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「過去」を象徴するハートのペーソス、ユーモア、デカダンス
今や俳優として円熟の域に達したイーサン・ホーク扮するロレンツ・ハートの姿は、まさしく、こうした歴史的な結節点によって浮き彫りとなる「過去」の象徴的存在として描かれている。小さな身体から矢継ぎ早に繰り出される彼の言葉には、過ぎ去りし「ゴールデントゥエンティーズ」と大恐慌時代を彷彿させるペーソスが、かの時代の都会的なブラックユーモアが、そして、エロティシズムと退廃へのフェティッシュと敬愛が滲み出ている。それらは、誰もが大国の威勢の良い進撃を祝し、健康的な美を奉じ、明日に夢を見て過ごす新たな時代のムードの中では、退けられ、忘れられていくことが宿命付けられた何ものかでもあったろう。

そしてまた、移りゆく時代へと抵抗するように間断無くおしゃべりを続けるハートの傍らには、常に音楽が流れているのだった。サーディーズの店内では、近い将来戦場へと赴くことが決まっている音楽家志望の若者モーティ(ジョナ・リース)が、往年のミュージカルナンバーを次々と奏でていく。彼は、バーカウンターに陣取るハートへの敬愛を込めるように、“魅せられて(Bewitched, Bothered and Bewildered)”や“マイ・ファニー・ヴァレンタイン”、“マンハッタン”、“時さえ忘れて(I Didn’t Know What Time It Was)”、“いつかどこかで(Where or When)”、“ヒア・イン・マイ・アームズ”、“恋に恋して(Falling In Love With Love)”といったロジャース&ハートの名曲を披露する一方で、その中に、ガーシュイン兄弟、ジェローム・カーン、ホーギー・カーマイケル、アーヴィング・バーリンらのスタンダードを織り交ぜていく。その静かな弾きぶりは、階上で行われている『オクラホマ!』のこけら落としパーティーの喧騒とは正反対と言うべきもので、去りゆく者への哀切を強く喚起させる。