こんなにも鮮やかに、かつ静かな情熱を持って、自分たちが生きる日々のリアリティや、その中で生まれる心象風景を音楽で表そうとするバンドがいること。それはとても尊くて、頼もしくて、希望に満ちたことだと思う。東京を拠点に活動する4ピースバンド、リュベンス。
スピッツやindigo la Endのような偉大な先達がそうであるように、多彩な音色のギターサウンドや豊かなリズムを操りながら、まるで絵を描くように美しく、激しく、ポップな楽曲を生み出す彼らの音楽は、今、日本のみならず世界中のリスナーからの注目を集めている。現時点での代表曲と言える“天使さん”を筆頭に、彼らの楽曲のミュージックビデオには日本国外のリスナーからのコメントも多数寄せられている。とても普遍的なものを、今、リュベンスは表現しえていることの証である。
そんなリュベンスが1stフルアルバムのタイトルに掲げた言葉は『MELT』。「溶ける」という意味のこの言葉は、彼らにとって忘我の境地への逃避を意味しているわけではない。むしろ、彼らは極めて現実的な意味合いで『MELT』という言葉を掲げた。時間は進んでいくということ。人は生まれたからには死に向かっていくということ。そして、私たちにはたしかに過去があるということ――そんな現実を浮き彫りにするために、リュベンスは流れてゆく時間、その姿を1作の音楽アルバムに刻んだ。このアルバムは、私たちに生の儚さを思い起こさせる。でも、それだけではない。このアルバムは私たちに、何が起こるか分からない未来に向けて、1歩足を踏み出すための勇気もまた思い出させる。
今回、バンドの発起人であり作詞作曲を手掛ける悦(Gt)と、バンドに素晴らしきチャームを与えているボーカリストのセレナ(Vo/Gt)がインタビューに応えてくれた。バンド前史の話から歌詞に込める思いなど、たくさんのことを語ってくれた。全身全霊で生きている、素晴らしい若きバンドの登場である。
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「ただやってみたかった」それぞれの憧れから始まったロックバンド
―リュベンスというバンド名は、悦さんが大学で研究していた画家のルーベンスから来ているそうですね。リュベンスの音楽を聴いているとまるで絵画を見ているような感覚になることがあって。悦さんはご自分が惹かれるものや美しいと思うものを、音楽だけでなく絵画などにも見出してきたんですか?
悦:僕は絵も描くし、ジャケットも自分で描いているんですけど、なんなら元々は音楽をやりたかったというより、小学校に入る前くらいから「将来は絵を描くんだろうな」と思っていたんです。
地元は金沢なんですけど、地元の有名な美大に入って、その先の可能性を広げたいなって。そのくらい小さい頃から視覚的な芸術を能動的に受け取ろうとしてきたフシはありますね。音楽はあくまでも中学生とか高校生の思春期に出会ったものであって、自分にとって一番根源的な表現は絵だと思う。結局、大学は青山学院大学に入ったんですけど、そこでも比較芸術学科という、芸術にまつわることを勉強する学科に入って。なので、音楽よりも絵の方が昔からつかず離れずって感じですね。

2022年に東京で結成。2023年4月からセレナ(Vo / Gt.)、悦(Gt)、Mary(Ba)、まつまる(Dr)による現メンバーで活動スタート。これまでに8枚のシングルと2枚のEPをリリース。昨年リリースしたシングル”天使さん”が国内外で一躍注目を集め、Music VideoはYouTubeで120万再生を突破。ライブにも定評があり、昨年12月のindigo la Endのオープニングアクトとして出演したLIQUIDROOMでのライブも話題に。今年1月の新代田FEVERでの初ワンマンもソールドアウトとなった。ニューウェイブ/ポストパンク的な新たな音楽性を提示した最新シングル”ツキナミちゃん”が話題となる中、10月から初の全国ツアーがスタート。初のフルアルバム『MELT』が10/29に配信リリース、11/5にタワーレコード限定CDとしてリリースされるなど、今後の活動に注目が集まる。
―では、絵への想いが極端に切り替わって音楽になったというわけではなく、今はその両方が同じベクトルで存在している感じなんですか?
悦:はい。絵と音楽って、アウトプットとしては違うものに見えるけど、僕の場合、やっている人は同じだし、感性とか美的感覚という部分では同じところから出てきている感じはします。さっき、曲を聴いて「絵を見ているような感覚になる」っておっしゃってくれたじゃないですか。そこは無意識的な部分もありつつ、半分くらいは自覚的にやっている部分でもあったので、そこを受け取ってもらえているんだなって今初めて実感しました(笑)。

―リュベンスの曲を聴いてそう感じている人は多いんじゃないかなと思いますね。半分くらい自覚的だったというのは、リュベンスを始めた頃からですか?
悦:いや、結成した最初の頃は何かを深く考えていたわけでもなかったです(笑)。メンバー間で音楽性の核になるものを共有していたわけでもなく、大学の軽音サークルで集まったみんなでバンドを始めたら、段々と固まっていったという。1枚目のEPの『ripple』に入っている“白光線”が人生で初めて作った曲なんですけど、そのまま世に出ているのが恥ずかしいくらいで(笑)。
―セレナさんから見ると、悦さんはどんな人だなと感じます?
セレナ:めちゃくちゃ素直な人だと思います(笑)。少年っぽい感じ。曲にも表れているけど、変な衒いがないんです。普段話していても言葉に嘘がないと感じるし。シンプルに「いいな」と思うものを言語化したり、他のものに落とし込む力が凄いんですよね。

―おふたりはバンドをどうして始めようと思ったんですか?
悦:僕は、ただやってみたかったんです(笑)。自分が弾ける楽器がギターだけだったし、サークルで集まったみんなが体で分かることをやろうと思ったら、ロックバンドだったという感じですね。僕の音楽の原体験がスピッツなので、自然と「音楽=バンド」という感覚もあったのかもしれないです。
セレナ:私は小学生くらいの頃からJUDY AND MARYが好きで、バンドへの憧れがずっとありました。ただ、実際にバンドをできる環境はなくて、どちらかというと小さい頃から1人でできることばかりやっていたんです。習い事もピアノやバイオリンだったし、大学2年生の頃にコロナが流行り出したんですけど、そのときは、家で1人で弾き語りをやっていて。そういうのもあって、無意識的にでも集団で何かをやることへの憧れは強まっていた気はするんですよね。悦がメンバーを集めたんですけど、バンドに誘われたときは「やっとバンドができる!」と思って嬉しかったです(笑)。

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「『自分を出す』って、出せれば自由だけど、気楽なことではないと思うんですよ。」(悦)
―今年出たシングルの“ツキナミちゃん”は、悦さんがセレナさんのことをイメージして書いた曲なんですよね。悦さんから見ると、セレナさんはどんなふうに見えているんですか?
悦:セレナとは、最近ようやく深いところで関われるようになってきた実感があって。元々はいい意味で普通の大学生の女の子というイメージだったんです。でも、実はセレナは、自分が周りと同じ温度感で生きていることを肯定できていないんじゃないか? と僕は感じていて。だから僕は「仲良くなりたい」と思ったんでしょうけど。バンドをやっていく中で、セレナの中にある「普通であること」をよしとしない部分が、だんだん大きくなっていったような気がするんですよね。
セレナ:そうなんだ(笑)。
悦:“ツキナミちゃん”はすごく端的に、セレナのことを肯定的に書けたと思います。セレナは「月並み」じゃないんです、全然。きっと人間誰しもが「普通でいなきゃ」みたいな圧力を勝手に感じながら、それでも「自分はこんな人間じゃない」「こんな窮屈に生きたくない」と思っているだろうし、そこから抜け出す瞬間を今か今かと探している気がする。でも、それが上手くいかないまま過ごしている人はたくさんいると思っていて。セレナの場合は、バンドをやることで、自分の野性みたいなものを上手に発揮できる手段を見つけられたんだと思う。だから、最近はすごく伸び伸びして見えるなって思います。

―セレナさんご自分ではどう思いますか?
セレナ:両親は私に対して「就職して、こういうふうに生きてほしい」という理想があったと思うんですけど、私自身は、昔からずっとどこかで「音楽を仕事にできればいいな」と思っていたりして。そう思うと、正直に生きたいけど、そうできてこなかった部分はあったのかなと思いますね。私は1度就職したんですけど、働いてみてなおさら思いました。やりたいことから逃げてきたし、そこに向き合えていなかったなって。2022年にバンドを始めたあと、2023年に仕事を辞めたんですけど、そこからは特に自分が変化している実感はありますね。いろんなことに正直になっている気がする。
―リュベンスは「自分でありたい」と思う人たちが集まったバンドなのかもな、と思いますね。
悦:ああ、そこは強めだと思います。
セレナ:Mary(Ba)とまつまる(Dr)も、好きなものや理想の自分が強くある人たちだからね。だから4人でいると、それがいい相乗効果になることもあるし、何を考えているかは、ちゃんと言葉にして話さないとわからないんだなって最近は思います。
悦:「自分を出す」って、出せれば自由だけど、気楽なことではないと思うんですよ。それに伴って新たな制約も生まれるし。自由でいるって、大変だと思う。でも、大変だとわかっていても、「自分が自分であること」を認めたい……そういう大きな欲求が、この4人のバンド活動になっているんじゃないかと思いますね。

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失うことの多い人生で、取り零したものの痕跡が人生になる
―そういう部分も、楽曲を通して伝わってくる気がします。リュベンスは、ミュージックビデオのコメント欄には海外の方の書き込みも多いじゃないですか。海を越えて自分たちの音楽が届いている理由について感じることはありますか?
悦:音楽的な視点で見れば、海外の音楽から影響を受けているけど、メロディラインはいたって日本のポップス的っていう面白さを受け取ってくれているのかもしれないな、とは思うんですけど。ただ、言葉も違えば育った国も違う人たちが、日本のリスナーの人たちと同じような感想を抱いているのは不思議だなと自分でも思っていて。国によって文化や流行の変遷も絶対に違うじゃないですか。「1990年代っぽい」というひと言に込められている内容も、国によって違うと思う。それなのに、みんなが「懐かしい」と言ってくれる曲があったりするのは……表面的な要素を感じ取っているわけではないんだろうな、とは思います。
悦:もっと普遍的なものを感じ取ってくれているのかもしれない。懐かしさや郷愁を呼び起こすものが、言葉や音像に寄らない部分に表れているのかもしれないし、そこはセレナの声に寄るところも大きいのかもしれないし。自分たちで絶対的にこうと言い切れる理由はないけど、でも、「何かが伝わってるんだな」と感じる度に、自分はすごくいい表現の変換ができているのかもしれないと思えますね。
―歌詞については、どんなことを歌にしようという思いが根本にありますか?
悦:そもそも、自分はあまり人に共感したいとも思っていないし、共感されたいという欲求もあまりなくて。むしろ、最初から共感を求めてしまうと見失うものがあるような気がするんですよね。共感は、結果的に生まれればいいなと思うくらいで。ただ、ひとつ言えるのは、自分は前に進むことの楽しさや、変化が起こることの面白さを感じながら、同時に、本当はいろんなものを失うことが怖いし、寂しい気持ちもあって。そういう気持ちの全部を、歌にするくらい美しいものと感じているのかもしれないです。……言葉にするのは難しいんですけどね。こういうことって決めてやっていることでもないし、決めたくないので。
―そうですよね。
悦:平たく言えば、言いたいことを言っているだけですね。そこに変なブランディングもマーケティングもないです。

―でもおっしゃるように、“天使さん”にしても、“ハートの尾ひれ”にしても、物事は前に進んでいるんだけど、その根底に儚さや喪失感がある、という感じはしますね。
悦:大きかったのは、バンドを始めて1年経たないくらいの頃に、祖母が亡くなったんです。それが「自分は『失うこと』や『変わること』に凄く大きなインプレッションを受けるんだ」と自覚した体験で。歌詞の主語はリスナーに委ねることが多いけど、書いているときは、そういう喪失の体験を思い浮かべているような気もします。そういう体験に答えを出したいとも思わないんですけど、誰もそこに目を瞑ってほしくはない、という気持ちはあるんです。人生は失うことの方がいっぱいあるし、取り零していくものもたくさんあると思う。でも、取り零したものの痕跡が人生になるのかもしれない……そう思うと、こういう表現を人の耳に触れさせるのも、悪くないのかなと思うんですよね。
―セレナさんは、悦さんが書く歌詞はどんなふうに受け止めて歌っていますか?
セレナ:私の中で、悦の書く歌詞は「過去と今と未来が切り離されていない」という感覚があって。全部が繋がっているから、喪失を歌っている曲でも前向きになれる感覚があるし、逆に、前向きになることがしんどい状況で聴いても、時間が流れている感覚はある。それに「懐かしさを感じる」と言っても、「過去ばかり見て今を生きていない」という意味での懐古主義ではないと思うし。そういう感覚が、どの曲の歌詞にも共通して表れているものなのかなと思います。だからこそ歌っているときも、あまり重い感情にはならないよう、スッと入ってくることを意識していて。あと、全部を日本語で書いているのは「届けよう」という意志があることの表れだと思うんですよね。
悦:自分が言い足りなかったことを全部言ってくれた(笑)。確かに精神的な時間軸というか、1曲の中で特定の時間を超えるような書き方をしたいとは思っていますね。

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「聴いた人の生活の一部になれるくらいの曲を作りたいです。」(セレナ)
―この度リリースされる1stフルアルバム『MELT』は、まとめ上げるに当たり考えていたことはありますか?
悦:タイトルが『MELT』になったのは、過去に出したEPのタイトルが『ripple』と『murmur』で、それぞれ「さざなみ」と「せせらぎ」という流体みたいなものをモチーフにしてきた文脈もあるし、「MELT=溶ける」って、ある地点だけの話じゃなくて、ある地点からある地点の間、そこにある変化の途中を切り取っている言葉のような気がするんですよね。0か100だけの話じゃなくて、経過を経過として切り取っている。写真にもできないこと。それが『MELT』という言葉で表せている気がして、面白いなって。
悦:このアルバムに入っていない曲でも、僕は「溶ける」という言葉をよく歌詞に使っていたし、ずっと特別な印象がある言葉だったんです。それを今、1枚目のアルバムの名前にどんっと使った感じですね。曲としても、この3年間の僕らバンドの変遷がそのままパッケージされているアルバムだし、ここまでの僕達の時間すべてが、このアルバムの中に溶け込んでいるなと思うので。

―このアルバムが、バンドの流動の軌跡でもあるんですね。
悦:収録曲たちは作った時期も曲調もバラバラなんですけど、自分で見ると、このアルバムの流れって凄く曲線的なんですよ。紆余曲折を感じるというか、まったく直線的じゃない。でもそれが気持ちいいし、最後にはそれが全部溶け込んで、あっさり終わってくれるのがいいなって。
―最後の“夜はメルト”はまさにそういう曲ですよね。
悦:大袈裟な「さよなら」にはしたくなくて、なるべく軽やかな音楽で終わりたいなと思って、最後は“夜はメルト”にしました。失うことの怖さや寂しさは歌いつつ、どこかで物質的なものの永遠を感じさせたくない気持ちが自分にはあるんだと思うんです。ちゃんと終わりが来て、あっさり終わってしまう。どれだけ強い情感を込めていても、そんなのお構いなく、一瞬で消えるもの。そういう切なさをアルバムの流れの中にも見出したかった。それは天候とか、自然の恐ろしさに似ている感覚かもしれない。そういうものを描き出したかったんです。

―今の言葉が、リュベンスの音楽がどれだけ耽美な世界を描いても、素朴な生活のリアリティや現実の生きている実感にフィットする理由な気がします。
悦:永遠って、過去にだけあるもので、「今」にそれを見出そうとするのは綺麗事のような気がするんですよね。なので、絶対にそういう書き方はしないようにしようと思ってます。
―“フラジェール”のような歌謡曲的なメロディが際立ったポップな曲も新機軸だと思うんですけど、こういう方向性の曲も今後増えていきそうですか?
セレナ:そうは言っても、“フラジェール”は2年前くらいに作った曲なんですよ。

―そうなんですね!
セレナ:日本人ってみんな歌謡曲を通っていたりするし、こういう歌心も私たちの中では急に生まれたものじゃなくて、自然と染み込んでいたものだと思うんです。私たちは「ポップだから」とか「オルタナだから」とか、そういう文脈でバンドを語ることを自分たちから率先してやりたいとも思っていなくて。ただ、「届ける」意志はバンドとして強くなっているとは思います。「ポップ」という言葉が持つ意味って、私は「人の心に残る」ということだと思っていて。私は、ふとしたときに歌っちゃうくらい一人ひとりに染み込んでいく強い曲を作りたい。聴いた人の生活の一部になれるくらいの曲を作りたいです。
『MELT』

Digital Release: 2025/10/29
CD Release (TOWER RECORDS Exclusive): 2025/11/5
https://ssfuga.lnk.to/MELT
Track List
1.愛は湯気
2.風を止めないで
3.サースティデイズ
4.わるい雨
5.フラジェール
6.天使さん
7.息白し
8.ツキナミちゃん
9.陽だまりの中で
10.ハートの尾ひれ
11.夜はメルト
NiEW presents 『exPoP!!!!! vol.180』

1月30日(金)
Spotify O-nest
OPEN 18:30 / START 19:00
入場無料(must buy 2 drinks)
無料生配信有
出演:水平線、タデクイ、リュベンス、and more!!!!!
チケット予約
※ご予約の無い方は入場できない場合がございます
https://expop.jp/schedules/180
 
           
           
           
           
           
           
       
           
       
           
       
           
       
           
       
           
       
           
       
           
       
           
           
           
           
           
           
           
          