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Summer Eyeの知るって幸せ

なぜ、たばこと塩が同じ博物館にあるのか? たばこと塩の博物館へ

2023.9.25

#ART

江戸時代のたばこは、ほぼスマホ

江戸時代。たばこは大流行り。携帯するためのケースをオリジナルで作ったり、きせるをかっこいいのにしたり、日常に根付いたたばこを巡るいろいろなオツなもんが町中で売られ始める。「なんかほとんどスマホだな」と思った。嗜好品がほとんど必需品と同じぐらい人々の生活に根付いて、洒落っ気を得て、個性を出す道具としても使われている。文化的に豊かな時代だった証拠でもあるなあとも思った。展示されているどの装飾品もとっても風情があるんだ。着飾ったり、自分を良く見せようとすることって人間の本能なのかな。我々がついついカッコつける理由について思いを巡らせた。

さて。たばこ、江戸幕府の元では普通の野菜とかと同じくいろんな産地で作られ売られていた。葉っぱが育った土地や気候で味が違ったり、販売店によってたばこ葉の刻み方に違いがあったりした。「あそこのたばこがうまい」みたいな話を当時の喫煙者はしていたんだろうか。楽しそう。流通の大きな変化は明治に入ってしばらく経ってから起こった。

文明開化、富国強兵。外国に勝ちたい大日本帝国、とにかくお金が必要だった。手っ取り早く集めるには税金ですな。しかし食べ物とか衣類といった生きていくのに欠かせないものに大きな税金は乗っけらんない。そこで白羽の矢が立ったのがたばこだったわけだ。嗜好品だけど、みんな吸ってるたばこ。国が管理して製造販売、税金を乗せればいっぱいお金が入ります。明治37年(1904年)、大蔵省がたばこの専売局を設置。ここで話は一気に最初に戻る! 「どうしてたばこと塩の博物館が同じ建物に?」。何を隠そう、この大蔵省専売局が管理していたものってのが「塩・たばこetc…」なのであーる。

いやしかし、歴史ってのはつくづく戦争と金によって動いているよなと思わずにはいられない。起源である南アメリカではホーリーに吸われていたたばこ。ヨーロッパ人によって「発見」され西洋に伝わり、侵略と共に世界中に広がり、日本では金集めのために国によって管理されるに至った。

日本の男性の喫煙率は敗戦後の10年の間70%を下回ることがなかった。男どもはほとんどみーんな吸っていた、と言っていい。その後、高度経済成長期。「今日も元気だたばこがうまい」「生活の句読点」など、現在でも有名なたばこ広告における名コピーが生まれたのはこの時期である。労働、金、たばこ。ワーキングブルーズ。

マヤのレリーフに刻まれたたばこを吸う神様、これ見てどう思います?とりあえず一服してから話しましょうか。

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