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歌うことを通じて生まれた「やりすぎない美学」
―そういう時代もあった上で、どのような経験から、和久井さんは歌という表現に開かれていったのでしょうか?
和久井:たぶんですけど、サポート活動を始めて、ライブでコーラスをやることになったのは大きいと思います。TK from 凛として時雨さんのサポートを5年くらい前からやらせてもらっているんですけど、慣れてきた頃からコーラスもやることになり、その次はTKさんがヨルシカのsuisさんとコラボした曲のsuisさんパートを私がライブで歌うことになって。最初はめちゃくちゃ怖かったけど、「ここまで来たらやってみて、できなければやめればいいや」と思ったんです。
最初は上手く歌えなかったけど、ツアーを続けて、大きい会場で自分の声を聴いてもらう経験を積んでいくと、段々と「マイクの上で歌うってこういうことなんだ」と体感できるようになってきて。自分の声を「悪くない」と言ってくれる人もいるし、そんな経験を通して、自分の中の呪縛が解けた気はします。考え過ぎず、歌ってみるのもありかなって。

―その経験は、ピアノにも反映されるものですか?
和久井:ピアノの手数は減ったかな。自分のピアノが前よりうるさくなくなった気がします。全体のアンサンブルを俯瞰して見るようになったし、自ずと、聴く音楽も落ち着いたものに変わったし。プレイそのものより、音楽というものを大事にしたいなと思えるようになりました。
―もしも和久井さんが下の世代のピアニストたちに言葉を掛けるとしたら、和久井さんも先生のように歌心の大事さは伝えると思いますか?
和久井:ああ……伝えると思います。技術が高くて、手がたくさん動くピアニストは数多くいるけど、その中で胸がキュッとなるような「隙間」を持っている人に私も惹かれるし、そうなりたいなと思うので。私もまだまだなので偉そうなことは言えないですけど(笑)。
でも、やりすぎない美学みたいなものは、ちょっと年齢を重ねて感じるようになってきた気がしますね。私も今まではずっと「上手ければいいだろ!」とか、「絶対負けない!」とか、そういうふうに思いながらやってきたと思うんです。さっきは「ぼーっとしている」って言いましたけど、音楽に没頭しているときは、また違う自分がいるような気がしていて。
―少し前の自分を振り返ると、特にそう思いますか?
和久井:そうですね。特に20歳から24歳くらいの頃は「一つひとつの現場でちゃんと結果を残さないといけない」と思って必死でした。エネルギーはすごくあったけど、それが自分の体にとっては苦しいものになるときもあって。ライブをやっているときはアドレナリンが出ているけど、ライブが終わると心細くなったり、自分のことがよくわからない感じでしたね。でも、そういう闘争心は今はいらないなと思います。無駄だったとは思わないけど、あまり必要なかったかもしれない。やるときは勝手にやるし、「そんなに意識しないでいいんだ」って今は思います。
