青葉市子は途方に暮れるほどの長い旅を続けている。2025年2月の香港公演を皮切りに、3月のバルセロナから4月のグラスゴーまではヨーロッパを、4月のホノルルから5月のメキシコシティまでは北米を回り、6月はイギリスの老舗フェス『Glastonbury Festival』に出演も果たした。下半期は久々の日本ツアーを行うなど、ギターを抱えてひたすら移動を続けている。
過去最大規模のワールドツアーに先駆け、2月には新作『Luminescent Creatures』をリリース。ここには近年忙しいスケジュールを縫って足繁く通っている沖縄・八重山諸島の波照間島での経験も色濃く反映されており、世界的なブレイクのきっかけとなった前作『アダンの風』(2020年)とも異なる風が吹き抜けている。
ローカルに息づくものを丹念に見つめながら、グローバルな活動を展開している青葉市子。彼女は波照間島で何を受け取り、何を世界へと届けようとしているのだろうか。また、めまぐるしいスケジュールのなかでどのようにして「自分の場所」を守っているのだろうか。数か月ぶりに再会した青葉は、いつもと変わらないゆったりとした口調でこう話し始めた。
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1990年生まれ。音楽家。自主レーベル「hermine」代表。2010年デビュー以降、これまでに8枚のオリジナルアルバムをリリース。クラシックギターを中心とした繊細なサウンドと、夢幻的な歌声、詩的な世界観で国内外から高い評価を受けている。2021年から本格的に海外公演を開始し、数々の国際音楽フェスティバルにも出演。2025年1月にはデビュー15周年を迎え、約4年ぶりとなる新作『Luminescent Creatures』を2月にリリース。同年5月には初のエッセイ集『星沙たち』を発表した。
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日本の南の果て、波照間島に青葉市子はなぜ足を運ぶのか
─市子さんは2020年から波照間島を定期的に訪れていますよね。
青葉:そうですね。初めて行ったのは真夏だったので、2020年の8月だと思います。そのころ『アダンの風』を作るために沖縄や奄美の島々を訪れていて、波照間島はそんな島のひとつでした。
─他の島々ではなく、波照間島に繰り返し通うようになった理由とは何だったのでしょうか。
青葉:初めて訪れたときから「他の島と何か違う」という感覚がありました。久高島や竹富島、奄美の島々は「一時的に訪れさせてもらっている」ような感じがあったんですけど、波照間島の場合は「戻ってきた」ような感覚がありました。島からの引力みたいなのを感じて、観光なりリサーチなりでちょいって訪れて帰るような場所じゃないと最初から思ったんです。

─波照間島はどんな島なんですか?
青葉:人口は450人ほどで、車で2、30分もあれば一周できる小さな島です。サンゴの島なので水はけがよくて、海水をくみ上げて淡水化したものを各家庭に供給しているんです。2階建て以上の建物がなくて、公民館とか学校以外はもうペタンとしていて、平べったい島。大きな川がなくて、森のなかにチロチロと流れている小川があるぐらい。
─川がないということは、農作物を育てるのも決して楽ではないですよね。生活環境としては結構厳しい場所だと思うのですが、そうした環境が島民の精神性に影響を与えているところもあるのでしょうか。
青葉:すごくあると思います。波照間の人たちはすごくタフだし、大きな島から離れていることもあってタフじゃないと乗り切れない環境だと思います。物資を運ぶ船便が止まったり、台風で停電したとしても、トンチを利かして何とかその状況を乗り越えようとする人たちが多い気がします。
─厳しい環境だからこそ、生存本能が強いというか。
青葉:そうですね。歩いている姿や話し方を見ていても、強さと柔軟さがある人たちだなと思います。
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島の祭事に飛び込み、神歌を習い、おばあの歌を記録する
─波照間島では拝所(うがんじゅ)や御嶽(うたき)でさまざまな民俗行事が行われ、多様な神歌が伝えられてきたそうですね。
青葉:一般公開されない神行事も含めると、すごくたくさんありますね。地域の行事だけが書かれたカレンダーが配られるぐらい。それぞれの集落で行事があって、その行事にまつわる歌があるんです。でも、今はもう歌える人がいなくなりつつあって、歌詞だけが文字として残っている状態。それを読み上げて終了ということも増えているらしくて。
─それは寂しいですね。
青葉:そうなんですよ。いつも一緒に三線をやってるネーネー(沖縄語~八重山語で「お姉さん」の意味)がいるんですけど、彼女は波照間の人なので、お母さんやおばあが歌っていたものを覚えていらっしゃるんですね。今一緒にその歌を録音したり書き残す作業をしています。島を出た子どもたちが戻ってきたとき、楽譜や音源が残っていれば、神行事の歌を歌えるんじゃないかと思って。
─地元の方と交流するなかで、市子さんもそういう神歌を習っているわけですね。
青葉:そう、覚えている最中ですね。

─神行事の歌というのは一般的に聴かれているポピュラー音楽とはまったく違うもので、それこそ神様や精霊のために歌うものですよね。そういった歌に触れたとき、市子さんはどんなことを感じたのでしょうか。
青葉:資料をさかのぼれば、歌詞はいろんなところに載っています。例えば『PATILOMA 波照間 古謡集1』(2009年)というCDにもそういった歌は入っていますし。でも、歌う人ごとに節回しは無限にあります。それがバリエーション豊かなまま残っていないことがもったいないと思うんです。ネーネーが言ってたのは、神行事の際、全員が違う節回しで歌うから鳥肌が立つんだって。
─おもしろい。必ずしも統一された節回しというわけではないんですね。
青葉:例えば、おばあが5、6人いて、全員が違う節回しで歌い始めたとき、「場所がそのもの」が歌い出す瞬間があるそうなんです。それでなぜか木々が静まる感じがあるらしくて、「あの感じはもうないね」と言っていました。

─2023年からは豊年豊漁と祖霊供養を祈願する伝統行事「ムシャーマ」にも参加されていますよね。
青葉:コロナ禍で中止になっていたこともあって、2023年は4年ぶりのムシャーマでした。移住して教師になっているご夫婦に三線を教えていただき、参加することができました。久しぶりだからみんなやり方を忘れちゃってて。毎年やるものだから細かいことも覚えているんだなと思いました。
─市子さんはミチサネーという仮装行列で三線を弾く係を担当しているそうですね。
青葉:そうですね。ミチサネーでは稲摺節をやる女性がいたり、馬にまたがった馬舞者(ウマムシャ)がいたり、道化役のブーブザーがいたり、いろんな人が続いていくんですね。私は五穀豊穣と幸福をもたらす神様「ミルク様」の歌を歌うミルクンジーの地謡(※)として三線と歌をやっています。
※「地謡(じかた)」とは、三線の演奏で主に伴奏を担当する奏者のこと
─市子さんのInstagramアカウントにそのときの写真がアップされていますが、すごく楽しそうです。
青葉:そうそう、すごく楽しいですね。ムシャーマはご先祖をお迎えして歌や踊りを楽しんでいただくという祭りでなんですね。基本的に島民全員参加の祭りなので、一大行事なんです。島がムシャーマ一色になります。
─ムシャーマのなかで歌うこと・演奏することというのは、市子さんにとっては普段の演奏活動とまったく違う行為なのでしょうか。あるいはやってみると案外同じことだった?
青葉:普段とは演奏する楽器が違うということと、自分で作った歌ではないという点は違いますね。でも、音楽としてやっているという意味では大きな違いはないと思います。役割が違うだけで、エネルギーは一緒です。ただ、普段はひとりで弾き語りをすることが多いわけですけど、ムシャーマのときは何百人と一緒にやるから、大きなアンサンブルのなかにいる感覚ですよね。

─ムシャーマに参加したことで、波照間に対する意識は変わりましたか?
青葉:変わったと思います。ムシャーマに参加することでもっと人間らしい波照間島のことを知ることができました。ちょっとしたいざこざも含めておもしろいですね。「おもしろい」と言ったら怒られそうだけど(笑)。
ただ、そういうところを「おもしろい」と思える人と「無理」と出て行っちゃう人がいて、波照間島はそういう反応がはっきり分かれるみたいです。いられない人は「島が弾いてしまう」と言われているぐらい。
─市子さんは弾かれている感じがしない?
青葉:してないですね、今のところは。結構タフにやれていると思います。狭い島だからこそ、波照間は人間関係があまりベタベタしてないんですよ。同じ部落に住んでいるのに1年間会っていない人とか全然いるんです。すれ違わないことなんてあるの? というぐらいの小さな部落なんですけど。そういう距離感がみんなの関係性を保っている感じもしますね。


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波照間のネーネーと青葉市子の世界をつなぐ「マザムン」
─2月に出たアルバム『Luminescent Creatures』には波照間との関わりがさまざまな形で影響していますよね。
青葉:そうですね。一番わかりやすいのは2曲目の“24° 3′ 27.0″ N, 123° 47′ 7.5″ E”で、「波照間口説」のメロディーを歌っています。この歌はムシャーマのときに私が参加している部落で歌っているもので、私が最初に教えていただいた歌なんです。
1番から4番までは内地(日本本土のこと)の言葉で歌っていて、5番だけ波照間の方言で書かれているんですね。自分のアルバムではその部分を歌っています。
─3曲目には“mazamun”という歌があります。マザムンとは波照間の言葉で「魔物」「妖怪」のことですよね。
青葉:何年も前から島の方から「ここにマザムンがいるよ」と教えてもらっていて、そこを通るたびに「こんにちは」と言うようにしてるんです。
─ずっと同じ場所にいるんですか?
青葉:そうなんです。お祓いの人たちが何人も試みたけど、いっこうにどかないみたいで。そのお家の方が「悪さしないんだったら、もういていいよ」と言ったこともあって、まだいるみたいです(笑)。その話を聞いてからは、通るたびに挨拶するようにしています。その話をネーネーにしたら、「こんなふうにマザムンの話をできる友達ができて嬉しい」と涙をボロボロ流していました。
─市子さんがマザムンの存在を否定しなかったから嬉しかったんですね。
青葉:“mazamun”は私のイメージで歌詞を書いたんですけど、その歌詞をネーネーに見せたら、彼女がいつもそこで見てた景色と同じだったんですって。「そうそう、ここに光の船が来るんだよね」とイメージを共有しました。そのネーネーとはマザムンの話をすることでさらに仲良くなれた気がして、マザムンが引き合わせてくれたのかもしれないですね。
─集落のなかにはマザムンを怖がっている人もいるわけですよね。
青葉:そういう考えの人もいるでしょうね。魔物なのかもしれないけど、私は実際に何かされたわけでもないし、「魔物」という名前を付けたのは人間側なので、何が悪いのかはわからないですよね。
─畏怖の対象であり、人によっては仲良くなれるものという意味では、マザムン=自然そのものではないかという気もしてきますね。
青葉:そう思います。他の島もそうだと思うんですけど、自然環境が作用するところが神様の場所になっていることって多いじゃないですか。潮がぶつかるところだったり、なぜか雨水が溜まるところだったり。


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発光生物というテーマ、暗闇でうごめく命の銀河のイメージ
─『Luminescent Creatures』というタイトルは「発光生物」のことですね。このテーマが浮き上がってきた経緯を教えてください。
青葉:前のアルバムに“アダンの島の誕生祭”という曲が入ってるんですけど、その曲の英題が「Luminescent Creatures」なんです。『アダンの風』のなかで最初に書いたのがその曲で、2020年の3月ぐらいに書いたと思います。
だから、そのころにはサンゴの産卵だったり、暗闇のなかでうごめく命と、その流れみたいなイメージはざっくりあって、だんだんとフォーカスしていく過程で「Luminescent Creatures(発光生物)」の世界に近づいていきました。いろいろ勉強していくなかで「発光生物はなぜ光り始めたのか」という原点に興味を持つようになったんです。
─発光生物はなぜ光り始めたんですか?
青葉:彼らはあるとき、「自分が個体なんだ」ということに気がついたそうなんですね。そのとき、他の個体に信号を送ることで、「自分がここにいるよ」という存在証明をし、相手を理解しようとしたそうです。それが発光であり、点滅という手段だったそうで。そういう個体同士がくっつくことで新たな生物が生まれるわけで、すごくロマンチックだなって。
─そうですね。
青葉:私たちの細胞のなかでも、シナプスとか小さい単位で考えれば、身体中が発光していると思うんですね。何かが閃いたときって電気が走るような感覚がありますけど、それだって発光だと思うんです。今の私たちの身体と、地球上に生まればかりの生物たちは何も変わりない。同じ星の生き物たちなんだなということを考えるようになったんです。

─新作であらためて再認識したのは、市子さんの紡ぐ言葉の素晴らしさです。6曲目“FLAG”へのコメントのなかで、「私はほとんど歌詞を先に書くので、その言葉が持つ風景や情景から曲のイメージが呼び起こされることが多いです」と書かれたものを読みました。風景や情景をイメージする前に言葉が浮かんでくるということなんでしょうか?
青葉:突然言葉がやってくるわけじゃないので、やっぱりその前に見ていた景色が元になりますし、自分が経験した感情、気持ちの揺らぎから言葉を紡がれていくことが多いですね。ただ、歌詞は文章とは違って短い言葉なので、歌を作っていくうちに新たな景色を呼び寄せてくれます。その部分をメロディーやコードに置き換えて作っていく感じですね。
─書いていくうちにまた別の情景が引き寄せられてくると。
青葉:そうです。あるいは歌詞にしたことによって、もともと気づいていなかったことも導かれてきたり、新たな解釈ができたり。言葉同士の隙間があるからこそ、それを埋める音がやってくるという感じです。
─いくつかの曲には「あなた」や「君」という言葉が出てきますよね。例えば、4曲目“tower”には、<かつて魔法と 呼ばれて いたもの/すべて 紛いものでも 嘘でもいいの/あなたが ここに いるなら>というフレーズがあります。ここでいう「あなた」とは誰のことなのでしょうか。
青葉:今回の『Luminescent Creatures』と『アダンの風』を比べると、大きな違いがあって。それはもう少し人間の暮らしのなかに入り込んでいるということです。
発光生物が自分たちを見つけ合って愛し合ったように、私たちも同じ繰り返しをしていると思う。それが恋人じゃなかったとしても、誰しもが誰かとの関係性のなかで生きている。“tower”ではそういう意味で「あなた」という言葉を使いました。
─僕は市子さんがここで「あなた」と歌ったとき、実在の誰かではなく、精霊に向けて歌っているような感じがしたんですよ。神行事のときはそういった超越的な存在に向けて歌いますよね。そうしたニュアンスをこの曲に感じたんです。
青葉:そういう解釈でもいいと思います。“tower”は波照間の体験とつながっていないかもしれないけど、自分がそう思っているだけで、聴いている方が見つけてくれることもあると思うんですよ。そういう気持ちでもう一回歌ってみようと思います。