映画の会話シーンは、一見地味でセリフが主役だと思われがちだ。しかし目を凝らせば、俳優の身体や会話の中で生まれる細やかな動きが浮かび上がってくる。つまり会話シーンも主役は、言葉ではなくあくまで俳優たちの生身の身体なのだ。
そのことを鮮やかに思い出させてくれるのが、真利子哲也監督の最新作『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』である。ニューヨークで暮らすある家族に起こる悲劇をきっかけに、日常が少しずつ崩れていく様子を映すヒューマンサスペンスである本作では、夫婦の会話や口論が多く描かれるが、そこでも西島秀俊演じる賢治とグイ・ルンメイ演じるジェーンの身体の動きが目を引く。
今回、本作で主人公・賢治役を演じた西島秀俊にインタビュー。本作の魅力から、過去の真利子作品との違い、さらに導線やポジション、ロケーションが俳優の演技にどのような影響を及ぼすのかまで語ってもらった。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
西島の興味を惹いた、些細な出来事をきっかけに壊れてしまう日常の脆さ
—本作に出演を決めた理由を教えていただけますか?
西島:真利子監督と一緒に仕事がしたいとずっと思っていました。『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年)を観たときに、「見たことのない作品を撮る監督が現れた」と衝撃を受けたんです。物語が進んでいく中で、真利子監督にしか撮れない暴力性やサスペンスが描かれ、監督の美学や哲学を感じる作品でした。今回、真利子監督から企画書と脚本をいただいて読んで、とても面白く、ぜひ参加したいと思いました。

1971年3月29日生まれ、東京都出身。1992年に俳優デビュー。2021年公開の映画『ドライブ・マイ・カー』では、第45回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞、第56回全米映画批評家協会賞 主演男優賞などを受賞。ドラマ『きのう何食べた?』シリーズや、映画『首』、『スオミの話をしよう』、Apple TV+『Sunny』など、国内外の映画・ドラマに出演。
―今回の脚本に関して、どんな点に惹かれました?
西島:生活の中で突然経験する、暴力的な運命や日常が壊される瞬間が描かれています。それが真利子監督の思想なのか、世界に対する見方なのかはわかりませんが、興味深く、チャレンジしたいと思いました。
―日常が壊される瞬間というのは、なぜ西島さんにとって興味深いのでしょう?
西島:例えば、日常生活で家族と暮らす中で、部屋の片付けを1人でしていたりすると「手伝ってくれればいいのに」と思ったりしますよね。そういう本当に些細なことから始まり、フラストレーションが徐々に溜まっていく中で、なんらかのきっかけで、一見普通に見えた家庭が大きく壊れていってしまう。そうした日常の脆さが描かれているのが興味深いと思いました。
日常というものが実はいとも簡単に壊れてしまうということを、僕たちはこの10年ほどの間で震災やパンデミックなどを通じて体験しています。そんなことをずっと考えながら生きてはいけませんが、日常の脆さを身を以て体験したことが、今回の物語に惹かれた理由の1つかもしれません。
―タイトルにある「ストレンジャー」は、展開が進むにつれて色々な意味に受け取れる作品だと感じました。西島さんはどう受け取られましたか?
西島:色々な意味が込められていると思います。最も身近なのに、わからない存在。それは自分の家族のことかもしれませんし、もしかしたらアメリカの片隅に生きているアジア人家族のことでもあるかもしれません。
この作品に、このタイトルは本当にピッタリだと思いました。よく知っていると思っていた相手のことを、実は全く理解できていなかったということが何かの拍子に露呈すると、動揺し、お互いにぶつかり合ってしまう。どれだけ近しいと思っていても、他人のことはやはりわからないと感じることは、実際の日常生活の中でもあると思っています。

―演じたのは、賢治というニューヨークの大学で主に廃墟に関して研究をしている日本人でした。彼を演じる上で大切にされたポイントはありましたか?
西島:僕の演じた賢治は、ニューヨークに住んでいたり、過去の震災の経験に囚われていたりなど、多少特殊なところはありますが、誰しもどこか賢治と似たような問題を抱えていると思います。どんな家族にも、大なり小なり家族の中で蓋をして見ないようにしている問題があるのではないでしょうか。そういう点で、観ている方に共感してもらえる人物になってほしいと思いながら演じていました。
