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世界を揺るがすKNEECAPは民族ファーストの過激派か、新世代ポップアイコンか?

2025.8.2

#MOVIE

アイルランド語でラップするーーその行為自体がすでに抵抗であり、歴史の再解釈だ。ヒップホップグループ・KNEECAPは、音楽、言語、政治を混ぜ合わせ、北アイルランドという「ジャンル」化された場所に新たな現実を刻みつける。

2024年のサンダンス映画祭でアイルランド語作品として史上初の公式出品を果たし、ついに8月1日(金)に日本でも公開された映画『KNEECAP/ニーキャップ』は、そんな彼らの半自伝的物語。

背景にあるのは、単なる若者たちの成長や友情ではない。彼らの存在そのものが、「ザ・トラブルズ」と呼ばれる北アイルランド紛争の残響とつながっている。だが、映画や音楽、小説などによって何度も「消費」されてきたこの歴史は、どこまでリアルで、どこまでステレオタイプなのか。KNEECAPはその問いを爆音と共に投げかける。

KNEECAPと映画『KNEECAP/ニーキャップ』を深く知るために、まずは「ザ・トラブルズ」と呼ばれる歴史から深掘りしていこう。

ポップカルチャーが消費してしまった歴史「ザ・トラブルズ」とは

ミルクマンが路地から現れる直前、真ん中の妹が読んでいた本にはこんな言葉が書かれていたかもしれない。「あらゆる歴史はロマンチックに語られる。そうでなければ、土に還り木となった血と汗と涙の印刷物が、退屈な歴史の教科書の1行のみになってしまう」

ブッカー受賞の小説『ミルクマン』、アカデミー脚本賞の映画『ベルファスト』、女優ニコラ・コクランをブレイクスルーさせたテレビシリーズ『デリー・ガールズ ~アイルランド青春物語~』。世界的に高い評価を受け、日本にも輸入されたこれらの作品が、いずれも北アイルランドにおける特定の時期──1960年代後半から1990年代後半──を舞台にしているのは偶然ではない。

とにかくポップカルチャーは「ザ・トラブルズ」と呼ばれるこの期間が大好物だ。それにアイルランド訛りの英語が加わればシェフズキス。Disney+で配信され、絶賛を浴びた『セイ・ナッシング』もこの時期に実際に起きた出来事をベースに作られているし(原作はデュア・リパ主宰のブッククラブでマンスリーブックにも選出)、2023年女性小説賞でショートリスト入りした『Trespasses』もそう(今年2025年下半期に映像化)。

北アイルランドに少しでも知識のある人であれば、まるでIRA(アイルランド共和軍)とジェリー・アダムズ(※)以外に語るべきソフトパワーがないかのように、真っ先にイングランドとのあいだで争いの絶えなかった30年間を思い浮かべ、ロマンチックに、あるいはエキゾチックに消費する。セクト主義に好奇心を持つ受け手の需要と、文化戦争要素を取り入れつつヒットを作りたい制作側の供給。その均衡はザ・トラブルズが文化的レガシーとして後世に残される限り、維持され続けるだろう。

※ジェリー・アダムズ=北アイルランドの政治家でシン・フェイン党の元党首。IRA(アイルランド共和軍)との関係が長年取り沙汰されるも、和平交渉に尽力し、1998年のベルファスト合意成立に大きく貢献した人物。

実際、歴史フィクションにおいて「どこからどこまでを、どのように語るか」が最も重要である以上、紛争の始まりが曖昧でも、1998年のベルファスト合意によって「一応の終わり」が設定されているのは、物語を作る上で非常に都合がいい。たとえば、今ガザやウクライナの現状をロマンチックに描けば、ただちに批判に晒されるのは明白だ。

ザ・トラブルズとは何かという概略はAIに頼んだほうが早い。「非ロマンチックに300字程度でザ・トラブルズを説明して」みるとこう返ってくる。

ザ・トラブルズとは、60年代後半から98年までの北アイルランドでの宗派間対立と暴力紛争を指す。カトリック(ナショナリスト=緑色がトレードマーク)とプロテスタント(ユニオニスト=オレンジ色がトレードマーク)の間の政治的・宗教的緊張が背景にあり、イギリス統治への抵抗や統一アイルランドの要求が衝突の原因。IRAなどの武装勢力と英国軍や地元警察との間で戦闘が続き、数千人が死亡。1998年のベルファスト合意で和平が成立したが、遺恨は残る。

概ねAIのまとめで間違いないだろう。だが、細かい部分で指摘したいところがある。そしてそれが、映画『KNEECAP/ニーキャップ』を観る上で重要なポイントである。

(左から)モ・カラ、モグリー・バップ、DJプロヴィ(映画『KNEECAP/ニーキャップ』場面写真)

一つ目は、呼称だ。日本では「北アイルランド(Northern Ireland)」と表記される以外ないが、自分たちの土地をアイルランドの一部だと見なす人々は「アイルランド北部(North of Ireland)」、それか単に「ノース」と呼ぶ。この映画でもそのほかのインタビューなどでも、KNEECAPのメンバーは絶対に「北アイルランド」とは言わない。つまり、呼称一つで政治的スタンスを表明しているのだ。

二つ目は、KNEECAPやアイルランド人が憎むのはイギリス・英国全土ではなく、厳密にはイングランドである点。KNEECAPのライブや切り抜き動画にカトリック系フットボールクラブであるセルティックのユニフォームを着たファンが度々映るのは、アイルランドとスコットランドのあいだに歴史的な共通点があるからだ。つまり、イングランドから侵略を受け、併合され、アイルランド語とスコットランド語という同じゲール語族の母語を奪われた苦い記憶。日本では往々にしてイングランドとイギリスを区別せずに表記されるが、北アイルランドやスコットランドの人々からすればもってのほかで、彼らをブリティッシュと呼ぶのは、アイリッシュギネスがアメリカンギネスと一緒だとのたまうのと同じくらい無礼である。

KNEECAPと映画『KNEECAP/ニーキャップ』を語りはじめるまでに、これらはすべて必要な前置きだ。常に話題を撒き散らす3人は現在のところ、彼らの内側以上に彼らの外側にある事象が彼らの存在を物語っている。ザ・トラブルズに関する小説、映画等は、北アイルランドを知る「きっかけ」にすぎず、言ってみれば〇〇入門という新書を読んだようなもの。しかし彼らは違う。長いあいだ北アイルランドはロケーションではなく、もはやジャンルとなっていたが、この映画はその構造を覆す。

ほとんどの読者が入門編で満足し、「きっかけ」の先を深く考えるよりも「きっかけ」自体を掴めたことへの快感で足取りを止めるなかで、「きっかけ」の壁をぶち壊した先にこの映画はある。北アイルランドにこびりつくクリシェと、そのクリシェばかりをポップコーンばりに頬張る観客へのカウンター。それが映画冒頭10秒に詰まった意味だ。

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