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「君」を賛美することによる定義の矛盾と憎しみ
“有心論”の野田洋次郎は「君」を讃える。ありえない過剰さで讃える。<君は人間洗浄機>という、彼以外の誰からも出てこなかった言葉遣い。「君」を機械で比喩する発想。<肉眼で確認できる愛>、<地上で唯一出会える神様>と、「愛」と「神」で韻を踏みながら「君」を表す。
言われた方は迷惑だと思いかねない形容の連続によって「君」を飾る。君の存在がいかに貴重かを、定義矛盾の言葉で提示する。愛は肉眼で確認できないもので、神は地上で出会えないもの。その一般的な定義を超えることで、「君」の過剰さを表していく。
その定義矛盾は、 “謎謎”という曲でもはっきり発揮される。
砂漠で観るシロクマのように
都会で観るオーロラのように
火星で観る生命のように
それは それは 美しかったから
RADWIMPS “謎謎”
現実的なありえなさによって、「君」は容赦なく神聖化される。同時に、野田洋次郎は憎しみも容赦なく表す。“五月の蝿”では許せなさを、レイプや殺人のアンモラルによって表現していく。
僕は君を許さないよ 何があっても許さないよ
君が襲われ 身ぐるみ剥がされ
レイプされポイってされ途方に暮れたとて
その横を満面の笑みで スキップでもしながら 鼻唄口ずさむんだ
僕は君を許さないよ 何があっても許さないよ
通り魔に刺され 腑は溢れ 血反吐吐く君が助け求めたとて
ヘッドフォンで大好きな音楽聴きながら 溢れた腑で縄跳びをするんだ
RADWIMPS “五月の蝿”
彼は、自らの醜悪さを恐れない。自らの執着を歌にすることを恐れない。容赦ない。歌を信じている。野蛮なほどに信じている。フィクションの中でしか、解放できないものがあると身体で知っている。
醜悪さにエゴイズム。日常では抑圧せざるをえないありとあらゆるものを、フィクションは許容する。そしてそれは、人を魅了する。野田洋次郎は人を魅了する。