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キース・ジャレットと主人公ヴェラの精神史的な共鳴
そう考えた上で、映画終盤に描かれたジャレットとブランデスによる互いに一歩も譲らない(インタープレイめいた)攻防を眺め直してみるならば、そこに、単なる対立構図を越えた根源的な共闘関係のようなものが見えてこないだろうか。
これは、逆側からみれば、ジャズの歴史的批評の一例としてもなかなかに新味のある解釈だといえる。つまり、ウーマンリブに象徴される第二波フェミニズムが実践してみせた政治性と、先鋭化し、個人化するジャズの歴史的運動を、同様の精神史的地平の上で捉えてみてはどうかという提案なのかもしれない、ということだ。そのような視点の提示は、上述したような無視しがたい危うさをはらみながらも、劇作の巧みさ(そしてニーナ・シモンの印象的な歌声!)もあって、相応の説得力とクリティカルな力を秘めているように感じる。

カウンターカルチャーの時代が遠のいて久しく、それが既に歴史的な「過去」の事象として語られてしまう今現在の文化状況にあって、キース・ジャレットというあまりに純芸術主義的なピアニストの伝説的公演を題材の一部としてこのような正統的なビルドゥングスロマンが制作されたという事実は、否応なしに私の胸を熱くする。本作を鑑賞した後には、是非とも『ザ・ケルン・コンサート』を聴き直してみてほしい。そこには、ただ音楽の生まれるその瞬間への没入を越えた、何やら名指しようのないラジカルなエネルギーが渦巻いているのがわかるだろう。私にとって、そのエネルギーは、この映画の中をところ狭しと疾走するヴェラ・ブランデスが発するエネルギーと、それほど遠くないもののように感じられるのだ。
『1975年のケルン・コンサート』

2026年4月10日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー
監督:イド・フルーク
出演:マラ・エムデ、ジョン・マガロ、マイケル・チャーナス、アレクサンダー・シェアー
配給:ザジフィルムズ
© Wolfgang Ennenbach / One Two Films