「——例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで」
白煙を出し燃えるテープ。導火線に火が走り、ラロ・シフリンのお馴染みのテーマソングが流れる……。
累計の全世界興行収入は40億ドルを超え、最新作が発表される度に主演トム・クルーズの危険なスタントが話題を呼ぶ『ミッション:インポッシブル』シリーズ。その最新作『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』がついに日本公開となる。タイトルの通り、大人気シリーズは8作目である本作で一応の“ファイナル”を迎える。シリーズの集大成を鑑賞する前に、これまでの作品ひとつずつを紐解きながら、あらためてイーサン・ハントの歩みを振り返ってみよう。
INDEX
『ミッション:インポッシブル』(1996)
記念すべきシリーズ1作目である本作は、IMF(不可能作戦班 / Impossible Mission Force)所属の工作員の活躍を描いたアメリカのテレビドラマ『スパイ大作戦』、『新スパイ大作戦』の映画化作品だ。本作の冒頭は衝撃的で、何とドラマシリーズでIMFの2代目リーダーを務めたジム・フェルプス率いるチームが何者かの陰謀によって壊滅、ジムとチームメンバーが次々に殺害されてしまうのだ。生き残ったイーサン・ハント(トム・クルーズ)は裏切り者の濡れ衣を着させられながら、真犯人を捜し出そうとする。
主演のトム・クルーズ自らがプロデューサーを務めた本作で、監督に抜擢されたのはブライアン・デ・パルマ。「デ・パルマカット」という造語があるほどに、多くの映画テクニックを駆使する監督で、本作においても一人称視点のショットや、壁を突き抜ける俯瞰ショットなど、自身の映画テクニックを惜しげも無く披露している。「サスペンスの神様」ことアルフレッド・ヒッチコックに傾倒するデ・パルマ監督らしく、サスペンススリラー色が強い1本に仕上がっており、イーサンが天井からワイヤーで吊り下げられながら、CIAのデータ保管庫に潜入するシーンは、シリーズの代名詞となった。

イーサンは裏切り者としてCIAに追われながら、即席のチームを結成し極秘情報を狙う。なお、本作でチームメンバーの一員となるハッカーのルーサーは、シリーズ参加皆勤賞のキャラクターである。真犯人を見つけ出し、無事、濡れ衣を晴らしたイーサンはIMFへは戻らないと告げるが、彼の元に新たな指令が届く……イーサンの任務はまだ始まったばかりだった。

『ミッション:インポッシブル2』(2000)
シリーズ2作目で、イーサンは危険なウイルス「キメラ」を手にした元IMF工作員アンブローズの元に潜入を命じられる。監督を務めたジョン・ウー(『狼たちの挽歌』、『フェイス/オフ』)は「スローモーションの多用」、「二丁拳銃」、「鳩」など彼のトレードマークをここぞとばかりに映画に刻み込み、サスペンス色の強かったシリーズをジョン・ウー印のアクション映画に仕上げた。
イーサンとアンブローズの元恋人ナイアとのラブロマンス描写がかなり強調されるなど、シリーズの中でもやや異色の明るさ、軽さ、陽気さが映画を支配しているように感じられる。悪役アンブローズとの一騎打ちの対決を経て、イーサンとナイアは雑踏へと消えていく……この爽やかなハッピーエンドはシリーズで唯一のものかもしれない。

『ミッション:インポッシブル3』(2006)
シリーズ3作目となる本作は、IMF工作員として働くイーサンの葛藤と苦悩を描く、シリーズの中でも重要な1本。スパイアクションドラマ『エイリアス』や『LOST』で注目されたテレビドラマ畑のJ・J・エイブラムスが初の長編映画監督を務めた。
本作でイーサンは現場からは退き、工作員の訓練教官を務めている。地下鉄職員だと職を偽り、愛する婚約者ジュリアと平和な日々を送っていた。そんな最中、教え子の工作員が拉致されたことが分かり、イーサンは葛藤しながらも現場に戻る事を選ぶ。この教え子の救出作戦をきっかけに、謎のアイテム「ラビットフット」を巡り、武器商人デイヴィアンと対峙する。
無事任務を成功させ、自分がIMFに所属している事をジュリアに告白したイーサン。仲間から祝福を受けながら、2人はIMF本部を後にハネムーンへと向かう。本作からシリーズ第6作目『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』まで、イーサンはジュリアとの幸せな生活と、一方でIMF工作員として世界を危機から救わなければいけない職責、この2つに引き裂かれ続ける事となる。
なお本作で、イーサンをサポートするITエンジニアのベンジーというキャラクターが初登場し、その後のシリーズでイーサンのチームのレギュラーメンバーとしてお馴染みの顔となる。

『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』(2011)
何と本作ではIMFが解体。陰謀によりイーサンたちは爆破テロの首謀者として追われる事となる。タイトルの「ゴースト・プロトコル」とは記事冒頭のシリーズの決まり文句を指しているのだが、まさしく本作においてイーサンたちチームは「一切関知されない=幽霊 / ゴースト」としての扱いを受けてしまう。
各メンバーの活躍やチーム内でのコミカルなやり取りが強調され、最新作に繋がるチームモノとしての楽しさが前面に出た作品だ。また、黒幕が核戦争を目論んでおり、描かれる危機的状況が世界規模に拡大。アクションもド派手になり、本作から設定と描写のインフレが加速していく事となる。
監督に抜擢されたのはアニメーション映画『アイアン・ジャイアント』、『Mr.インクレディブル』のブラッド・バードで、本作が初の実写映画監督作となった。ドバイの高層ビルの壁面を上るアクションや、終盤の立体駐車場のシーンなど上下の高低差を活かしたアクションの見せ方が素晴らしく、初めての実写映画とは思えない手腕を見せつけている。

冒頭では、イーサンが妻ジュリアを殺され犯人に復讐をした事で刑務所に服役している様が描かれるが、ラストにジュリアの死はイーサンが彼女を守るために行なった隠蔽工作だった事が観客に明かされる。前作で幸せな日々を手に入れたかに見えたイーサン。自らの存在を世界からも、ジュリアからも消し去り「ゴースト / 幽霊」としてジュリアを見守るしかない悲しき宿命が描かれた第4作目だった。
『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015)
5作目でイーサンたちが対決する相手は、謎の犯罪組織「シンジケート」(ならず者国家=ローグ・ネイション)だ。元スパイで構成されたシンジケートを率いるレーンは、イーサンに罠をかけ、世界転覆を図ろうとしている。本作ではお馴染みのメンバー、ルーサーとベンジーに加え、イーサンと工作員としての孤独と苦悩を分かち合える女性工作員のイルサが合流。またもやIMFが解体され孤立無援の中、シンジケートに戦いを挑む。
前作『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』の制作中、トム・クルーズはかつて『ワルキューレ』でタッグを組んだクリストファー・マッカリーを呼び、混乱していた脚本を整理するようリライトを依頼した。この実績が認められ、シリーズ第5作目となる本作から最新作まで、クリストファー・マッカリーがシリーズの監督・脚本を務める事となる。プロデューサーであるトム・クルーズの日々の思いつきに左右され、アクションシーンを前提にストーリーを構築する流動的な映画作りを交通整理する役割としてクリストファー・マッカリーはシリーズ成立に欠かせない人物となる。
とはいえ本作は派手なアクションだけではなく、イーサン率いるチームとレーンとの騙し合いが面白く、ラストのイーサンの逆襲も実に爽快である。イーサンたちの活躍が認められ、IMFは再建。しかしシンジケートとの戦いはまだ始まったばかりだった……。

『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(2018)
イーサンは、回収を命じられていたプルトニウムを、シンジケートの残党たちで組織された「アポストル」に奪われてしまう。奪還の手がかりとして、謎の男ジョン・ラークとホワイト・ウィドウの情報を手に入れ、CIAエージェントのウォーカー監視の下、彼らへの接触を試みる。
前作ではかろうじて事前に「脚本のようなもの」があったようだが、本作からは映画を撮影しながら脚本を作る制作方法を取っている。そのためか、ストーリーはあって無いようなもので、アクションの見せ場だけが繋げられた実験的とも思える特殊な映画に仕上がっている。撮影監督ロブ・ハーディによる35mmフィルムを用いた撮影は、光源の捉え方が幻想的で、スケールを増したド派手なアクションと美しいショットの数々に魅了される。
プルトニウム奪還の最中、イーサンはジュリアと再会を果たす。ジュリアはイーサンとは別の男性と幸せな家庭を築き上げていた。シリーズ第3作目で提示されたイーサンの葛藤が再び思い出され、それでも世界を救う工作員としての使命を全うする姿には切なさを覚える。孤独をチームの仲間、特に自身の写し鏡のような存在であるイルサと共有しながら、イーサンはミッションを成し遂げる。「チームもの」として軽やかに幕を閉じるシリーズ屈指の1本だ。

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(2023)
最新作『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』と同時に撮影されたシリーズ最終章の前編。なお本作は興行的不振により、タイトルが公開時の『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』から『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』へと改題された。
ジュリアとの物語、またシンジケートとの戦いがひと段落したイーサンの前に、新たな、強大な敵が現れる。その敵とは、時代を反映するかのように「AI」であった。全世界のあらゆる情報にアクセスする事のできる「エンティティ」と呼ばれるAIは、暴走と進化をし続けていた。エンティティをコントロールするための2本の鍵を巡り、イーサンたちお馴染みのチームの面々と、シリーズ初登場となる凄腕の盗人グレースが世界各地を奔走する。

シリーズの最終章という事もあり、何と第1作目でイーサンを追い詰めたIMFの監査官(本作ではCIA長官)キトリッジが再登場。その他にもイーサンの過去に因縁のある悪役ガブリエルが登場するなど、イーサンの過去が次々に精算されていく作品でもある。
あの人物の衝撃の死。ガブリエルの目的とは? イーサンたちは世界を「AIの脅威」から救う事ができるのか? 前作同様、脚本を作りながら映画撮影がなされた本作は、前作以上にアクションのつるべ打ちで、そのスケールの大きさに圧倒される。

「イーサン・ハント=トム・クルーズ」の美しい終幕
『ミッション・インポッシブル』シリーズで主演のトム・クルーズは自らプロデューサーを務め、シリーズ第1作目は自身の映画製作会社「クルーズ / ワグナー・プロダクションズ」初の製作映画であった。故に主人公イーサン・ハントのこれまでの軌跡は、どうしても俳優、映画人としてのトム・クルーズの姿に重なって見える部分がある。シリーズを追うごとに過激さを増すトム・クルーズ自らのスタント、実際にフィルムに刻まれているトム・クルーズ本人の肉体とそこに蓄積された痛みは、映画人トム・クルーズのドキュメンタリーとしての『ミッション:インポッシブル』シリーズという視点を強固なものにしている。

そんなトム・クルーズ=イーサン・ハントが、本シリーズで最後に戦いを挑む相手が、映画製作に革命と波紋を巻き起こしている「AI」だというのが非常に興味深い。一体、イーサン・ハントはどのような決着を見せてくれるのか。シリーズ最終章に相応しい素晴らしいアクションと、未だ孤独を抱えたままIMF工作員として生きるイーサン・ハントの物語の美しい終幕を期待したい。
『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』

監督:クリストファー・マッカリー(『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』)
出演:トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、ヴィング・レイムス、サイモン・ペッグ、ヴァネッサ・カービー、イーサイ・モラレス、ポム・クレメンティエフ、マリエラ・ガリガ、ヘンリー・ツェニー、ホルト・マッキャラニー、ジャネット・マクティア、ニック・オファーマン、ハンナ・ワディンガム、アンジェラ・バセット、シェー・ウィガム、グレッグ・ターザン・デイヴィス、チャールズ・パーネル、フレデリック・シュミット
配給:東和ピクチャーズ
公式サイト:https://missionimpossible.jp/
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