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スタンダード曲の「忘却」と「再生」
当然のことながら、ミュージカルという芸術形態は、あくまで「その場」と「現在」において鑑賞されるものだ(すくなくとも、それが理想的な鑑賞だとされている)。いかに記録技術が発展し、ある日ある場所のパフォーマンスを気軽に追体験できるようになったとしても、おそらくそうした価値が傷つけられることはないだろうし、むしろ、より一層の価値を帯びるようになったとすら言えるだろう。そこに存在した空気をも含めた字義通りの「再演」が難しいからこそ、オリジナルキャストが伝説化していくのだとも言えるし、『オクラホマ!』以降の統合化されたミュージカルは、常に観客を統御された「その場」と「現在」へ没入させようと工夫を凝らしてきたとも言えるのではないか。
その一方で、特にハートが戦間期に生み残したミュージカルコメディーのナンバーたちは、(本作で若きピアニストが哀切を込めてパフォーマンスを行ってみせるように)姿と形を自在に変えながら――まるで各ナンバーそれ自身が「オリジナル」の形を忘却していくように――永遠に再演が繰り返され、その都度新たな文脈をまといながら生まれ変わっていく(ことに、より開かれていたのだった)。それは果たして「忘却」と呼ぶべき何かなのか。それとも「再生」と呼ぶべき何かなのだろうか。きっと、その両方が同時に起きているからこそ、私たちは今もなお、数々のスタンダード曲の中にみずみずしい過去の姿を聞き取り続けるのだろう。

ブルームーン
君は見ていたんだね 僕が独り夜に佇む姿を
僕には心に抱く夢もなく 愛する人もいない
ブルームーン
君は知っていたろう 僕がそこにいたわけを
聞いていたろう 心から大切に思える誰かに祈りを捧げる僕の声を
リチャード・ロジャース作曲 / ロレンツ・ハート作詞“ブルームーン”(筆者訳)
ロレンツ・ハートは、本作で描かれた一夜から数ヶ月の後、ニューヨークの路上に倒れ、肺炎で亡くなった。48歳だった。本作『ブルームーン』は、この稀代の作詞家に捧げられた作品でありながら、去りゆく時代への愛を語ろうとするあらゆる人々の話に耳を傾けようとする、心優しき友のような映画だ。
『ブルームーン』

2026年3月6日(金)新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
監督:リチャード・リンクレイター
脚本:ロバート・キャプロウ
出演:イーサン・ホーク、マーガレット・クアリー、ボビー・カナヴェイル、アンドリュー・スコット
配給:ロングライド
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