INDEX
ヴィンテージサウンドとポップネスが演出するチャーミングな瞬間
音楽的な参照元としては、ハリー・ニルソン(Harry Nilsson)やブロッサム・ディアリー(Blossom Dearie)の名前が挙げられている今作。室内的なサウンドメイクも含め、1960年代後半から1970年代のソウルやソフトロック(サンシャインポップ)からの影響はもちろん強く感じ取れる。が、それと同時に、緻密さと余白が程よく同居する甘やかなアレンジにはブリルビルディングサウンドも彷彿とするし、あるいはシンガーソングライターとしてのキャロル・キング(Carole King)が頭を過ぎる瞬間もある。
また“Second Nature”ではドゥーワップ風のコーラスが登場するなどオールディーズへのオマージュも垣間見えるのが面白く、テープ録音のくすんだ音像の中に、古きアメリカンポップスを広く掻い摘みながらキラキラとしたポップネスを埋め込むことで、胸高鳴る「チャーミング」な瞬間を演出しているのが秀逸だ。
ちなみに、そのサウンドメイクとアレンジに貢献しているのが、共同プロデューサーのリオン・ミシェルズ(Leon Michels)。ヴィンテージソウル志向のレーベル「Big Crown」のファウンダーであり、ニューヨーク・ブルックリン拠点のバンド・El Michels Affairのリーダーでもあるが、実はそのバンドメンバーもほぼ全編に参加しており、ソウルやジャズをソフトかつオーガニックに落とし込む、絶妙に肩の力の抜けた演奏技術にも舌を巻く(バンドメンバー数名はコンポーザーとしても参加)。なお、プロデューサーを迎えるにあたっては、ミシェルズと仕事をしたいとクレイロ自らコンタクトをとった(参照)とのことで、今作のこうした路線は裏方の男性にコントロールされてのことではないということも、あえて書き添えておきたい点だ。
喩えるなら、体温が0.3°Cくらい上がるような ──ときめきを抱いた瞬間に肌がほのかに熱を帯びるのを知覚した時のあの感じ ──。自分自身の感覚のささやかな解放と再発見を、隠微なニュアンスと甘美なディティールを孕んだソフトなソウルミュージックとして提示している今作は、インディーポップとしてのみならず、オルタナティブなソウル〜R&Bと近い感性をも内包しているように感じる。年末にはおそらく、今年の重要作として名前の挙がるアルバムになるだろうが、DTMが当たり前の時代にあって若いアーティストによるアナログな「人肌感」がむしろ新鮮に響く時代の価値観の変化にもまた、面白さを感じる作品だ。