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画期的なドラマ『作りたい女と食べたい女』が切り拓くドラマの新時代

2024.2.28

#MOVIE

©NHK
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毎週月曜~木曜夜10時45分から放送中のテレビドラマ『作りたい女と食べたい女』(NHK)。2022年11月~12月にかけてシーズン1が放送され、2024年1月からはシーズン2が放送されている。原作のゆざきさかおみによるマンガ『作りたい女と食べたい女』(KADOKAWA)、通称「つくたべ」は、『このマンガがすごい!2022』オンナ編で第2位に選ばれ、シリーズ累計発行部数は80万部を突破する人気作。ドラマ化が決定した当時から話題となった。

その人気の理由は、主人公の「作りたい女」こと野本ユキと「食べたい女」こと春日十々子の微笑ましい日常と美味しそうなごはんの数々もさることながら、女性が生きていく中でのモヤモヤを丁寧に掬い上げている点も大きいだろう。野本さんと春日さんの関係だけでなく、仕事先の人や親戚との関係など様々な人間関係の難しさに一つひとつ向き合っていく姿勢に勇気をもらい、励まされる読者も多い。

そんな人気マンガをドラマ化するに当たっての一つのハードルは、野本さんと春日さんのキャスティングだったが、制作チームの希望通りに野本さんには比嘉愛未が、春日さんには演技経験の無かったミュージシャンの西野恵未(たまたま彼女が出演するライブに行った制作統括の大塚安希と脚本の山田由梨が発見したそうだ)が抜擢された。野本さんが春日さんへの想いに気づいていき、同性愛者であることを自認したところで最終話を迎えたシーズン1。原作ファンとしては待ちに待ったシーズン2が現在、放送されており、いよいよ今週木曜に最終話を迎える。

今回は、そんな『作りたい女と食べたい女』がいかに画期的なドラマであるか、これまでのシーズン1~2を振り返りつつ、扱う題材やモチーフ、描き方、キャストやスタッフの構成などを紐解きながら考えていきたい。

※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

他に無いドラマ『作りたい女と食べたい女』の画期性

ドラマの中では、基本的に野本さんと春日さんの仲睦まじい様子が描かれる。元々、同じマンションの同じ階で1部屋を挟んで隣同士に住んではいたが、たまたまエレベーターの中で運命的な出会いを果たした2人。春日さんが大量に抱えていたファーストフードについて、それを一人で食べると聞いた野本さんが、その後、大量に作ってしまったルーロー飯を春日さんにおすそ分けしたことから「作る女と食べる女」の関係が始まった。その後は、デカ盛り料理を作って食べたり、餃子パーティーをやったり、ドライブに行ったり、クリスマスと年末年始を一緒に過ごしたり……。ほのぼのとした日常を視聴者はしみじみと眺める。

ただ、そうした日常の端々には、男性から投げかけられる失礼な発言や、生理痛など女性ならではの苦悩、家族との関係の難しさなども入り込む。一つひとつの問題に明確な回答は無いものの、野本さんの会社の同僚・佐山千春(森田望智)など周囲の協力も仰ぎながら問題に向き合い、前向きに暮らしていく。同じ1話15分のドラマながら、NHKの「朝ドラ」のような大きな事件も急な展開も無い。シーズン1の全10話をかけて、ようやく野本さんが、自分自身の春日さんへの恋心を自覚するというゆったりした展開。でも、多くの人が眠る直前の時間に見るにはそれがちょうど良いのだ。ドキッとさせるシーンやウルッと来る展開はあっても、強い刺激を与えない安心できる15分。そこに、他のドラマに無いこのドラマの画期性がある。

様々な背景を持つ人々を自然に見せる新鮮なアプローチ

シーズン1でドラマに登場するのは、基本的に野本さんと春日さん、そして2人の仕事場の同僚だけだったが、シーズン2からは登場人物が大幅に増えた。

まずは、野本さんの部屋と春日さんの部屋の間の部屋に引っ越してきた南雲世奈(藤吉夏鈴)と、野本さんとSNSを介して出会う矢子可菜芽(ともさかりえ)。そして、野本さんが会社で新しいプロジェクトに携わることになり、上司の田中優子(池津祥子)、ウェブデザイン担当の高莹莹(段文凝)もプロジェクトに加わり、更に第18回では春日さんの取引先のスーパーの店員・藤田貴子(島田桃依)も重要な役割で登場した。

野本さんが携わるプロジェクトのメンバーとして三上宏明(三浦獠太)や澤田裕樹(大石翔太)は登場するものの、基本的な登場人物は女性。シーズン2が進む中で、南雲は人前で食事をすることが難しい「会食恐怖症」であると診断され、矢子は他者に対して性的欲求を抱くことが少ない、もしくは全く抱かない「アセクシュアル」でレズビアンであることを野本さんたちに伝えるが、殊更にそうした症状やセクシュアリティにフォーカスすることはなく、彼女たちが過ごす日常を映していく。そこには、症状やセクシュアリティについての視聴者に認知を促すと同時に、あくまで一人ひとりの人として登場人物たちを描きたいという制作側の想いが感じられる。

また、今や外国籍の人と一緒に働くことは日本で働く多くの人にとって当たり前だが、野本の同僚に中国籍の高莹莹が居て、しかも、中国籍の俳優(『テレビで中国語』などに出演してきた中国出身の段文凝)が演じるのも、日本のドラマとしては新鮮だった。登場人物が女性ばかりで、様々な背景を持つ人々が自然にドラマの中に登場する。わざわざ指摘しなければ気づかないかもしれないが、他の日本のドラマでは、あまり見たことが無いアプローチをしているのが『作りたい女と食べたい女』なのだ。

理想的な世界の描写を通して考えさせること

夜ドラ「作りたい女と食べたい女」NHK総合©NHK
夜ドラ「作りたい女と食べたい女」NHK総合©NHK

野本さんと春日さんは互いによく話を聞く。相手の話をしっかり受け止め、考えた上で言葉を返す。なるべく本音で語り合う。直に話しにくいことは、佐山や南雲や矢子に相談する。そして、佐山も南雲も矢子も、そうした相談に丁寧に応える。

主要登場人物に分かりやすく悪い人や嫌な人がいないのだ。原作マンガでは顔の見えない存在として描かれる攻撃的な男性も、例えば、野本さんの自作弁当を見て「絶対にいいお母さんになるタイプ」と偏った思考に囚われた発言をする同僚・森岡慶太は芸人の蛙亭・中野周平が演じることで中和させ、春日さんに妻の介護を強制する父親は電話のみで登場する。数少ない男性である野本さんの同僚・三上、澤田も、野本さんが働きすぎないように配慮してくれる。『作りたい女と食べたい女』で主に映されるのは理想化された優しい世界とも言えるが、作中においてテレビやラジオから流れる音声で、その外には決して優しくない世界が確かに存在することも示されている。

そうした中でも敢えて理想的な優しい世界を描くことには意義があるだろう。相手の話をよく聞き、しっかり受け止め、丁寧に応える。視聴者は、野本さんや春日さんや佐山や南雲や矢子たちのそうした姿勢を見て、真似することができる。そうして、より多くの人が真似することで、作中のような世界は決して理想では無くなるかもしれない。

キャストのジェンダー比に合わせたスタッフ

シーズン2の進行に併せてNHKラジオ第1で3回に分けて放送されたラジオ番組「ラジオ深夜便【夜ドラ“つくたべ”座談会】」を聴く限り、本作はキャストだけでなく、スタッフにも女性が多いそうだ。制作統括を務める坂部康二と大塚安希がライターの南麻理江を交えて話した番組の第1回では、映像業界におけるジェンダー比が話題にあがり、『作りたい女と食べたい女』の制作スタッフにおける女性と男性の比率は6:4くらいで、制作における責任者クラスにも女性の方が多いことを明らかにしている。あるシーンの撮影現場に居た13人の内、男性が坂部のみだったこともあったそうだ。一般的には男性が多い日本のドラマ制作現場においては、かなり珍しいケースと言えるだろう。

だが、本来は、キャストに女性が多いのであれば、スタッフにも同性の人が多いのはむしろ自然で、同性だからこそ理解し合え、解決に導きやすい制作上の問題も少なくないはず。番組の中でも言及されていた通り、ケースバイケースではあるが、少なくとも、女性が多く出演する映画やドラマの制作現場において、女性スタッフが多くなるのは今後、自然なことになっていくかもしれない。

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