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映画『ノスフェラトゥ』レビュー リリー=ローズ・デップ代表作になること確定

2025.5.29

#MOVIE

死と乙女のタブロー

ノスフェラトゥが血を吸うときのサウンドデザインには震撼させられる。壊れかけのポンプで血液を吸い込むような音。ノスフェラトゥが血液を吸い込むときの音は、そのまま心臓の動きのイメージと結びついている。つまり腐敗した死体であるノスフェラトゥは、壊れかけの心臓で血液を飲み込んでいるのだ。血液を吸うというよりも、むしろ肉に喰らいつくイメージに近い。ここにはカニバリズムのような趣がある。この音自体が『ノスフェラトゥ』の「発明」と思えるほど強烈な響きだ。F・W・ムルナウのサイレント映画『ノスフェラトゥ』は、不思議なことに音がなくとも、画面からあらゆる音の存在を想像することができる作品だった。エガースは、サイレント映画から音を想像すること、そのイマジネーションを自由に拡大させたサウンドデザインを施しているといえる。そしてノスフェラトゥの壊れかけの心臓のイメージは、エレンの儚さや激しさと鏡像関係にある。ノスフェラトゥの腐敗した身体。エレンという乙女の身体。エガースの『ノスフェラトゥ』には、ある生命が朽ちていくまでの過程が描かれているといえる。あるいは、ある花が枯れていくまでの過程。ライラックの花束を抱えたエレンは、独り言のように問いかけている。「どうしてこの美しい花を殺したの?」

エガースは、F・W・ムルナウの『ノスフェラトゥ』のショットを模倣することなく、オリジナルに敬意を示している。例えば、F・W・ムルナウの映画における、ノスフェラトゥの手の影がエレンの心臓を握りつぶすように迫ってくる、あの恐怖のイメージが拡大解釈されている。エガースの『ノスフェラトゥ』において、吸血鬼の手の影は疫病に苦しむこの街全体を覆っていく。ノスフェラトゥが手の影をゆっくりと伸ばしていくショットが、ナイトローブ姿のエレンのショットに切り替わる。この瞬間の戦慄! 恐怖は私たちの内側からやってくるのか? それとも外側からやってくるのか? エレンはフランツ医師(ウィレム・デフォー)に問いかける。

エガースが年に数回見直している映画の一つに、ジャック・クレイトン監督の『回転』(原題『イノセンツ』、1961)というホラー作品がある。『ノスフェラトゥ』がエレンの祈りから始まるのは、『回転』のタイトルバックへのオマージュといえる。乙女の祈りで始まる『ノスフェラトゥ』は、エレンをコープスブライド(死体の花嫁)の犠牲者として描くのではなく、欲望を持つ自発的な女性として描くことで、「死と乙女」のタブローの完成を目指す。エガースとリリーは、ライラックの花の標本を作るように、「乙女の祈り」の標本、「死と乙女」の標本を作り上げる。恐怖との対等な関係を持つタブローを完成させる。エレンのイノセントを映画に封じ込め、永遠に凍結させる。二度とこの封印が解けることはないだろう。『ノスフェラトゥ』という傑作は、エレン=リリー・ローズ・デップというヒロインを「絶対的なイノセント(無実)」だと主張しているのだ。

『ノスフェラトゥ』(英題:Nosferatu)

劇場公開中

監督・脚本:ロバート・エガース
出演:ビル・スカルスガルド、ニコラス・ホルト、リリー=ローズ・デップ、アーロン・テイラー=ジョンソン、エマ・コリン、ラルフ・アイネソン、サイモン・マクバーニー、ウィレム・デフォー ほか
2024年製作/133分/PG12/アメリカ
配給:パルコ ユニバーサル映画
© 2024 Focus Features LLC. All rights reserved.

公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/nosferatu

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