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心の状態や相手との関係性が表れる「食事」。一歩踏み込んだ「家での食事」は、関係性をさらに深くする
─本作のテーマは「銀のスプーン(食事)」と「薬(病気や痛み)」。本作を読んで、相手と関係性を積み重ねていく中で食卓を囲むことの大切さを改めて感じました。島本さんが今作で「食事」のシーンを書かれた背景は?
島本:一緒に食事を美味しく食べられることって、すごくリラックスした関係性だと思うんです。ある時、摂食障害気味だった友人の話を聞いたら、当時付き合っていた彼氏に「痩せろ」と何度も言われていたんです。もともと、美味しそうにたくさん食べる子だったのに苦しそうで。でも、別れて食欲が戻った彼女を見て、その時の精神状態や人間関係が食事に出るんだなと実感しました。
いつ別れてもおかしくない恋人を繋ぐものが「食事」で、食事を共にするうちに、相手と生活する自分がだんだん見えてくる。「この人とずっと一緒にいたい」と思うきっかけの一つとして、食事を通した関係を描いていこうと思いました。
松井:作品の中で、知世と椎名さんが家の中で食事をするシーンが出てきますが、他の人たちはほとんど外食ですよね。家で食事ができる関係と、外で食事をする関係っていうのは大きな違いがあるなと思いました。これから一緒になって生活を共にできる人には、自分のパーソナルスペースに呼んで、食べるという無防備な姿も見せられるのかなと思います。
─家に呼ぶのも招かれるのも、勇気がいることですよね。
松井:私は、人の家に行くのがすごく苦手なんです。

島本:そうなんですか! 松井さん、いつも落ち着いていて、お話も上手なので、社交的なのかと。意外です。
松井:緊張してしまうし、家の中が気になってしまうんです(笑)。置いてあるものや本棚、こういうところにティッシュを置くんだな、ゴミ箱はビニールが出るタイプでかわいいな、とか。そんなに凝視しているのはなんだか失礼だなと思って。
島本:でも、私も本棚とか見ちゃいます。
松井:目の置き場に困ってしまって、リラックスするまで時間がかかります。でも、先日仲のいいご夫婦から「たこ焼きパーティーをしに来ないか」と誘われたんです。楽しそうだなと思ったのでお家へ伺ったら、なぜかたこ焼きの粉でもんじゃ焼きを作れるか、という検証が始まって。その時、普段はしないことに挑戦して、みんなであーだこーだ言い合う時間が関係性をより深くしてくれるんだなと思いました。それからは、「家に行けば想像もできない楽しいことがあるかもしれない」と思えて、人の家に行くハードルが下がりました。

─家の中では普段できないことを思い切れてしまうのかもしれませんね。島本さんは、大切な人と囲む食事に関するエピソードはありますか?
島本:私は子どもの頃、お正月は必ず母方の祖父母の家で過ごす決まりだったんですね。祖母はおせちやお雑煮などお正月料理を全部手づくりする人だったんですが、亡くなってしまってから手づくりの正月料理を食べる機会がなくなってしまったんです。あれだけの支度をするのは大変なので、誰もやらなくなって。
でも突然、おせちを食べたくなったんです。コロナ禍で時間もあったので作ってみようと思い立って、そうしたら同じように家にいた夫が「僕も作ってみたい」と言うので、分担して、その年、初めておせち作りに挑戦しました。彼は北海道出身で、向こうのおせちは甘めの味付けだったりして、そういう故郷の馴染みの味が混ざるのも面白いですね。