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NEWS EVENT SPECIAL SERIES

Summer Eyeが故郷・浦安で向き合う「さびしさ」の正体。失われた町の記憶を辿る

2026.4.7

#ART

埋め立てを決断した浦安は、どのような町づくりをしていったのか

昭和33年(1958年)、「黒い水事件」ってのが起こる。上流にあった製紙工場の廃水が浦安の漁場を襲った。抗議したがその真っ黒い水は放水され続け被害拡大。漁師たち、900人集結してバス借りて国会議事堂や都庁に陳情を提出。帰りに件の工場に寄った際には警察と乱闘騒ぎに。この話は浦安に住んでるとちょいちょい耳にする有名な話で、僕も小さい頃に地元のじいさんばあさんから「漁師は誇り高いんだ」とか「浦安の漁師は荒っぽいんだ」とか話を聞いたことがあった。

で、この黒い水事件をきっかけに政府は水質保全に関する法律と工場排水等の規制に関する法律を公布するんだけど、浦安の漁場は周辺の工業地帯の埋立ても重なって水質がさらに悪化、漁獲量はますます減少。昭和37年の漁業権一部放棄を経て、昭和46年には漁業権を全面放棄することになるのでした。

the高度経済成長期のネガティブサイドストーリーっすね。急速な工業化とそれに伴う大気・水質汚染などの環境・健康被害。しかしこの経験が浦安が次のステップへ進む際の理念を形づくることになる。昭和48年に当時の世帯に配られた「浦安町総合開発計画書」には「緑あふれる海浜都市」というキャッチフレーズのもと、産業と暮らしと自然が調和した発展が目標として掲げられた。

埋め立てを決断した浦安が具体的にどのような町づくりをしていったのか、大型ビジョンでその流れを学べる。印象的だったのは浦安が珍しい「当初の計画通りに町づくりが行なわれ、円熟期に入った市である」ということ。主産業であった漁業の放棄という劇的な変化に際して、時代に合った住宅地区の整備や遊園地の誘致など、地理的利点を活かした都市計画がバッチリハマったんだなあと。いやーすごいですね。

大型ビジョンに映し出された、浦安の航空写真
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