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今こそ聴きたいブルース・スプリングスティーン、伝記映画から読み解く『ネブラスカ』

2025.11.14

#MOVIE

アメリカ社会における「不気味なもの」としての、ベトナム戦争の傷跡

1970年代以降のアメリカ社会にあって、ベトナム帰還兵が置かれていた様々な苦境は、一種の「忘れられた」――より正確に言うなら、アメリカ社会全体が目を逸らし、抑圧し、蓋をしてきた問題だった。ベトナム戦争自体の性質もあって、彼らは、第二次世界大戦や朝鮮戦争の「英雄」たちからなる退役軍人会の中で肩身の狭い思いをすることもしばしばで、一般社会の側でも、精神的・肉体的な傷を追った者たちを暖かく迎え入れることに躊躇するどころか、彼等の疎外感を増長するような酷薄な空気が蔓延してすらいた。かつて勢いよく反戦を謳い、愛と平和を唱えたカウンターカルチャーもその頃には既に盛りを過ぎ、今や、どのようにしてあの悲惨な戦争を語っていいものやら、ただまごつきながら俯いてみせるだけだった。

ベトナム帰還兵の問題は、当時のアメリカ社会にとってまさに「抑圧されたもの」であり、帰還兵の存在を通じて日常の中に姿を表す戦争の傷跡は、当時のアメリカ社会の集団的意識にとって、まさしく「不気味なもの」というべき何かだった。

ブルースは、そのことに蓋をし続けるのを拒否した。自らの幼少期のトラウマを再訪するのと同じ慎重さと誠実さをもって、アメリカ社会の抱えるトラウマと向き合い、そのトラウマの存在を広く知らしめようとした。癒やされるべき何かが、乗り越えられるべき何かがあるのだとすれば、まずはその存在に目を凝らさなくてはならないのだと彼は分かっていた。少なくとも、かつて徴兵忌避のエピソードをステージ上で語ってきた経験のある彼は、分かろうと努力していたのだった。

フランキーは1965年に入隊

俺は農業従事者徴兵猶予を得て

マリアと世帯を持った

その後小麦の値段が下がりつづけ

まるで盗まれているのも同然だった

フランキーは68年にもどり、俺は今の仕事についた

ブルース・スプリングスティーン“Highway Patrolman”
対訳:三浦久
©2025 20th Century Studios

フロイトは、「不気味なもの」が、夢や迷信、偶然などを通じて、無意識下から再出現すると述べている。ブルース・スプリングスティーンは、幼年期の記憶への再訪と、文字通りの偶然の出会いを通じて、自らの、自らがその一員であると信じてやまないアメリカの奥深くに刻まれたものを、『ネブラスカ』のおぼろげで幽玄なサウンドをもって見事に蘇らせてみせた。アメリカンドリームの裏側に打ち捨てられた希望の残骸を拾い集めながら、彼は、誰もが――父ダグが、ひょっとすると自分自身が――その登場人物になりうる根源的な物語を、アコースティックギターを抱えて弾き語ってみせた。

「アメリカに生まれた」一人の男は、こうしてスターダムの階段を昇っていった。「不気味なもの」は、今もなお彼の精神を脅かしつづけているが、いまや彼は、それを無理にでも追い払おうとするほうが危険な賭けになることを知っている。アメリカという国が抱える様々なトラウマがかつて以上に暴力的な相貌で立ち現れつつあるように見える現在、ブルース・スプリングスティーンという「弱くて強い」ロックスターが、今なお新たな黄金期というべき活躍を見せてくれているのは、素直に嬉しく、感動的なことだ――様々な意味においてアメリカンデモクラシーとの絆を断ち切ることの難しい遠い極東の国に生きるファンの一人としても。『ネブラスカ』のくぐもった音像の中に蠢く亡霊が私達に授けてくれるのは、私達にとっての「不気味なもの」と、個人的に、そして同時に社会的に、対峙する勇気だろう。そうに違いない。

10月に発売された『ネブラスカ’82:エクスパンデッド・エディション』には、通称「エレクトリック・ネブラスカ」(=お蔵入りとなって以降、録音は残されていないと言われてきた、『ネブラスカ』の楽曲をバンドと共に演奏したバージョン)がはじめて収録され、聴くことができるようになった。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

11月14日(金)全国ロードショー
監督・脚本:スコット・クーパー
出演:ジェレミー・アレン・ホワイト、ジェレミー・ストロング、スティーヴン・グレアム、オデッサ・ヤングほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 20th Century Studios
https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen

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