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三宅唱監督とHi’Specが織りなす、映画と音楽のマジック
音楽の役割をこのように仮定すると、サウンドトラックの楽曲構造やサウンドそのものとの符合も見出せます。
まず和声的には、基本的に3つの音を重ねたトライアドコード、ひとつのキーの中の音のみで構成されたダイアトニックコードで作られているシンプルな構成。この和声構成は安心感を醸成し、ノスタルジーを喚起する手助けをするように機能しています。
楽器編成もシンプルで、サウンドの大半をピアノとチェロが占めます。それも生々しく演奏者の感情表現が込められたようなものではなく、無意識下のイメージ、あるいは記憶の中の音楽がそのまま形を成したようなサウンド。これは李の心象風景を描くという本作の音楽の役割とも合致します。
そしてHi’Specというヒップホップを出自に持つトラックメイカーが、ビートのループによって楽曲のリズムを構成していない点。
その意図を読み解くなら、打楽器的なループが観客の感覚をクオンタイズし、定型化された時間感覚が生まれることを避けた、ということなのではないかと思います。そこにはサウンドトラックのどの曲もテンポがゆったりとしていることも関係しているでしょう。三宅唱監督、Hi’Specが音楽を手がけた前作『夜明けのすべて』もビートレスな音楽で構成されていましたが、今作ではより効果的であるように感じます。
本作の音楽がノスタルジーを喚起する装置であると位置付けると、シンプルな楽曲構造と楽器編成、定型化を避けたリズム構成は『旅と日々』という映画において高い次元で機能しています。そこには三宅唱監督のディレクションもあったかもしれませんが、Hi’Specという音楽家の心象風景、ノスタルジーも反映されているかもしれません。
音楽が映画の良質さを後押しし、映像が音楽の魅力を引き立たせる。その相互関係はとても映画音楽的で素晴らしいです。