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民俗学とスピリチュアルの間で。笹久保伸が語る、秩父の異界性、呪術的信仰からの影響

2025.11.4

#MUSIC

「エゴ」や「憧れ」から離れることが、優れた音楽の出発地点

―演奏者のエゴのない音楽ということでしょうか。

笹久保:そうですね。10代や20代ならまだいいとは思うんですよ。「こんな難しいことをやってるぜ」「こんな新しい音楽をやってるぜ」という自我が前面に出ていても。つい先週、ファビアーノとも話してたんですけど、僕らの年代でそれをやるのは違うだろうと。「もっと落ち着いて、自分たちのやるべきものをやろう」ということは彼も言ってました。

僕自身も「こういうものをやったら売れる」というような他の目的に支配された音楽をやるんじゃなくて、エゴから離れて土地と同期した音楽をやろう、そういうことをさらに考えるようになりました。

ファビアーノ・ド・ナシメント & 笹久保伸『Harmônicos』を聴く(Apple Musicで聴くはこちら / Spotifyで聴く

―先にも触れた新作の資料にはこんなことも書いてあります。「そもそも言葉にできない世界を担う音楽の領域において音楽について言葉で説明し続けることに絶望し、表現を捨て記録者というスタンスから制作を続けてきた」と。「記録者」という意識はいつごろから芽生えてきたのでしょうか。

笹久保:武甲山(※)を写真や映画に撮っていたころから「記録」という概念は意識していました。僕は映像を撮るときも「あくまでも『僕自身』が記録している」という感覚があるし、秩父という土地からインスパイアされてアルバムを作るという行為もまた記録だと思うんですよ。身体の記録が表に出たものというか。

※筆者註:秩父地方の総社である秩父神社の神奈備山であり、秩父のシンボル。明治期より武甲山で石灰石の採掘が始まり、現在も山のシルエットが大きく変貌するほどの大規模な採掘が続いている。笹久保はこの山をテーマに『PYRAMID 破壊の記憶の走馬灯』(2015年)などの映像作品を監督している。

映画『PYRAMID』トレイラー映像を見る(YouTubeを開く

―フィールドレコーディングの作家が何らかの環境音を録音するとき、その作家の主体性が音に何らかの影響を与えるように、記録者である笹久保さんの身体性がどこかに反映されていると。

笹久保:そうですね。ただ、どのジャンルのミュージシャンでもやってることは同じだと思うんですよ。誰もが記録者的な要素があるし、音楽家自体が記録者であるとも思います。

例えば、このあいだ亡くなったエルメート・パスコアールにしたってブラジルという存在そのものだったりするわけじゃないですか。ブラジルの記録というか、エルメート・パスコアールという人自体が記録媒体みたいな感じがする。

ラッパーもそういう感じがしますね。僕の好きな2Pac(※)の楽曲なんか完全にその時代の記録ですしね。だから日本で彼の真似をしても、どうも違う。それは服や言葉が違うというより、そこに記録されたものが反映されているかどうかということだと思います。

※筆者註:笹久保は2024年5月に2Pacのトリビュート作品『Human Poetry – A Tribute to 2PAC』を発表している。この作品は笹久保が少年時代から愛聴していたラッパー、2Pacの名前が最後のインカ皇帝であるトゥパク・アマルから取られていることにもインスパイアされている。

笹久保伸『Human Poetry – A Tribute to 2PAC』を聴く(Apple Musicはこちら

―笹久保さんはかつてアンデスに住み、現地のフォルクローレを学んでいたわけですが、当時はどのような意識のもと、現地の文化を記録していたのでしょうか。

笹久保:もちろんアルゼンチンやブラジル、ペルーの文化には憧れもありましたよ。でも、何年住んだとしても、決して現地の音楽家のようにはなれない。見た目とかの問題ではなく、土地と同期しきれないんですよ。

アンデスにいたころは「現地の人たちみたいになりたい」と思っていたけど、やればやるほどなれないことに気づいていくんです。でも、誰もが自分がそのままでいられる音楽ってあると思うし、それを探していくしかない。当時からそう感じていました。

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