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NEWS EVENT SPECIAL SERIES
maya ongakuの米国西域記

いよいよアメリカツアー初日。緊張のKEXP収録と陶酔のシアトルでのライブ

2025.4.17

#MUSIC

4月8日(火)

前日よりも少しだけ睡眠がとれた気がする。

それでもまだ、活発に動けるほどの元気はない。

ホテルの朝食を食べたあと、朝10時にチェックアウトをし、KEXPまではまだ時間があったのでシアトルの街を探索することにした。

マイキーが行きたいというスリフトショップ(収益を慈善活動や寄付に当てるリサイクルショップのようなもの)を訪れると、レコードの棚があった。アメリカに来て初めてのディグに少し興奮する。ヨーロッパツアーでも、訪れた都市で必ず一軒はレコードストアに赴いていた。僕にとってこの習慣は、旅の醍醐味のひとつであり、ある種のイニシエーションのようなものだった。

新しい街に着き、その街のレコードストアに赴くという完全に決められた流れは、儀式的な意味を持つ。その街の中で聴かれていた音楽、使用されていた物質に敬意を持って触れることで、街に足を踏み入れることで生まれるひとつの責任を果たせるような気がしている。

そこはレコード専門ではなくスリフトショップだったためか、日本よりもはるかに安い。そして質の良い棚に驚いた(日本のレコードの高騰は常軌を逸してる)。

スリフトショップのレコードコーナー

スリフトショップでキタさんと落ち合い、車に乗り込んだ。KEXPのスタジオに行く前、Sub Pop(シアトルの老舗インディレーベル)のニックの家に、事前に日本から送っていた僕たちのマーチ(グッズ)を受け取りに立ち寄った。また、僕らは今晩ニックの家に泊めてもらうことになっている。

ニックの家はまさに、成功した音楽人の家という感じで、蝶々が揺蕩う美しい庭のついたアメリカンハウスだった。僕らが寝る部屋はレコードのリスニングルームで、おそらく万を超える枚数のレコードと巨大なステレオがある。実によく眠れそうだ。ニックに簡単な挨拶を済ますと、すぐに車を走らせた。次の目的地まで数分だった。

KEXPのスタジオ(※)に着くと、僕らがアメリカに来て初めて太陽が顔を出した。白い道路に光が滑る。眩しさという快感に、思わず息が漏れた。

※シアトルにある非営利ラジオ局。YouTubeチャンネルが有名。

収録スタジオは点滅するLEDの効果も相まって、まさに夢の世界そのものだった。自分たちがそこにいるという実感がまるで湧かない。何か僕の人生におかしなことが起きている。心が落ち着かなかった。

スタジオに着くとすぐに、機材のセッティングが始まった。立派な楽屋も用意されていたが、やはりどうにも落ち着かないので楽器を触るしかない。美しい音と神秘的な空間。気づいたら収録も終わっていた。頭の中から溶けて消えていく、起き抜けの夢のように、よく思い出せない。YouTubeに映像が上がってもきっと見ることはないだろう。曖昧なままで心の中にしまっておくことにした。スタジオのドアの外にはKikagaku Moyoの写真が飾られている。僕らも彼らみたいに、未来に何かを残すことができるだろうか。

KEXPのスタジオ、Kikagaku Moyoの写真

KEXPの収録後は写真撮影をしたらすぐに荷物を搬出し、車に乗り込んだ。あまりにもさっぱりとした別れに、また夢だったのではないかという訝しみが増幅する。窓から見えた大きな虹もそれに加担した。

大きな虹

シアトルのライブハウス「Neumos」までは車で数分だった。シアトルのダウンタウンにあり、600人ほどが収容できるかなり大きい会場だった。ついて間もなく、搬入が始まる。時計を見ると、搬入から客入れまで1時間ほどしかなかった。その間にサウンドチェックとグッズテーブルの準備をしなくてはならない。日本とは違う、驚くほどドライに、スピーディーに進められていくさまざまな行程に少し戸惑いながら、アメリカでのツアーが始まったことを実感した。

あっという間にライブハウスはオープンし、続々とお客さんが入ってきた。ただ、人の集まり方も日本のライブとは大きく違う。

日本ではオープン時間の前に、入り口に長蛇の列ができる。そしてオープンと同時にほとんどのお客さんが入場し、定位置を確保した彼らは静かにショーの始まりを待つ。

アメリカのお客さんは、ライブのオープンからスタートまでの約1時間の間に、お客さん自身のタイミングで自由に現れる。オープン前に並ぶ人もいれば、30分ほど経ってのんびり現れる人もいる。ただ、ほとんどがショーの開始時刻ギリギリに現れ、さらにゲストバンドである僕らのライブ中にも人が入場してくるのがステージから見える。そして彼らは周りをまるで気にせず、大声で楽しそうに会話を楽しんでいる。

ライブ開始時刻になっても人が半分ほどしか入ってなかったから少し不安だったが、思い切ってステージに立ち、音を鳴らして見ると、気づいたら数分後には会場は超満員になっていた。近くでフラフラしていた人たちが、音に釣られて入ってきたのだろう。

KEXPの演奏でこれ以上ないほど緊張したので、シアトルのショーはかなりリラックスして演奏ができた。音を鳴らしながら、客席を眺めてみる。客がノッてない? いや揺れてるのか? スモークと逆光でよく見えないが、少しお客さんは硬いように感じた。少しばかりの不安が込み上げる。

しかし、1曲目が終わると、客席からは聞いたことないような歓声が沸いた。

これだ。思い出した。僕たちがヨーロッパで経験した、魂が震えるような感覚。体にエネルギーが込み上げてくる。疲れ切った僕の体に、こんなエネルギーがあるはずはないので、これは客席から、目に見えない何かを媒介して与えられたものなのだろう。こうなったら僕らの関係性の中には質量保存の法則も立ち入ることは許されない。長い歴史の中で、音楽が勝ち取ってきた自由が、ステージの煙よろしく立ち上がる。そう、僕らはこの自由のために音楽をやっているのだ。

シアトルでのライブ様子

ライブが終わると、グッズコーナーには長蛇の列が作られた。僕の脳の容量を超過するほどの褒め言葉が数十分のうちに浴びせられ、ひとりひとりの言葉こそ思い出せないが、空間は幸福のみで満たされた。

ツアー成功の確信と不安からの解放による脱力で、脳は完全に機能を停止したころ、ステージでは僕らのツアーのメインアクトである、アフリカはニジェールのバンド・Etran de L’Aïr(以下 エトラン)のショーが始まった。

PAシステムの爆音で鳴らす、アフリカンリズムの応酬。もたつきながら、硬い。そんな矛盾律を超越したグルーヴは、人々を果てしない太古のトランスに誘う。完全に聴き込んでいると、マイキーが僕の肩を叩く。ジェスチャーでこっちにこいと、舞台裏に僕を招いた。

そこからはエトランのドラマーのプレイが、真横から見ることができる。マイキーが僕の耳元で囁いた。

「Drummer is SAIKOU」

エトランのショー終演後も、グッズコーナーには人だかりができた。もうTシャツもレコードも何枚売ったかわからない。初日は言うまでもなく大成功だった。

シアトルのショーでの収益はなんと3,300ドルもあった。日本円にして約47万円だ。一日のノルマが大体1200ドル(約17万円)だったはずなので、大幅に更新することができた。

マイナス約16000ドル(約228万円)からスタートし、残された回収するべき支出は13000ドル(約185万円)。このペースでいけば、ショーの後半には黒字にすることができる。予想外の結果に僕らは驚きを隠せなかった。もしかすると、初めてのアメリカツアーを黒字で終わらせられるかもしれない。

こうして、大きな希望が見出せたツアー初日は幕を閉じたのだった。

※次回へ続く

連載もくじはこちらから

maya ongaku US TOUR dates 2025

Apr 08 Seattle, WA, US|Neumos
Apr 09 Bellingham, WA, US|The Shakedown
Apr 10 Victoria, BC, Canada|Wicket Hall
Apr 11 Vancouver, BC, Canada|The Pearl
Apr 12 Portland, OR, US|Wonder Ballroom
Apr 14 Chico, CA, US|Argus Bar + Patio
Apr 15 Oakland, CA, US|The New Parish
Apr 17 San Luis Obispo, CA, US|SLO Brew Rock
Apr 18 Jacumba Hot Springs CA, US|Jacumba Hot Springs Hotel
Apr 19 Los Angeles (LA), CA, US|Teragram Ballroom
Apr 20 Flagstaff, AZ, US|Coconino Center for the Arts
Apr 22 Santa Fe, NM, US|Tumbleroot Brewery & Distillery
Apr 23 Oklahoma City, OK, US|Resonant Head
Apr 24 Austin, TX, US|APF 25: Kickoff Party

maya ongaku(マヤ オンガク)

2021年、江ノ島の海辺の集落から生まれた園田努、高野諒大、池田抄英による3人組バンドmaya ongaku。魂のルーツを超えたアーシーなサイケデリアを奏でる地元ミュージシャンの有象無象の集合体。その名の由来は、古代文明からではなく、視野の外にある想像上の景色を意味する新造語。「自然発生」と表現する、非生物から生物が生まれるとされる現象の集大成が<maya ongaku>の原点である。2023年5月に1st album『Approach to Anima』をGuruguru BrainとBayon Productionよりリリースし11月にEU/UK TOUR、12月に国内TOURを行い成功をおさめる。2024年8月にNew EP『Electronic Phantoms』を発表。8月にWWWとの共同企画 “rhythm echo noise”ではオランダからFelbmを招聘し開催。TOKYOから世界へ発信する新たな音楽アワード「TOKYO ALTER MUSIC AWARD 2024」の”Best Breakthrough Artists”を受賞する。これまで森道市場、FFKT、FUJI ROCK、朝霧JAM、FUJI&SUNなど多くの国内フェス、また韓国や中国のASIAフェスにも出演。

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