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鍵となる楽曲、“That’s Entertainment”
ここまで読んでこられた方々は、「この映画はミュージカル映画ではない」「いや、ミュージカル映画であるかもしない」という議論にいささかこだわり過ぎなのではないかと思われたかもしれない。しかし私は、このポイントこそ、本作の魅力の核心部分と関係しているのではないかと考える。どういうことか。映画序盤のあるシーンと、そこで使用されるミュージカルナンバー“That’s Entertainment”について考えてみよう。
“That’s Entertainment”は、1970年代に制作されたアンソロジー映画のタイトルにもその名が冠されている通り、ハリウッドミュージカル映画の歴史を象徴するような存在として、様々な場面で取り上げられてきた曲だ。元々は、フレッド・アステアが主演を務めた1953年のミュージカルコメディ映画『バンド・ワゴン』の劇中歌として書き下ろされたもので、同作の中でも特に重要なナンバーとして使用されている。
『バンド・ワゴン』のストーリーは、アステア演じる落ち目の舞台俳優トニーが、彼を慕う昔の仲間や若者たちと共に一発逆転のヒットミュージカルを上演しようと奔走し、最終的に大成功を収めるというものだ。壮麗な美術やセット、ダンス、歌、芝居、巧みな舞台転換など、あらゆる面で黄金期のミュージカル文化を鮮やかに写し取った作品として高く評価されている同作だが、あらすじからも分かる通り、ミュージカルを作ることそれ自体を題材とする入れ子状の構造を持った、いわゆる「オフステージ」ものの映画であるという点がここで強調したいポイントとなる。

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の序盤、病院内のレクレーションの一環として、アーサーとリーは多くの患者とともに、まさにその『バンド・ワゴン』を鑑賞している。(おそらくは亡き母の趣味もあって)古き良きエンターテインメントに目がないアーサーはスクリーンを興味深そうに眺めているが(*)、リーの大胆な策略によって、上映会場は上を下への大騒動に陥ってしまう。その間に流されるのが上述の“That’s Entertainment”だ。
*この『バンド・ワゴン』のストーリーには、犯罪者ジョーカーとして一世を風靡したものの今は「落ち目」にあるアーサーが、映画内のトニーと同じように再び人気者として返り咲く将来を夢見ている様が重ね合わせられている、と解釈することもできる。