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西寺郷太が筒美京平に感じた対等な関係。そこに人生相談の鍵がある

2025.11.20

#OTHER

人間たるもの何かしらの悩みを抱えて毎日をサバイブしているもの。その中でも、社会人にとって「仕事の悩み」が占めるウェイトは小さくないだろう。生き方や恋愛の相談に比べると、具体的な業務やテクニックについて答えればいいわけで、ある意味正解が決まっているとも言える。それなら簡単、誰でも答えられますね。……とはならないから人生相談は難しい。自分が新人だった頃の環境と、現在の新人が置かれている環境はかなり変わっているはずだから、経験談が役に立つかも怪しい。職務上の立場の違いからハラスメントになる可能性も高い。なんだか古い話を延々聞かされた、と思わせてしまっては元も子もない。

バンド「NONA REEVES」のシンガーとしてだけでなく、ソロアーティスト、文筆家として活躍するかたわら、近年は若手アーティストのプロデュースや楽曲提供にも積極的に取り組む西寺郷太。自身も第一線に居続けるプレイヤーでありながら、何世代も離れたミュージシャンにアドバイスを送ることも多いだろう。また、自分も数々のレジェンドから薫陶を受けてきた経験も多いはずだ。

西寺さん、仕事で若者にアドバイスする時に気をつけることはなんですか?

タロットで知った相談の重さ

西寺:僕ね、2006年頃にタロット占いにハマってたんですよ。大学の同級生が占い師になって、僕らを占ってくれたことがあって。当時、NONA REEVESはメジャーになったばかりで「これからやったるで!」みたいな感じだったんですけど、その人は「今の事務所の社長と君は目指している規模感が合わなくなって、そのうちズレてくる」と言うんです。「夢の初っ端でひどいこと言わんといて」と、ちょっとキレて(笑)。

 西寺 郷太(にしでら ごうた)
1997年にNONA REEVESのシンガー、メイン・ソングライターとしてデビュー。 
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としても少年隊、SMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、A.B.C-Z、鈴木愛理などの多くの作品、アーティストに携わる。
バンド以外でも小説家、脚本家、ライター、MCや自身のYouTube チャンネルNishidera Gota Channel(NGC)などで活躍中。
2025年4月に4枚目のソロアルバム『HEARTBREAK』をリリース。

ー今からまさに二人三脚でやっていこうというタイミングですもんね。

西寺:そう、インディーズから一緒にやってきた人だったから。でも、結局1、2年たったらまさに言われた通りの感じになってきて。そこから面白くなって自分もその人が開いてるタロット教室に通ってみることにしたんですよね。占う側のメカニズムや心理を知りたくなって。周りの人にそのことを言うと、みんな「占ってみてよ」と集まってくるんです。練習になるからいいかと思ってどんどん占ってました。

それを1年くらいやったんだけど、大変すぎて辞めました。占い師って、今まで他人に言えなかったことをポンっと引き受けないといけないんです。心のドアを2つ3つ開けないといけないようなことも、占いというフォーマットがあるから簡単に打ち明けられるんですよね。

ー「西寺郷太さんに相談している」というよりは、「占い師という役割に相談している」という感じになるというか。

西寺:悩みの内容もすごく重いし、それが自分にのしかかってきちゃって。僕は仕事じゃなかったですけど、占い師でめちゃくちゃ儲けて豪勢にやってる人がいるじゃないですか。でも、それくらいじゃないとやってられへんのやろうなと。それくらい人の思いを聞くというのは大変だと思いました。

ー一人で背負い切れるものじゃないと。

西寺:最近はミュージシャンとして、プロデューサーとかアドバイザーみたいな立場も多くなってきたので、それは仕事として考えなくちゃいけないと思ってます。

今、18歳の近藤利樹くんというウクレレ奏者と一緒にアルバムを作ってるんですけど、例えば30歳のときに25歳のバンドをプロデュースするのとは全く状況が違うんですよね。彼のお父さんと同い年ですし(笑)。

今回の収録はTAMATAMA FESTIVAL 2025で公開インタビューとして開催された。

1990年代音楽業界の強烈なダメ出し

西寺:あと、自分がミュージシャンになりたての頃はめちゃくちゃアドバイスされたんですよ。90年代のレコード会社には勢いがあって、A&R(※)は自分が担当するアーティストを売れば翌年の予算も増えるし、お互い必死だった。僕がワーナーと契約した時、同期にKIRINJIがいて、ちょっと後にクラムボン。花*花やコブクロもいて、僕らが契約終了する直前にはRIP SLYME、KICK THE CAN CREW、スケボーキングもいた。

※アーティストを発掘し、作品づくりを企画・監督するスタッフ

そういう時代だったから、もう若いミュージシャンはダメ出しというか、「もっとこうせぇ!」みたいに言われるんですよ。特に歌詞を伝える、わかりやすくインパクトを残すことに関しては強く言われました。正直嫌でしたね。大学を卒業してすぐにインディー・チャートで上位を占めてメジャーと契約したわけですから自信満々だったんです。下手したら30代の業界人ですら古臭い考えの持ち主達だと、アドバイスを聞かないこともありました。でも、15年くらいして「あの人はこのことを言ってたのか」とわかることもいっぱいあって。思い返すたびに、偉そうですんませんでした、と思ってます(笑)。

西寺:だから、ミュージシャンをプロデュースする時は「俺も昔あれこれ言われるのは嫌やってん。こんなこと言うやつしょうもないと思ってたけど、今になってわかることもあるし、俺は言われてよかったこともあるよ」と伝えるようにしてます。こういうプロセスを経てこのアドバイスをしている、ということを一応言いますね。

ー「あなたの気持ちも、もちろんわかってるよ」という。

西寺:めっちゃわかってるよ、と(笑)。例えば、数年前、HiHi Jetsの“NEVER STOP -DREAMING-”という曲を作った時、作曲はSANABAGUN.のキーボーディストで当時20代半ばの大樋ゆう大くんと一緒にやりました。作詞に関しては僕が一人でやる予定で完成していたんですけど、メンバーの猪狩蒼弥くんがどうしても自分でラップを書きたいと。でもレコーディングまで全然時間がなかったんですよ。彼のことをガリと呼んでるんですが、僕の誕生日の11月27日だったんでよく覚えてますけど、2人で一時間くらい話し合って。僕の考えも伝えて。「ガリ、俺、実は今日誕生日やねん」とか言って(笑)。結果的に「じゃあ、歌入れまでに間に合うなら書いてみたら」ということになったんですね。そうしたら素晴らしいラップを書いてきて、レコーディングでは二人のラップ詞を混ぜることが出来ました。

ー頭ごなしに「それは無理」と言うのではなく、西寺さんの経験やスケジュール的な事情も含めて説明して、その上でやってみてもらうと。

西寺:ガリの場合は、やっぱ才能もあるし、場数も踏んできてるからこのやり方でもよかったんですが、結局譲り合って作品のクオリティが下がるパターンも実はあるので日々気をつけてはいます。キャリア的にも、僕の周りにはアーティスト的に強靭な体力があるミュージシャンしか残ってないんです。短時間で恐ろしいくらいすごいことを成し遂げて当たり前みたいな世界でやってるので。音楽のことになるとどうしても厳しくなってしまいがちで。

ーある種の生存バイアス(※)ですね。

西寺:そうそう。でも「あぁ、できないんだな」と、途中から変に優しくなったことを相手に気づかれて傷つけたこともあります。そこはどうしようもないです。会社や社会でも、そういうことあると思うんですけどね。

編注:失敗した例や脱落した事例を無視し、成功した事例のみに注目して判断してしまう認知の偏り 

ーその人のためにもならないというか。

西寺:毎回悩むところです。

話を聞きにきた若者にはまず「ほんまか?」

ー西寺さんが音楽を始めた頃とは、音楽を取り巻く環境が技術的にもビジネス的にも一変しているのも難しさの一因ですよね。

西寺:そうですね。僕の世代のミュージシャンはみんな思ってるはずだけど、今の18~25歳はめっちゃすごいんですよ。こないだ立て続けに友成空くんという23歳のシンガーソングライターと、blend houseという名前で徳島で活動している24歳の宙樹くんと飲んだんですけど、2人ともコロナ禍に学校とか部活とかがなくなって、何かしようと思って楽器と作詞作曲を真剣に始めたと。18歳くらいからの2年間、外にも出れないからすごく集中して音楽に打ち込んだんですって。たった5年ですごい結果を出してる。

あと僕らの時代はギターならギター、ドラムならドラム、ひとつを極めるのが偉いという感じだったんですよ。だけど、今の若いミュージシャンはいろんな楽器ができる。大樋ゆう大くんなんて鍵盤もギターもベースもできるし、フルートまで吹けてびっくりします。

西寺:今日着てるTシャツも、友成くんが僕の部屋にあるラジカセとカセットテープを珍しがって写真に撮ってたんですね。それをプリントしてみたんです。僕にとっては当たり前のカセットだけど、知らない世代だからこそ気付ける価値もあるし。

だから、若いミュージシャンにアドバイスする立場だったり、今だったら早稲田大学で先生として講座を持って作詞を教えていたりはするけれど、大前提として「自分の方が偉い」とは全く思ってないですね。本当に心から思ってないです。自分が気をつけていることがあるとすれば、めちゃくちゃ学ぶ姿勢でいることかも。

ー一方的に教えるだけの関係性じゃない、というのは重要ですよね。

西寺:やっぱり、キャッチボールができたらお互い気持ちいいじゃないですか。西寺郷太ソロのバンドも僕以外、20代3人、30代前半のドラム、岡本啓佑くんという感じですが、基本「めっちゃええやん」としか、言ってないし(笑)。もちろん人選はこだわりますし、そこに関しては冷徹ですけどね。選んでる時点ですでに終わってる、と言いますか。

ーまさに、行ったり来たりがあるからこそコミュニケーションが成立するという。

西寺:教えるにしても、聞かれてもないのにこちらから教えることはないですよね。よく「プリンスについて教えてください」とか言われるんですよ。その時は「ほんまか?」と聞くんです。鬱陶しいかもしれんけど、何回も「ほんまか?」って(笑)。

FIVE NEW OLDのHIROSHIくんはフェスで会った時に「郷太さん、『プリンス論』読みました。仲良くしてください」と言ってくれて。その時も「ほんまか?」と(笑)。その後もわざわざ僕の個展に来てくれたりしたから、「ほんま」と認定してそこからは僕の知っていることをいろいろ話してます。

後輩力=人選

西寺:思い返してみれば、僕は先輩たちに言われたことによく反応する若者だったと思います。凄い人限定という部分もあるんですが、筒美京平さん、湯川れい子さんをはじめ、ASKAさん、佐野元春さん、近田春夫さん、小西康陽さん、宇多丸さん、いろんな先輩が何気なく褒めてくれたこととか助言してくれたことを今でも覚えてますね。

ー『J-POP丸かじり』に収録されている先輩方との対談を読むと、西寺さんの後輩力のようなものを感じます。アドバイスをいい感じでキャッチする能力というか。先輩方もアドバイスしがいがあったと思うんです。

『J-POP丸かじり』西寺郷太(ソウ・スウィート・パブリッシング)
西寺郷太が幼少期の頃から親しんできた歌謡曲やJ-POPをテーマに取り組んだ原稿や対談記事を集め、新たにスペシャル対談も収載した1冊。自身の音楽活動はもちろん、マイケル・ジャクソンを始めとする洋楽に関する考察、自らの青春期を基にした小説などの執筆活動で知られている彼の、初めての日本のポップ・ミュージックについての考察本。

西寺:僕は人にアドバイスしてもらって、それを取り入れないやつが大嫌いなんですよ(笑)。12年前くらいに仕事でイギリスに行ったことがあって、その頃はTwitterも平和だったから「イギリスの美味しいお店募集」と何気なく書いたんです。そしたら東京スカパラダイスオーケストラの大森はじめさんがリプライでカレー屋さんを教えてくれて。その時いた場所から電車で1時間くらいの結構な距離だったんですけど、行きましたもんね。せっかく大森さんが教えてくれたんだから。

小西康陽さんに「弾き語りが今、一番面白い。郷太くんもやったら楽しいよ」と言われて、すぐに始めましたし。

逆パターンで言えば、井ノ原快彦くんとずっと仲良くしてるんですけど、この間僕の部屋に一緒にいた時に「ベース買おうと思うんだけど、どれがいいかな?」と彼に聞かれて。「一本なら、フェンダーのUSA製のジャズベースがいいんじゃない。超定番」と答えてスマートフォンで検索して「これとかいいよ、色も可愛いし」って言ったら、30分後には渋谷の楽器店に一緒に行ってそのベースを買ってましたからね。教えた方としては、うれしいじゃないですか。

ーちゃんとリアクションがありますもんね。

西寺:こちらも音楽のプロとして、相手のいろんな状況を踏まえて一生懸命考えてベストな答えを伝えてますからね。そういうことの積み重ねで、次も相談に乗ろうと思えるし。逆に言うと、「この人のアドバイスは取り入れるかわからないな」と思ってる相手に聞いちゃダメってことなんですよ。僕に後輩力があるとしたら、「この人の話なら絶対に聞きたい」という人にしか聞いてないということでしょうね。

ーもう人選の時点である程度決まっているというか。

西寺:そうそうそう。それが僕の人生のすべてのポイントかも知れません。人選。相談する相手を選ぶのは大事です。だから、聞いてもないのに勝手にアドバイスしてくるやつは最悪です(笑)。僕がアドバイスを求めてきた人に「ほんまか?」と何回も確認するのはそのためですね。

ー人生相談の安請け合いはしないと。誰にでもアドバイスして、それを実践してくれないからと不機嫌になっていたら、それこそ暴力的ですもんね。

西寺:そう、それは大事かもしれない。

それはアートか、ただの間違いか

ー相談する前に関係性が必要ということですよね。「この人の話なら聞きたい」、「こいつになら話したい」という。この関係構築は、まっさらな状態の新人にはハードルが高くないですか?

西寺:そうかもしれないですね。僕もプロデューサー、アドバイザーとして何度かミスったことがあります。たまにあるんですよね。アートには、当然正解はないし、僕も独学で音楽の仕事をしていて、たいした理論はないんですが、漢字で「大」と書きたいであろう文字を「犬」みたいに余計な点がついていると「この点、いらなくない?」とどうしても言いたくなってしまう。相手が「大」と書きたい場合、単純に間違い、勘違いだから。これは、あくまでも例え話ですが。それをある種「昭和」的な感覚で、正面から指摘するのが本当に正しいのか。

西寺:こういうことがあったということをちゃんと覚えておいて、それを積み重ねていくしかないのかなと。ある自分的に大きいミスをした時に井ノ原くんに相談したんですけど、「郷太くん、それが年輪を作るよ」と言ってました。最高やなと思いましたね。たまたま山小屋みたいな内装のお店でお茶してたんで、丸太が目に入ったんだと思うんですけど(笑)。そういう意味で、40歳くらいの僕と、もうすぐ52歳になる僕では全然違います。同じ丑年でも(笑)。失敗もしてきたので。

ー私は今年40歳になったんですが、中年にさしかかった実感があるんです。でも、だからといってすぐベストな受け答えができるわけじゃないよなと。ちゃんと中年を積み重ねていかないと、いい中年になれないというか。

西寺:僕は常々「おっさん」という言葉の使われ方がよくないと思ってるんですよ。「少年」とか「青年」期に比べて、「おっさん」期が、長すぎる。僕も10代の頃は27、8歳の人を「おっさんやな」と思ってましたけど、今思えばまだまだじゃないですか。20代後半は単なる「あっさん」でしかない。40歳はせいぜい「うっさん」くらい。「えっさん」を経て、50歳になってようやく「おっさん」が完成する(笑)。

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