INDEX
映画に散りばめられた名曲、その使用の妙
選曲の妙も光っている。とかく魅力的なレパートリーが多いこの時期のディランだが、“風に吹かれて(Blowin’ in the Wind)”を筆頭に、“北国の少女(Girl from the North Country)”“戦争の親玉(Masters of War)”“はげしい雨が降る(A Hard Rain’s A-Gonna Fall)”“時代は変わる(The Times They Are a-Changin’)”“Mr. Tambourine Man”等のアコースティック編成のものから、“Subterranean Homesick Blues”“追憶のハイウェイ61(Highway 61 Revisited)”、そして映画のタイトルとなった一節を含む“Like a Rolling Stone”といったエレクトリック期のものまで、キャリアを画する重要曲がふんだんに流れ出る。
これらは、音楽家としてのディランの足跡をガイドする役割を担う一方で、劇中に描かれる個人史的な出来事とも深く絡み合うことで、観る者の感動を誘う働きも担っている(※)。例えば、(ややベタなメロドラマ的表現ながら)“悲しきベイブ(It Ain’t Me Babe)”のパフォーマンスを、シルヴィの悲しみとオーバーラップさせるところなどは、一編のエンターテイメント映画として職人芸の域に達していると言える。
※ディランの曲以外にも、ウディ・ガスリーやリトル・リチャード、ハンク・ウィリアムスといった彼のアイドルたちによる曲や、オーネット・コールマンやThe Kinksなど、時代の変遷を巧みに演出する曲たちが劇中を彩っている。

もっとも効果的な例は“Like a Rolling Stone”の使い方だろう。マーティン・スコセッシによる秀逸なドキュメンタリー『ノー・ディレクション・ホーム』での使用例を筆頭に、数あるディランの名曲の中でもひときわ象徴的かつ多様な意味を読み込まれてきた同曲であるが、本作の劇的なストーリーテリングの中に再配置されることで、自由への希求と、ディラン自身が体現するピカレスク的で謎に満ちた高潔性が、より一層際立った形で浮かび上がってくる。