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「今、日本と中国は政治の面で大変なところもあるけど、作品で向き合いたい」
―ミュージシャンとしてここまでの道のりを振り返ると、どんなことを感じますか?
Gen:結構、波乱万丈だなと思います(笑)。最初は右も左もわからなかったし、いざシンガーソングライターとして動き出そうと思ったら、コロナ禍になってしまって、動けなくなったりもして。バンドが自然消滅したこともあったし。でも、自分でバイトをしながら、その街の人と知り合ったりして、少しずつ、人間関係を含めいろんなものを開拓しながら活動を続けてきました。

Gen:ある時、お世話になっていた先輩が、僕にちょっと当たりが強い時期がありました。飲みの席で他の人が「なんで最近そんなにGenくんに当たりが強んですか?」と聞いたんですけど、そしたら、その人が「こいつが中国人だから」と答えたことがあって。
今振り返ると、当時の自分にも未熟さがあり、かなり尖っていた時期だったと思います。知らず知らずのうちに、ストレスを与えてしまっていた部分もあったでしょう。冗談のつもりだっただと思うんですけど、聞いた瞬間に長年築いた信頼関係が崩れましたね。
それからは、中途半端な関係だったものは全部さよならしました。今は、出会った仲間たちに助けられながら、「自分でやっていく」という覚悟を決めています。
―波乱万丈な中でも、ずっと、音楽はGenさんにとって大事なものとしてあり続けているんですよね。最初に「拠り所だった」とも言っていましたけど、今のGenさんにとって音楽は何故そこまで大切なものになっているのだと思いますか?
Gen:支えてくれた方々がたくさんいる、というのも大きいなと思います。縁がないと感じる人もいたけど、その裏で、本当に素敵な方々に支えられてきたんですよね。「絶対にいけるよ」と言ってくれる人たちがいたんです。
音楽は大好きだけど、挫折も多かった。僕が知る限り、中華圏出身で日本語の楽曲において、歴史に残るほどの結果を残した男性アーティストは、前例が少ないからこそ難しいですが、その中にチャンスがあると感じています。

Gen:2025年は最後のチャンスの年だと思って、“愛と哀の共同体”は、出会った仲間たちを集めて作りました。思った以上に好評で、「まだ音楽を続けてみよう」という気持ちになれましたね。
―音楽が好きなのはもちろんだけど、周りにいる人たちの存在が、今のGenさんを突き動かしている部分もあるんですね。
Gen:そうですね。僕も、その人たちを巻き込んだわけだし。結果は出したいです。恩返しがしたい。
―先ほどチラッと言っていましたけど、日本に来たことに、宿命は感じますか。
Gen:感じますね。僕はハーフではなく純粋な中国人ですけど、14歳で日本に来ている。そう思うと、日本と中国の、ちょうど半々の価値観を持っているような気もするんです。音楽を作っていると、「自分にしか書けない日本語の歌詞があるんだ」って感じるし、自分には可能性があるなと思います。
今、日本と中国は政治の面で大変なところもあるけど、こういうときに、僕のような人間は必要だと思う。政治的なことを語りたいわけではないんですけど、どうしても巻き込まれる部分はあるし、そこは、作品で向き合おうと思っています。

―14歳という、すごく多感な時期に日本での暮らしが始まったということだと思うんですけど、日本で暮らし始めたときはどんなことを感じられていましたか?
Gen:中国にいたときは人気者だったんです。みんなに囲まれるような存在で。でも、日本に来たら急に周りに誰もいなくなって。いじめまではいかないけど、馬鹿にされることもあったし、よく喧嘩もしていました。カルチャーショックもあったうえに、僕も僕で反抗期だったし、母と姉と暮らすのも幼少期以来だったので家でも馴染めず、居場所がないっていう感じでしたね。なので最初の5年間は辛かったです。
でも、高校に入った頃からは、日本語も喋れるようになってきたし、専門学校に入ってからは、いろんなバイトも経験して、日本の社会や文化のことも理解できるようになっていったなと思います。
