21世紀を目前に、音楽制作のあり方は大きく動いた。コンピューター上で録音を行うことは今ではあまりにも当たり前になったが、いわゆるデジタルオーディオワークステーション(DAW)を用いた先駆的作品のひとつとして広く認知されているのが、Tortoiseの『TNT』(1998年)だ。
2026年に活動20周年を迎える蓮沼執太は、高校時代に『TNT』の革新性に洗礼を受けた。そのインスタレーションや劇伴制作など、多岐にわたる活動の背景には、Tortoiseからの影響が大いにあったと語る。
今回、NiEWではTortoiseの中心メンバーであるジョン・マッケンタイアと蓮沼執太の対談を実施。AIの飛躍的発展によって「音楽そのもの」のあり方まで大きく揺らぎつつある現在、両者は「音楽を作るということ」にどう向き合っているのか。
音楽ライターの南波一海を進行に迎え、『FESTIVAL FRUEZINHO 2025』での来日公演の翌日に語り合ってもらった。
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蓮沼執太がTortoiseから学んだ音楽制作のスピリット
ーまず蓮沼さんがTortoiseや、いわゆるポストロックから受けた影響を教えてください。
蓮沼:高校生のときに『TNT』(1998年)がリリースされたんですよ。そのときからTortoiseの昔のアルバムや同世代のバンド、ジョンさんのやっていたBastroやシカゴで活動している音楽家を聴いてました。サウンドだけ聴くと全然違う音楽なんですけど、「人がやっている音楽」なので、BastroもTortoiseもどこかハードコアというか。それは昨日も感じましたね、ジョンさんのドラムに。
ジョン:まあ、マシンにやってもらうこともあるけどね。
蓮沼:(笑)。Tortoiseはいろんなジャンルのサウンドやスタイルがひとつのバンドに入っていて、衝撃を受けました。そのことは10代から今に至るまでずっと、かっこいいスタイルだなと思っているので影響を受けています。

1983年、東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して、国内外での音楽公演をはじめ、映画、演劇、ダンスなど、多数の音楽制作を行う。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンス、ワークショップ、プロジェクトなどを制作する。2026年、活動20周年を迎える。
蓮沼:僕にとってリアルタイムで初めて聴いたTortoiseのアルバムは『Standards』(2001年)で、当時僕は18歳、高校3年生でした。ジャケットにはアメリカの国旗が描かれていて、そこにどんな意味があるかは直接的にはわからないですが、僕、誕生日が9月11日なんですよ。
ジョン:おお、マジか。
蓮沼:『Standards』が出たのは2月でしたけど、Tortoiseを聴きながら大学の受験勉強をしてました。歌がないからすごく集中しやすかったんです(笑)。
ジョン:(笑)。
蓮沼:それは冗談ですけど(笑)。歌のないアルバムで、ジャケットはアメリカの国旗で、リリースの約半年後に9.11(アメリカ同時多発テロ)が起こったんですよね。
ジョン:本当にね。信じられないことだよ。

1970年生まれ。アメリカ・オレゴン州ポートランド出身、ドラマー / マルチプレイヤーで、エンジニア、プロデュサーの顔も持ち、その活動は多岐に渡る。1990年、シカゴのミュージシャンたちとともにTortoiseを結成、これまでに7枚のアルバムを発表。2025年10月には、約9年ぶりとなる新作のリリースを控える。
蓮沼:言葉がないのに、政治的なアティチュードも伝わってくる音楽。そういうものは10代の僕にとって初めてだったんです。例えばギターを持って歌えば、曲の中の言葉で表現することができますよね。あるいはヒップホップもそう。でもTortoiseの『Standards』のように歌のない音楽でアティチュードを受け取ったのは、結構な衝撃で。
この作品と出会って、自分の創作行為がどう社会にコミットできるのか考えるきっかけになったし、そこまで立派なもの、力強いものでもないにしても、音を通じて自分の姿勢を打ち出すことができるんだ、と影響を受けました。昨日のライブでも、”Seneca”(『Standards』収録曲)の前にパーカッションのダン(・ビットニー)が、「これはプロテストソングだ」って言ってましたよね。
ジョン:そうだね。『Standards』を作っていた当時、僕らはもうすでにジョージ・ブッシュへの怒りを音楽に託していたと思う。ドナルド・トランプと同じくらい、ブッシュのことを嫌っていたからね。
ジョン:ある意味、制作時に9.11の予兆のようなものを感じていた。世界がものすごく悪い方向へ向かっている気がしていて。特に、ジョージ・ブッシュという「影」が世界中に影響を及ぼしていた……まあ、僕たちは政治的信条を強く持っているにせよ、表立って表現をしているわけではないけどね。
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Tortoiseのケミストリーが約30年もの間、途絶えない理由
─『Standards』は今から24年前の作品ですが、この音楽がここまで長く愛されるとは想像していましたか?
ジョン:もちろん、そんなことはまったく考えてないよ。ただ僕らは最初のアルバムを作っていたときからずっと、本当に音楽にエキサイティングしていた。Tortoiseのみんなと一緒に音を出せることがすごくフレッシュで、それまで僕らがやってきたどんな音楽ともまったく違っていて。「これはすごく特別だな」って感じていた。だからこそというか、こうして長く聴かれ続けていることに驚きはないし、自然なことのようにも思えるな。
蓮沼:そもそも、バンドのみなさんは曲を覚えているんですか? 事前のリハーサルは1回だけだったと聞きました。
ジョン:何度も何度も演奏してきて、もう身体に染みついてるからね。やっぱり僕らにとっては、化学反応のような関係性を持つメンバーが集まったグループだったのが一番大きかったと思う。もし他の誰かがいたら、その化学反応は全然違うものになっていただろうね。
蓮沼:そうですよね。人が変わったら違うものになる、というのは自分のプロジェクトにおいても共感します。昨日のライブを観ても思うし、曲によって各々の楽器編成を変えていくこと自体も音楽的に見えました。

ジョン:フレッシュな音楽を求めていたとはいえ、それでも僕らなりの「目印」みたいなものはたくさんあった。例えば、1970年代初頭のマイルス・デイヴィスは僕らにとってすごく大きな存在で。
あとはブライアン・イーノとデヴィッド・バーンが一緒に作った『My Life in the Bush of Ghosts』を初めて聴いたとき、「あ、こんなことしてもいいんだ」って思わされたし、This Heatもそう。そういう音楽が僕にとっては最高峰のひとつで、他にもポストパンクとか電子音楽、ダブ、いろんな音楽をとにかく吸収した。
─そして今ではTortoiseのサウンドは、蓮沼さんのような後輩たちの新たな目印になったわけですよね。
ジョン:そうかもね、ありがとう。10月にリリース予定の新しいアルバムには、完全に即興で録音されたトラックが1曲だけ入ってる。ほんの少し編集しただけで、あとは全部インプロビゼーション(即興)。
蓮沼:新作の制作はどうでしたか?
ジョン:正直フラストレーションもあった。パンデミックもあったし、今とにかく僕らは何をするにも時間がかかるようになったからね。でも素晴らしいものになったよ、満足している。
蓮沼:それぞれの活動もありますし、生活の拠点もバラバラだと時間がかかりますよね。だからこそ楽しみです。
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音楽家にとって「20年」は長い歳月か。両者には共通の見解が
─蓮沼さんは2026年に活動20周年を迎えるとのことですが、心境はいかがですか?
蓮沼:僕はそもそも20年や30年といった長い年月を特別なものとして思ってないんです。特に、音楽に関してはそんなに「時間」は関係ないというか。例えば、もう現世にいない人の音楽でも新しく響いて聴くこともできるじゃないですか。
ジョン:そうだね、それは真理だと思う。たとえその作り手がもうこの世にいなくても、音楽がすごく新鮮に聴こえることはある。

蓮沼:Tortoiseの活動も35年近いですけど、コアなところはあんまり変わっていないですよね。
ジョン:僕もそんなに長い時間が経った感じはしないね。そもそも音楽においては「時間がどれだけ経ったか」ってあまり重要じゃないと思う。
蓮沼:わかります。僕も周年の企画はこれまでも何もやってないんですけど、20周年はやったほうがいいと言われて。
ジョン:そんなことないよ。
蓮沼:(笑)。
ジョン:節目みたいなものって正直あまり意味はないというか、僕はそこまで気にしないタイプで。
─でも『TNT』の全曲演奏ライブはやりましたよね? 僕と蓮沼さんはブルックリンまで観に行ったんですよ。
ジョン:本当? でも実は、あれは僕たち発信のものではなくて。アニバーサリーだからってプロモーターから提案されて、「(やれやれといった様子で)OK、そうしようか」って感じだった。
─蓮沼さんが活動をはじめた2006年ごろ、Tortoiseにとってどんなタイミングでしたか? 作品的には『It’s All Around You』(2004年)と『Beacons of Ancestorship』(2009年)の間の時期です。
ジョン:うーん、よくわからないね。僕はいつも「その瞬間」にいる感じだから。哲学的な意味とか、感情的な深いものがあってどうこうじゃなくて、とにかく「作業をする、そして何が出てくるかを見る」っていう、いつもそれだけ。
蓮沼:昨日、“Crest”(『It’s All Around You』収録曲)も演奏しましたけど、最高でした。聴けると思ってなかったので嬉しかったです。
ジョン:ありがとう。僕の場合、どんな音楽を作ろうか、哲学的、感情的に考えるより、その時々で作品に取り組んだ結果があるだけで。あと、あらかじめルールを決めるようなことも僕にはない。「人間の声を使わない」とか決めごとは何もなくて、使いたいと思ったとき、使いたい音をただ使うだけ。僕の場合、音楽においては何かを「決定する」ってことをしないね。
蓮沼:共感します。僕も自分のあり方とか、活動の方針とかも何も決めてないですから。
─活動20周年に向けた「蓮沼執太チーム」の新作で、ジョンさんにエンジニアリングをお願いした経緯というのは?
蓮沼:もう単純に、ジョンさんに音を渡したらどんなふうに僕らの音が変化するのかなって好奇心です。今のジョンさんが思うようなサウンドメイキングにしてほしいと思っています。東京でレコーディングをして、ジョンさんに送りました。実は、録音した楽曲が作られたのはもう15年ぐらいのものなんですね。それだけ「時間」という枠組みを超えて手がけてほしいと思っています。
ジョン:音源はまだじっくり聴けてないけど、楽しみだよ。
─長年エンジニアとしての経験を積まれてきて、ジョンさんは自身の音作りやサウンドアプローチの仕方に変化を感じますか?
ジョン:本質的には変わっていないかな。細かな美的判断のような部分とか、機材のアップデートによる変化はあるけど、自分のなかで基本的にはかなり一貫していると思う。

ジョン:僕は今ではほとんどコンピューターを使って制作していて、もう録音機材のほとんどはデジタルに移行している。以前はミキシングコンソールやエフェクト用の機材を使っていたけど、今のコンピューターはほとんどのことができるし、音もすごくいいからね。
僕にとってもう、アナログの録音機材をわざわざ使う理由がなくて。壊れるし、修理にはお金がかかるし、安定しないし、すごく場所を取るから(笑)。シンセサイザーはまだあるけどね。
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AIには代替不可能な「他者」と音楽を作るということ。その真髄
ー例えば今、AIの発展が目覚ましいですが、そうしたテクノロジーの進化はお二人の音楽に影響があるものですか?
ジョン:うーん、大きくは受けていないと思う。たしかに、いろんなことがやりやすくなった。でも、テクノロジーによって僕の制作方法が変わったとは思わない。やっぱりその時々の状況に左右されることが大きくて、誰と一緒にやるかもそうだし、どういうアートを目指しているのかもそう。音楽のどんなところに気を使うかも、状況次第で変わってくるし。
─つまり、ジョンさんは「人間の手でやること」が大事だと考えている?
ジョン:というのが僕の意見だね。
─Tortoiseとテクノロジーについては、『TNT』でのPro Toolsのいち早い導入が象徴的ですが、その際、他のミュージシャンから反応はどうでしたか?
ジョン:特にネガティブな反応はなかった。自宅で作業できて、レコードを作れることが大きかったからね。他のミュージシャンが同じ状態になるまでには数年かかったと思う。
ジョン:AIに関しては正直なところ、ほとんど使ってないよ。まだ、だけどね。使えそうだなと思ったら使ってみる、ただそれだけ。マスタリングとかならあるかもしれないけど、制作とかミキシングのレベルでは……正直なところ、違うかな。
蓮沼:わかります。僕はAIに関しては、フラットに捉えています。ゼロからAIに生成してもらう使い方と、何か作業を手伝ってほしいことのために活用する使い方がありますよね。
音楽制作上のプラグインなどがそうですけど、例えば、イコライザーでAIに音の処理をしてもらうのは音楽の現場だと通常の様式だったりします。個人的にはAIについては、「便利だったら使う」「面白かったら使う」って感じです。

ジョン:わかるよ。そもそも、多くの人は「正しい方法」を求めがちだと思う。当時も今も変わらないのは、「とにかく自分たちが面白いと思えるもの」を作ること。それが僕らの最大の動機。誰か他の人がそれを気に入ってくれたら素晴らしいことで。でも、まずは自分たちがワクワクできるかどうかがすべて。
蓮沼:すごく共感します。自分の内側をとにかく出していくということですね。
蓮沼:僕はよく「偶然性」って言葉を使うんですけど、それはすごく古典的な考え方に基づくもので。例えばコンピューターでプロセシングするときも自分が予期せぬ音が出たりというような、エラーが好きなんです。
ジョン:面白いね。『TNT』を作っていたときのことは詳しく思い出せないけど、僕らもそんなことを考えていた気がする(笑)。
Tortoiseの制作は、絵を描いている感覚に近くて。いろんな要素が目の前にあって、最終的な「イメージ」に向けていろんな組み合わせを試してみる。僕らの場合、90%くらいは構成(作曲)されている。つまり「枠組み」があって、そこに何をどう重ねていくか、編集的な作業を繰り返し試すのが僕らの制作。ディテールはその編集段階で加わってくるし、途中で曲の構造自体が変わることもある。
でも結局そのうちの半分は捨てて、そのうちに「あ、これか」と見えてくる瞬間があって。完全な即興ではないけど、まあ……「すべて構成されてる」とも言い切れない、というような。完璧なものができなくても、「自分たちがワクワクできるものか」「フレッシュに感じるか」っていう瞬間的な判断が大事で、とにかく前進することを心がけていた。仕事をぱっぱと進めようという気持ちもあったと思うけど(笑)。
蓮沼:今日のジョンさんとの出会いも素敵な「偶然性」だなと思います。新譜のエンジニアリングでも、ジョンさんにはもうディストーションをかけたり、モジュレーションを自由に変えてもらって、音質の雰囲気を変えたり好きに音をいじってほしいんです。

ジョン:まさに今日、執太と気が合うなと思うのはそういう部分で。誰と出会うか、どうやって出会うか、そしてその出会いが自分に何をもたらすか——執太はそういうことを丸ごと受け入れて、相手に託すことができる人だなと感じた。音楽家はもっと自由に、その枠を越えて、自分のやりたいことをやればいいと僕は思うね。
蓮沼:ありがとうございます、嬉しいです。蓮沼執太チームのみんなはもうサウンドの細かいテクスチャーから何まで、ジョンさんが好きなので正当派なミックスはしなくていいです(笑)。
ジョン:ふふ、わかったよ(笑)。僕はそういうオープンな人の仕事が多いし、嬉しいよ。やっぱり一番大事なのは、音の配置とかそういう話じゃないんだよね。

▼配信情報
▼イベント情報
『NEW FES』
2025年8月16日(土)
会場:神奈川県 Art Center NEW
出演:蓮沼執太チーム(蓮沼執太、石塚周太、イトケン、尾嶋優、斉藤亮輔)
https://artcenter-new.jp/event/newfes/
『HEAR HERE-GATHERING 2』
2025年9月6日(土)
会場:大阪府 グラングリーン大阪VS.
出演:蓮沼執太、オオルタイチ、小山田圭吾、空間現代、小林七生、ハラサオリ、灰野敬二
https://vsvs.jp/exhibitions/sakamotocommon-osaka/
舞台『Train Train Train』
2025年11月26日(水)〜30日(日)
会場:東京都 東京芸術劇場 プレイハウス
出演:森山開次(振付・演出)、蓮沼執太(音楽)、三浦直之(テキスト)