくなったりする。みんなわかってはいるけど、そういうことにしている、みたいな。音楽に関しても実際どういうことをやっているのか、売る側は特にもうちょっと自覚的になったほうがいいと思います。

それは実際自分でCDプレスを業者に発注してとか、店頭に立ってとか、流通を入れずにライブで手売りしに行くとかをやって、届け方とか売り方を考えたときに、「自分が売っているものって何だろう?」って考え続けてたどり着いた感覚で。別に今後も変わっていくこともあるだろうけど、何を売っているのかってことを履き違えるとちょっとまずいなと。

「音楽が売りものになるよりもっと前の状態に近づきたい」

ー嘘、エンタメ、夢、物語、言い方はいろいろあると思うんですが、音楽という売りようのないものを売るための何かを共有するのに、五味さんはどんなこと意識するものですか?

五味:僕らにとっては規模感とか距離感ですね。顔が見えるとか、手が届くとかって言い方をしますけど、それって「これはダメやな」とか、「これってアートやな」ってお互いにわかり合える距離感というか。

ドームに何万人動員とか、CDが何万枚とか売れたとか、再生回数何億回とか、それが悪いとは思わないですけど、顔も何も見えへん、数字でしか人間をカウントできない状況だと、価値観を共有するのは難しいと思うんです。

―その距離感や規模感自体がLOSTAGEとその音楽を担保している。

五味:ある距離感で価値観をちゃんと共有できていたら、間に金銭のやりとりがあっても、わかり合ってやれるんじゃないかって気がする。自分にとってはそういう気持ちの交換とか、コミュニケーション的な側面が大きくて。

音楽って呼ばれる前の何かがあったと思うんですよ。「俺はこう思う」とか、「俺はここにいます」とか、そういうものにメロディーとリズムがくっついているだけの状態というか。「気づいたら手叩いてた」みたいな、音楽が売りものになるよりもっと前の状態に近づきたい感覚はあります。それを売っている矛盾はあったとしても、音楽がそういうものであったってことを忘れたくないし、感覚的にそっちのほうを向いておきたい。

バンドを始めときもコミュニケーションというか、遊びの延長で。同じ学年で楽器を演奏できる友達を探して、好きな音楽の話とかして、お小遣いでスタジオ入ってみたいな感じだったし。それは今も変わってなくて、週末集まって麻雀やるみたいな感覚でLOSTAGEも続いてる。ほんまにコミュニケーションの一環で始まって、今もそれが続いていて、音楽というか、みんなに聴いてもらえる何かが運よくできあがっている感じがします。

数の論理に音楽が絡め取られる現状への違和感

ーこのドキュメンタリーは、「音楽をどう届けるのか」というのがひとつのテーマになっています。本作にあるLOSTAGEの活動を見ていると、例えばストリーミングやYouTube、SNSで価値が数字によって可視化された気になって、多いほうが優れているという前提で社会が動いていることへの違和感を否応なく感じさせられました。

https://www.youtube.com/watch?v=ty1aUTA7kqQ
映画『A DOCUMENTARY FILM OF LOSTAGE -ひかりのまち、わたしたちの-』予告編

五味:世の中もそういう仕組みじゃないと安定しないし、数字で決められていくこと自体に抗うのって難しいというか無理で。とはいえ僕も数値で何でも決められることにはすごい違和感ありますよ。多いほうがいいって前提で数え出すしんどさもある。

―「なんで多くの人に聴いてもらったほうがいいのか、ってところで答えが出てない」とも映画で話されていました。

五味:例えば3回しか聴かれてない曲はよくないのかって言われたら、その3回がどういう気持ちで聴かれたかわかんないじゃないですか。CD一枚の重みを置き去りにされて、誰がどう聴いているか関係なく、バズったほうがいいっていうのはやっぱ気持ち悪いなと思う。

世の中がどんどんおかしくなっていて、同じ土俵にみんな上がっていく。違和感を感じながら、でも世の中こういうものかみたいな感じで数字の取り合いみたいなゲームに参加する。それで勝った、負けたは音楽の話じゃないとわかっていたとしても、自分の番が回ってきたら、「サイコロ振らなあかん?」みたいなしんどさをすごく感じるし。別にCDを手売りするのが答えじゃないにしろ、もっと別なやり方を考えたほうが健全じゃないかって思う。

ー五味さんの言う「気持ちの交換」はなんらかの形でストリーミングにもあるにせよ、音楽の聴かれ方も変化して、「音楽の良し悪し」が数の論理で絡め取られてしまう状況は一層加速していますよね。

五味:たまにバンドやっている若い子が、僕らみたいなやり方を踏襲してやるって言葉にして持ってきてくれることがあるんです。「CDを作りました」「どうやって広げていったらいいか悩んでるんですけど」って感じで店(※)に来ることもあるし。

それは自分たちのことを見てくれているのがわかるからすごく嬉しいですけど、無名のバンドが音楽を広げていくのってすごく難しいから、ストリーミングは絶対やったほうがいいって伝えてて。僕に聞きに来ている以上、求められている答えじゃないと思うんですけど。

※五味岳久が奈良で営むレコードショップ「THROAT RECORDS」のこと

五味:僕らと同じやり方ではやれないと思うし、やる意味もない。例えば今自分が18歳でバンドやり始めたら、すぐにサブスクで聴けるようにするし、すごい勢いでいっぱい曲を出すかもしれないし。

映画になる前から思っていたのは、僕らのやり方を模倣するよりは、考え方の応用をやってくれたらいいのになってことで。僕に相談してこうやったらいいって言われてそれをやっても何も生まれないし、映画を観た人にはそこがうまく伝わったらいいなと思います。

数値化することでこぼれ落ちてしまう音楽の営み

―映画では五味さんの音楽活動の核になる感覚にも触れています。「曲がよければ聴かれるし、それにみんながお金を払ってくれると思ってる」という言葉が印象的だったのですが、そう信じられるのはなぜなのでしょうか?

五味:やっぱり説明できないものが音楽にあるからですね。音がいいとか、理論とかでは説明できないよさのある音楽ってあって。聴いたときに「うわ!」ってなるような魔法のかかったものを探すために僕はレコードを買ったり、ライブに行ったりしてるので。かといって音源至上主義でもないし、所有欲があるわけでもないんですけど。

それって「今日のライブはすごいよかった」みたいな感覚で、なんて言ったらいいかもわからないものなんですけど、あるんですよ、間違いなく。それを今もずっと探してる。

https://www.youtube.com/watch?v=1q-ygo9qkls
2021年に新木場STUDIO COASTで行われたライブ映像

五味:誰かにとってのそういうものが自分の音楽から聴こえたらいいなと思うんです。ほんまに説明できないんですけど、それさえあればどこにでも届くと思います。配信でも、CDでも、何やったら人づてにでも、いいメロディーが残っていくことって起こり得るから。

それが音楽のすごいところだし、それをずっと信じてやっています。その魔法のかけ方って誰も知らないし、だから面白いんでしょうね。それはもちろん数字でも測れないですし。

―そういう価値観を前提に、LOSTAGEやその音楽があるし、五味さんの信じる「いい音楽」があるわけですよね。気持ちを交換するという音楽のあり方の原点にはどういう感覚があるものですか?

五味:やっぱり寂しいからじゃないですか。誰かに話聞いてもらいたいなとか、誰かの話聞いてあげたいとかっていう人間にそもそも備わっている欲求というか。それは音楽の中に自分の居場所があって、音楽を聴くことで他のことは忘れられたって音楽の原体験があるからなんですけど。

ーその寂しさっていうのは、単純にひとりぼっちで孤独ってことではないですよね。

五味:慢性的にある感情みたいなものですね。映画の中でも言ってるけど、自分の居場所って自分では作れないんで。僕の居場所は僕じゃない誰かが作ってくれるし、そこにいることで自分も誰かの居場所になる。

https://www.youtube.com/watch?v=qMHImajtDw4
LOSTAGE『Guitar』(2014年)収録曲

―「居場所」という言葉はLOSTAGEの音楽を表現するのにしっくりきますし、映画の中でも象徴的に使われています。

五味:自分自身がしんどいときって、自分ではコントロールしきれないじゃないですか。僕はありがたいことに居場所がたくさんあって、それでなんとかやれてるんです。だからこの映画もできあがったし、ライブにも人が来てくれたり、興味持ってくれる人がいるし、友達も家族もいる。それはすごく幸せなことだなと思いますね。

そういうことは僕も別に常に意識してないし、みんな自覚してないと思いますけど、ただ気づいたらそうなってたって話で。でもそれはひとつ、自分にとっては答えまでいかないですけど、ご褒美みたいな感じなんです。それが僕が音楽を通じてわかりたかったものみたいな気はするかな、今は。

ーきっと日本中にLOSTAGEに自分の居場所を託すように聴いている人たちがいるんでしょうね。

五味::5000人はいる。

―しかもそれは顔の見える、手の届く5000人。

五味:単純にその観念的な居場所だけじゃなくて、僕らがいるからって奈良に引っ越してきたやつとかもいて、具体的に誰かの人生に関わっている側面もあるし、いい加減なこともできないですよ。きっかけが音楽やったけど、自分のやることとか、そうやって人に与える影響とか自覚しながらやらんとなって思います。

続けることを目標とせず、リスクを引き受ける。五味岳久の生き方

ーLOSTAGEにとっては、そうやって続けていくこと自体が大事で、幸福なことなんだろうなと勝手に思っていたんですけど、映画の冒頭で五味さんは「続けることを目標にするのは違う」とおっしゃっていて。その意図を知りたいです。

五味:続けるためにやらないといけないことって別にあるんで、そればかり見ていると本当にやらないといけないこととかが見えにくくなると思ってて。

続いていたらいいなとは思うんですけど、ある日突然終わったり、自分の力ではどうにもならないこととかもたくさんある。その瞬間瞬間を紡いでいくことって、遠くを見てたらできないし、気づいたら続いてたとか、振り返ったら道ができていたってことの繰り返しだと思う。

―先行きが見えない不安、不確かな状況で、続けることをひとつの答えとしてもいいように思いますが、そうはしないわけですよね。

五味:「前に何もない」ってことを自覚してやらないといけないと思っています。自分たちの道を作るために常に耕す作業をしているというか。目標は前にあるもので、「続く」は後ろにあるもんやから。僕は前を見続けたいんです。あの発言が冒頭に来てるってことは、多分そこに監督も引っかかったからだ思うんですけど。

LOSTAGE(左から:五味拓人、岩城智和、五味岳久) / ©2026映画「LOSTAGE」製作委員会

―「結果的に続いていて、それがかっこよかったらいい」とも五味さんはおっしゃっていました。五味さんの言うかっこいいとはどういう感覚ですか?

五味:俺にとっては、信じられる自分であり続けるってことですね。僕がいいと思うことがみんなにとってよくないことの可能性だって全然あるけど、別にそれでいいし、みんなが自分を信じられるようになれば、それでいいと思う。自分はそうやって選んできたから。

ー今の話もそうですし、誰かのせいにも、状況のせいにもせず、自分で自分の道を決めてリスクを引き受ける五味さんの生き方は映画を観てもすごく感じました。それは自覚されているところですか?

五味:そういう気持ちでいつもやってます。生き方とか価値観の話として、リスクを取らないと勝てないって感覚が結構あるんです。

バンドのやり方も正攻法みたいなものが掴めたらすぐ飽きて終わると思う。次はこうやったほうが自分的にも楽しいっていうのもそうだし、ミスったらヤバいなみたいなリスクもやっぱりあったほうがいい。それが音楽続けるため以外にやらないといけないことで、そうやってその都度テコ入れするみたいな感覚はあります。飽きたら終わりなんで。

ー五味さんの価値観、考え方、バンドの状況と、手売りと通販だけで音源を売るってやり方は切り離しがたいというのがよくわかります。だからこそ、その後に続く人たちがそのまま真似しても、「メジャーデビューして武道館目指そう」みたいな既存のやり方と図式は変わらない。個人的に、この映画には、LOSTAGEをロールモデルとして提示する意図がないところがすごくいいなと思いました。

五味:俺たちをもてはやして、「こういうふうにやればいいんだ!」みたいな映画を作りたいわけじゃないって監督も言ってました。だからずっと過剰に盛ってない。監督自体はサブスクとかもやったほうがいいっていうタイプなんですよ。僕らのやり方を全部全肯定しているわけでもないけど、ドキュメントとして見せたいバンド像があるから向き合って作ったって言ってくれてましたね。

監督は元々ずっと友達で、その目線で「お前の言いたいことってこれやろ?」みたいな感じで作品にまとめてくれたんです。ただ僕らはバンドをやっていただけ。でもよかったです。さっき完成版を観たんですけど演奏シーンの音も仕上がっていて、すごくよかった。必要としている人はいると思います。全然必要としてない人もいっぱいいるでしょうけどね。

『A DOCUMENTARY FILM OF LOSTAGE -ひかりのまち、わたしたちの-』

2026年1月2日(金)テアトル新宿ほか全国公開

出演:LOSTAGE
監督:MINORxU
配給:MomentumLabo.
上映時間:110分
©2026映画「LOSTAGE」製作委員会

オフィシャルサイト:https://lostage-film.jp/

RECOMMEND

NiEW’S PLAYLIST

編集部がオススメする音楽を随時更新中🆕

時代の機微に反応し、新しい選択肢を提示してくれるアーティストを紹介するプレイリスト「NiEW Best Music」。

有名無名やジャンル、国境を問わず、NiEW編集部がオススメする音楽を随時更新しています。

EVENTS