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鑑賞者の「物語」が、映画に竜の眼を描き入れる
自殺願望を秘めた青年が語る絶望と復讐の物語に、少女の想像力が鮮やかな色彩を加えていく。二人の会話の撮影は、なんとほぼアドリブで行われたという。そして通常の演技の枠を超えたこのふたりの交流は、物語全体に絶望から立ち上がる希望の印象を強め、もともとはよりダークな物語を準備していた監督に幾度となく脚本の変更を促した。
そこでは、物語は語り手ひとりの作品ではなく、語り手と聞き手が互いに影響し、支え合いながら紡がれていく。ヒマラヤの学校での物語と同じように。つまり、われわれが本作を通して目撃する物語は、二人の交流の結晶なのである。
映画もまた、そうであろう。作品の存在は公開された時点で凍結するものではない。多くの人がそれをどう見て、どう愛し、どう伝えていくか。それが画竜点睛の最後の一筆となり、その存在が常に更新され続けるのである。この映画を見た人々が、この作品への思いをひと筆ずつ描き入れていく──それこそが、本作が「カルト的傑作」と呼ばれるまでに費やされた長い時間の中で行われてきたことなのだろう。

さて、最後に少しだけ、僕自身の物語を話そう。
うっかりこの映画を知人らに勧めすぎたせいで、観て魅了された後輩から「行きましょう。インドが我々を呼んでいます」と誘われてしまった僕は、結局、彼らに引きずられるようにしてインドの西部に広がる広大な砂漠へ向かうはめになった。そこには本作のクライマックスが撮影されたおとぎ話のように青い街と、それを丘の上から見下ろす巨大な城砦があるのだという。
砂漠を西へ西へとひた走る異国の寝台列車に揺られること、二昼夜。閉まらない窓から吹き込み続ける冷たく乾いた夜風を避けようと、途中の市場で慌てて手に入れた布にくるまり、同乗者たちの寝息を聞きながら砂漠の星を眺めて朝を待つ。あの青年が語り、あの少女が空想した「王国」を目指して。
こうして僕は、自分自身の冒険で、この物語にひと筆を書き入れた。
あなたならどのような物語を書き入れるだろう。
この世は生きるに値するのか。人は信じるに値するのか。それを確かめるために──ともに、落ちよう。この果てしない世界へ。

『落下の王国 4Kデジタルリマスター』

2025年11月21日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、グランドシネマサンシャイン 池袋ほか全国公開
監督:ターセム
出演:リー・ペイス、カティンカ・アンタルー
配給:ショウゲート
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