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ロンドンの音大出身の新星。ネクター・ウッドが語る、音楽は言葉よりフィーリング

2025.10.21

#MUSIC

音楽を聴いて、心が晴れやかになる。何を歌っているのか、言葉もわからないにも関わらず、悲しい気持ちを、ままならない日常を、退屈な仕事や学校のことを、一時的ではあるにせよ忘れさせてくれる音楽がある。ネクター・ウッドの音楽には、まさにそうした感覚が息づいている。

ネクター・ウッドは、ストリートなソウルの感覚を体現するロンドンのシンガーソングライターだ。グライムの躍進、ジャングル〜ドラムンベースのリバイバル、UKジャズの勃興、サウスロンドンのバンドシーンの加熱などの渦中にある彼女の歌を、「ローリン・ヒルのようだ」と評したのがエルトン・ジョンだった。

ローリン・ヒル、そして先日急逝したディアンジェロらの音楽を研究することで、モダンなソウルミュージックのサウンドプロダクション、アレンジの秘密を理解していったネクター・ウッド。その音楽が宿す感覚について、ライターでトラックメイカーの小鉄昇一郎とともに取材した。

ネクター・ウッド(Nectar Woode)
1999年生まれ、イングランド・ミルトンキーンズ出身のシンガーソングライター。ガーナ人の父とイギリス人の母を持ち、幼少期から音楽とアートに囲まれた環境で育つ。ロンドンの音楽学校に進学し、在学中からオープンマイクや即興セッション、バンド活動を通じてキャリアをスタートし、現在はロンドンを拠点に活動。ローリン・ヒル、エリカ・バドゥ、ディアンジェロ、エイミー・ワインハウス、Duffyなどから影響を受け、西アフリカ音楽のリズムや感情表現も取り入れた独自のスタイルを確立。2025年7月、EP『It’s Like I Never Left』をリリース。プロダクションにジョーダン・ラカイを迎え、ミックスルーツや家族愛を祝福した作品となっている。
ネクター・ウッド『It’s Like I Never Left』を聴く(各ストリーミングサービスで聴く

ガーナとUK、2つのルーツと文化に育まれたネクター・ウッドの歌

─昨日のライブ、拝見しました(取材は10月1日に実施)。駅から向かう間に雨が降り出して、慌てて会場に駆け込んだんです。扉を開けてすぐ、あなたの暖かい歌声が聴こえてきて、とても安心した気持ちになりました。

ネクター:そうなんですね、ありがとうございます。嬉しいです。

─ライブでFleetwood Macの“Dreams”をカバーしていましたね。

ネクター:2か月ほど前に「バンドで何かカバーをやろう」という話が出て、たまたまYouTubeでこの曲が目に入ったんです。多くの人が知っていて、誰もが共感できる歌だし、すごく深い意味を持った歌詞だと思います。とにかくあの曲の歌詞が好きで、歌う度に言葉の深みが響いてくる気がします。

Fleetwood Mac『Rumours』収録曲

─あなたのギターの腕前も非常に巧みで、驚かされました。

ネクター:ギターが一番長く続けている楽器なんです。左手で弦を押さえるコードの感覚、指の使い方が一番しっくりきます。理論的なことはあまり得意じゃないけど、ジャズのハーモニーが大好き。自分でピアノを弾くこともありますけど、鍵盤は今回のライブのように友人のエイミーに任せることが多いです。

─あなたはどんな街で生まれ育ったんですか?

ネクター:父はガーナ出身で、30歳くらいのときにロンドンに移り住んでイギリス人の母と出会い、ミルトン・キーンズに引っ越してきたんです。だから家の中は複数の文化が入り混じっていました。食べもの、そして音楽も。

ネクター:ミルトン・キーンズはロンドンの北方で都市部から引っ越してくる人も多く、いろんなバックグラウンドを持った人が暮らす街です。ガーナのレストランもあるし、学校にもさまざまな文化、家庭の子どもたちが入り混じってる感じ。そういうミックスカルチャーな環境で育ってよかったなと思います。

―ご家族についても教えてください。

ネクター:両親は音楽が好きで、家ではボブ・マーリーが1日中流れているような家庭で育ちました。文化的に豊かな環境だったと思います。両親はボブ・マーリーが大好きで、父は携帯の着信音までボブ・マーリーの曲に設定してました(笑)。

ネクター・ウッドの父も参加している“Ama Said”のライブ映像(各ストリーミングサービスで聴く

─“Ama Said”では、そのお父さんがサックスで参加していますよね。ご両親の影響で、自然と音楽にのめり込んでいったのでしょうか?

ネクター:はい。でも、反抗期になると親が聴いてる音楽なんて聴かなくなるじゃないですか。私も一時期はそうで(笑)。でも18歳で家を出たとき、「やっぱり、私は家で流れていた音楽が一番好きなんだな」と感じたんです。

ディアンジェロらから受け継ぐもの。音楽大学とストリートで磨き、研究したソウルの感覚

─ご両親が聴いていたのはどんな音楽でしたか?

ネクター:ディアンジェロ、エリカ・バドゥ、それからローリン・ヒルとか、たくさんあります。歌はもちろん、アレンジが素晴らしいなと思う。ギターを弾き始めたとき、彼らの音楽のアレンジの不思議さに中毒みたいに惹かれて夢中で聴いてました。

ローリン・ヒル『The Miseducation of Lauryn Hill』(1998年)収録曲

ネクター:彼らは古いソウルミュージックの要素を取り入れながら、アレンジはものすごく現代的で。「どうすればこんなことができるんだろう? 彼らみたいに曲を書く方法を学びたい!」と思って、ディアンジェロのディスコグラフィーを徹底的に聴き込んだりしました。

─ソウルミュージックが自分の原点であると気づいたわけですね。ディアンジェロは日本でも人気ですけど、どこが好きですか?

ネクター:ソウルミュージックはジャズやR&Bとも近い雰囲気があるけど、本質的には「気持ちをよくしてくれるもの」だと思う。1970年代のオールドスクールなソウルは特にそうかな。

でも、ディアンジェロはそれだけではないんですよね。オールドスクールなソウルは、人の喜怒哀楽、ベーシックな感情を表現しているものが多いけど、ディアンジェロはより多面的。ハッピーだとか、悲しいとかだけじゃない、さらに複雑な感情を歌にしているのが好きなんです。『Brown Sugar』(1995年)や『Voodoo』(2000年)を聴いて、アレンジと作曲の研究しました。

ディアンジェロ『Voodoo』録曲

ネクター・ウッド『Good Vibrations』(2023年)を聴く

─あなたは音楽学校に在学中、オープンマイクやジャムセッションのできる店で腕を磨いていたそうですね。

ネクター:そうです。見知らぬ人の前で歌うことは、いい実験になるんじゃないかと思って。18歳で実家を出て、ギターもソングライティングもまだまだ勉強中のころでした。

ミルトン・キーンズやその周辺にあるお店は、お客さんも温かくて。流行ってる音楽のスタイルとは、別のものをやってもOKって感じ。「流行りじゃないけど、それも面白いね」って、どんな音楽でも寛容に受け入れてくれるんです。

でもロンドンのようにもっと都市部になると、また事情が違っていて。よりプロフェッショナルで真剣なミュージシャンも多いし、お客さんの目も肥えてるから。

音楽なら、文化の違い、言葉の壁、憎しみすらも越えていける

─最新作『it’s like I never left』(2025年)は、「最初からここにいたみたいだ」という不思議なタイトルですが、制作時にガーナを旅したことがインスピレーションとなっているそうですね。

ネクター:そう。父と一緒に行ったガーナへの旅は、ミックスルーツである私にとって特別な経験でした。

ミックスルーツは2つのアイデンティティーの間で揺れざるを得なくて、私の場合はガーナとイギリス、そのどちらにも属せないという思いがかなりあって。でもガーナに行ったら、すぐに受け入れてもらえた気がしたんです。安心というか、ほっとした気持ちになりました。

─文化の違い、言語の壁といったものを感じることはありませんでしたか?

ネクター:もちろん不安もありました。ガーナはミックスルーツの人が特別に多い国というわけでもないけど、バリアを感じる場面は特になかったです。ガーナには父の家族や友人もいるし、英語が通じる人が多かったのも理由かも。それにもともと、私の家にはガーナの文化が息づいていたから。

https://www.youtube.com/watch?v=9sZWz1kFYSY
ネクター・ウッド“Home Again”のライブ映像(各ストリーミングサービスで聴く

─昨日のライブで、日本語でアナウンスをしていたのが印象的でした。外国で言葉が通じない状況でも、伝えようという気持ちがあれば、伝わるものはあると思いますか?

ネクター:私はそう確信しています。100%あると思う。音楽は言語の壁を乗り越えられるものだと思うし。音楽はフィーリングだから。言葉が通じなくても、フィーリングは掴むことはできると思うんです。

1週間くらい日本に滞在しているけど、日本の方は本当に音楽の趣味がいいと感じます。昨日のライブでも思ったんですが、日本のお客さんは注意深く音楽を聴いてくれるんです。

ロンドンでライブをすると、お客さんが言葉が理解できるから音楽に対して怠慢な姿勢を感じる場面も多くて。聴き流しているというか、音楽に対して深く感謝している感じではないというか……だから昨日のライブのように、ちゃんと音楽を聴いてくれるのはとても嬉しい。言葉がわからないからこそ、音楽にちゃんと耳を傾けてくれているってことがよく伝わりました。

─世の中のことに目を向けると、近年日本では排外主義的な気運が高まっていて危険な傾向にあります。UK、あるいはロンドンではどうでしょうか?

ネクター:ロンドンも似たような状況ではあると思う。とにかく憎しみを広げてしまう人がたくさんいて、でも、もう既に世の中はヘイトでいっぱいですよね。これ以上、憎しみを拡げている場合ではないと思う。分断を乗り越え、誰もがお互いに寄り添い、安心できる世界を目指すべきだと私は思うんです。

https://www.youtube.com/watch?v=sOJbenCE9ZA
ネクター・ウッド『It’s Like I Never Left』収録曲(各ストリーミングサービスで聴く

ミックスルーツ当事者としての葛藤、苦悩を「ソウル」へと昇華する

─日本にとって、UKは昔から特別な国です。古くはThe Beatlesやモッズといったロックに始まり、ジャマイカ系の移民が持ち込んだベースミュージックのカルチャー、近年ではグライムのような音楽もあり、どれも日本に影響を与えています。今、注目すべきUKの新しい音楽はありますか?

ネクター:やっぱりサウスロンドンのジャズシーンは、すごくユニーク。Ezra CollectiveやKokorokoみたいな新しいグループがジャムセッションの中で、とても自由で、自分らしい表現をしているんです。

私の“Ama Said”という曲でも、Kokorokoのメンバーがトロンボーンを演奏しています。私にとっても身近なシーンだけど、これからもどんどん面白くなると思う。

https://www.youtube.com/watch?v=7X_5Ka6xuFo
Kokoroko『Tuff Times Never Last』(2025年)収録曲

─UKのジャズといえば、ジョーダン・ラカイはあなたの“Only Happen”に参加していますよね。彼とコラボレーションした理由は?

ネクター:もともと私は彼のファンで、彼もニュージーランドとオーストラリアのミックスルーツ。表現の仕方に、私と似ている部分や近しい感覚があると思います。

“Only Happen”は、ダークで深い部分のある曲なんです。ある人が、他人の目を気にして裏道を歩きながら、自分のアイデンティティーについて悩んでいる……イントロの重い雰囲気はそんなイメージ。どこか居心地が悪くて、「ここからどうなるの?」という展開にしています。

それがコーラスになるとフワッと明るくなって、気持ちが軽くなる。リリックの<Feeling the rhythm, heading for the light(リズムを感じて、光に導かれて)>という一節には、自分自身と本能を信じるという意味を込めています。

https://www.youtube.com/watch?v=6LWcOg-b3Qk
ネクター・ウッド『It’s Like I Never Left』収録曲(各ストリーミングサービスで聴く

─EPの曲では、“When The Rain Stops”が個人的には好きです。日本では「恵みの雨」という言葉があるのですが、この曲における「雨」とはどういう意味で歌われていますか。

ネクター:雨に「Richness(恵み・豊かさ)」ってニュアンスもあるんですか? クールですね! UKで雨は、悲しみや憂鬱、あとは反省とか内省的な意味合いのほうが多いですね。

この曲の情景は、まず重くのしかかるような雨の中、自分の内面を見つめる人がいる。でも雨が止むと、草木の香りが漂ってきて、太陽が降り注いで希望の兆しが見えてきて……そういう感覚の歌です。

─素敵ですね。あなたの音楽からは、すごく温かいものを感じます。イライラしたり、悲しい気持ちも忘れて、踊りたくなるような気持ちにさせてくれる響きがあるように思います。

ネクター:ありがとう、私はいいことをしてるってことだ(笑)。最初にあなたが言っていたような、外は雨が降っていたけど歌を聴いてスッと気分がよくなったとか、そういうリアクションを聞くと、本当に嬉しいんです。

自分の音楽を聴いてリラックスしてほしいし、心地いい気分になってほしいと思っています。そのためには、オーディエンスのみなさんのことをもっと知りたいし、どんな音楽を求めているかを知りたいですね。

https://www.youtube.com/watch?v=ZLq66x09Z_k
ネクター・ウッド『It’s Like I Never Left』収録曲(各ストリーミングサービスで聴く

―その感覚はあなたの音楽からすごく伝わります。あなたの感じていることが、音を通じて心にまっすぐ届くような不思議な感覚があります。

ネクター:ありがとう、とても嬉しい! 私の目標はまさに、それを達成することだから。

ネクター・ウッド 『it’s like I never left|イッツ・ライク・アイ・ネヴァー・レフト』

2025年7月18日(金)リリース

1. Only Happen
2. LOSE
3. Ama Said
4. Light As A Feather
5. When The Rain Stops
6. Home Again

https://nectarwoodejp.lnk.to/ItsLikeINeverLeft

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