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数値化することでこぼれ落ちてしまう音楽の営み
―映画では五味さんの音楽活動の核になる感覚にも触れています。「曲がよければ聴かれるし、それにみんながお金を払ってくれると思ってる」という言葉が印象的だったのですが、そう信じられるのはなぜなのでしょうか?
五味:やっぱり説明できないものが音楽にあるからですね。音がいいとか、理論とかでは説明できないよさのある音楽ってあって。聴いたときに「うわ!」ってなるような魔法のかかったものを探すために僕はレコードを買ったり、ライブに行ったりしてるので。かといって音源至上主義でもないし、所有欲があるわけでもないんですけど。
それって「今日のライブはすごいよかった」みたいな感覚で、なんて言ったらいいかもわからないものなんですけど、あるんですよ、間違いなく。それを今もずっと探してる。
五味:誰かにとってのそういうものが自分の音楽から聴こえたらいいなと思うんです。ほんまに説明できないんですけど、それさえあればどこにでも届くと思います。配信でも、CDでも、何やったら人づてにでも、いいメロディーが残っていくことって起こり得るから。
それが音楽のすごいところだし、それをずっと信じてやっています。その魔法のかけ方って誰も知らないし、だから面白いんでしょうね。それはもちろん数字でも測れないですし。
―そういう価値観を前提に、LOSTAGEやその音楽があるし、五味さんの信じる「いい音楽」があるわけですよね。気持ちを交換するという音楽のあり方の原点にはどういう感覚があるものですか?
五味:やっぱり寂しいからじゃないですか。誰かに話聞いてもらいたいなとか、誰かの話聞いてあげたいとかっていう人間にそもそも備わっている欲求というか。それは音楽の中に自分の居場所があって、音楽を聴くことで他のことは忘れられたって音楽の原体験があるからなんですけど。
ーその寂しさっていうのは、単純にひとりぼっちで孤独ってことではないですよね。
五味:慢性的にある感情みたいなものですね。映画の中でも言ってるけど、自分の居場所って自分では作れないんで。僕の居場所は僕じゃない誰かが作ってくれるし、そこにいることで自分も誰かの居場所になる。
―「居場所」という言葉はLOSTAGEの音楽を表現するのにしっくりきますし、映画の中でも象徴的に使われています。
五味:自分自身がしんどいときって、自分ではコントロールしきれないじゃないですか。僕はありがたいことに居場所がたくさんあって、それでなんとかやれてるんです。だからこの映画もできあがったし、ライブにも人が来てくれたり、興味持ってくれる人がいるし、友達も家族もいる。それはすごく幸せなことだなと思いますね。
そういうことは僕も別に常に意識してないし、みんな自覚してないと思いますけど、ただ気づいたらそうなってたって話で。でもそれはひとつ、自分にとっては答えまでいかないですけど、ご褒美みたいな感じなんです。それが僕が音楽を通じてわかりたかったものみたいな気はするかな、今は。

ーきっと日本中にLOSTAGEに自分の居場所を託すように聴いている人たちがいるんでしょうね。
五味::5000人はいる。
―しかもそれは顔の見える、手の届く5000人。
五味:単純にその観念的な居場所だけじゃなくて、僕らがいるからって奈良に引っ越してきたやつとかもいて、具体的に誰かの人生に関わっている側面もあるし、いい加減なこともできないですよ。きっかけが音楽やったけど、自分のやることとか、そうやって人に与える影響とか自覚しながらやらんとなって思います。