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ディカプリオ演じるボブと、メインテーマ曲の関係
『ワン・バトル・アフター・アナザー』という映画作品は、ボブ(レオナルド・ディカプリオ)というひとりの人間を主人公とした物語ではなく、ロックジョー大佐(ショーン・ペン)、ウィラ(チェイス・インフィニティ)、ペルフィディア(テヤナ・テイラー)といった4人の登場人物が織りなす群像劇のような構成の作品です。

その映画音楽では、M17“Trust Device”で使用されたオンド・マルトノ除いて全体的に電子音はほぼ使用されず、ピアノ、ギター、ベース、パーカッション、ドラムス、弦楽オーケストラなどのアコースティック楽器がメイン。一聴するとオーソドックスな劇伴のようですが、さまざまなスタイルをミックスし、高度かつ緻密に構成された音楽です。
まず手始めに、メインテーマM1“One Battle After Another”を見ていきましょう。冒頭のピアノによる連続したG(ソ)のノートのオスティナート(※)からは、ボブというひとりの男(あるいはすべての登場人物の心理として)の揺るぎない信念を感じ取ることができます。
※筆者註:一定のメロディーやリズムを執拗に繰り返す技法のこと
ドラマティックなストリングスが重なるこのメインテーマは、冒頭のペルフィディアの走るシーン、ロックジョーが白人男性たちの秘密結社「“クリスマスの冒険者”クラブ」に迎え入れられるシーン、ウィラがロックジョーに捉えられるシーンなど、登場人物のターニングポイント的状況で使われています。
密集した「線」的な弦楽オーケストラと、「点」的なピアノが、それぞれのターニングポイントのシーンで、「恐怖と希望」というコントラストを生み出しているように感じられます。

このサウンドトラックはサウンドトラック全体を通じて、不定形なリズムと不安定なメロディーが混在しながらも、不安と美しさが同居した、まるで自然現象のようなサウンドが構築されています。
そこには、先述したペンデレツキ、ジェルジ・リゲティ(※)、オリヴィエ・メシアン、フレデリック・ディーリアス、モーリス・ラヴェル、ベーラ・バルトーク、ジョン・ケージなどの現代音楽家からの影響を強く感じます(オンド・マルトノの使用は紛れもなくオリヴィエ・メシアンの影響でしょう)。
今作ではいわゆる重低音のエレクトリックな反復ビートは採用されず、ストリングスのグリッサンドなどの流行りの手法を極端に抑えられています。具体的なテーマや展開も限りなく抑制され、「音のテクスチャー」でムードや躍動感、心理描写を行っている。そこに大きな特徴があります。
※筆者註:リゲティの代表的な特徴でもあるミクロポリフォニー、つまり細かな音の層が重なり合って巨大な音響の塊を作る手法は、グリーンウッドの作品にも明確に反映されている。リゲティは楽器のサウンドを線ではなく面として扱うグリーンウッドの場合、ハーモニーではなく「音の雲」として扱うことが多い
