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「窮地に追い込まれても思い切りジタバタしよう」
彼らがなぜあのような苛烈な生活環境にあって、希望を失わずにいられるのか――「Don’t You Worry(心配しなくていいよ)」という言葉を交わし合うことができるのかの理由は、そういう体験にこそ宿っているのではないか(ラストの結婚式シーンの多幸感よ!)。単純に、この映画から(バグたち登場人物の生活から)ポップミュージックの存在が取り上げられてしまったとしたらどうだろうか。それは、想像するだけで虚しいような、悲しいようなニヒリズムに満ちた空間になってしまうだろう。音楽は、ここに至ってニヒリズムの防波堤の役割を担っている。逆にいえば、全体主義は、このようなポップミュージックの熱狂的受容のないところに根を下ろそうとする。それを撥ねつけるためには―――まずは爆音に合わせて踊り、叫ぶのが得策だ。

パンクやダンスカルチャー批評の先達の文章を引用しよう。以下は、ele-kingにかつて掲載されたSleaford Modsのインタビュー記事の冒頭に、編集者 / ライターの野田努が寄せた文の一部である。
「パンク・ロックはそして、最悪な社会状況をネタにしながら最高にクールな音楽がこの世界にはあるという夢のある話をいまも保持している。深刻な現実があってタフな人生がある、が、それに打ち勝つことができるかもしれないという素晴らしい可能性、自分が自分自身であることを強調し(だからこの音楽は早くから女性や性的マイノリティに受けた)、この社会のなかで生きることを励ます」
野田努. “賢くて笑える、つまり最悪だけど最高 ——スリーフォード・モッズ、インタヴュー”. ele-king, 2023
「窮地に追い込まれても思い切りジタバタしよう、諦めずに言うことだけは言っておこう、で、楽しもうと、それはおそらく健康に良い。そう思いながら、今日もジタバタしよう」
そういうことなのだ。『バード ここから羽ばたく』の世界に鳴り響く音楽は、確かにそのような「可能性」や「励まし」に満ちている。誰もがバードのように街を見下ろせるわけではないし、誰もが鳥のように、天使のようになれるわけでもない。けれど、私たちには最高にクールな音楽がある。私がこの映画から受け取った可能性の中心は、むしろそちらの方であった。実際に私は、本作を観終えたいま、「オヤジ臭い音楽」を爆音で聴きながら、諦めず、明日以降もジタバタしようという気になっている自分自身を再発見したのだった。たぶん、バグたち家族がこれからもそうし続けるように。
『バード ここから羽ばたく』

9月5日(金)より新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国公開
監督・脚本:アンドレア・アーノルド
出演:ニキヤ・アダムズ、バリー・コーガン、フランツ・ロゴフスキ
配給:アルバトロス・フィルム
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