2026年3月11日(水)にリリースされた、椎名林檎の新作アルバム『禁じ手』。
同郷で古くから親交のある向井秀徳や、三宅純のような大御所から、millennium paradeなどの椎名より下の世代の才能までが集結した本作。なぜ、日本を代表する作曲家 / 演出家である彼女は、あえて「他者の才能」を求めたのだろうか?
音楽ライター・兵庫慎司が、椎名林檎の根底にある「人の才能に魅了される能力」をキーワードに、かつてなく新鮮でアバンギャルド、それでいて極めてポップな本作の魅力と、そのクリエイティビティの深層を紐解く。
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椎名林檎が繰り出す『禁じ手』。自作曲を封印した新作アルバム
2026年3月11日(水)にリリースとなった、椎名林檎の新作アルバム『禁じ手』。タイトルは、自分で作曲することを封印し、他のアーティストの作品に客演した曲と、他のプロデューサーとの共作楽曲のみを収録する、という本作のコンセプトを表している。
2013年にリリースされたコラボレーションベストアルバム『浮き名』の系譜を継ぐ位置付けの作品で、アルバムタイトルの付け方もその流れであり、ジャケットが宇野亜喜良による描き下ろしである点も『浮き名』を踏襲している。しかし『浮き名』はデビューからの15年の間に男性アーティストとコラボした曲を集めたアルバムであるのに対し、本作はニューアルバムという立ち位置なのが異なる点である。
先行リリースされてから『禁じ手』に収録されたのは、伊澤一葉参加の“芒に月”、“松に鶴”の2曲、millennium parade参加の“W●RK”、“2○45”の2曲、そして、加藤ミリヤ参加の“愛楽”の計5曲である。
そして、新たに追加収録されたのが、以下の6曲。
2016年のリオ五輪のフラッグハンドオーバーセレモニー(次の五輪開催地へ五輪旗の授受を行うセレモニー)の音楽監督を椎名林檎が務めた時に、編曲や作編曲を依頼した音楽家、三宅純が作編曲を手掛けた、“至宝”と“憂世”。
1990年代中盤から2000年代前半にかけて、「日本でもっともCDが売れた時代」を作った重要なひとりである伊秩弘将の楽曲を、椎名林檎が大胆に編曲した“苦渋”。さらに、メロディの展開も、それに対する椎名林檎の日本語の載せ方も、自在極まりないサウンドメイクも新鮮な、BIGYUKI作編曲の“覚め醒め”と“秘め初め”。
また、作詞曲が向井秀徳で、編曲が椎名林檎という、これまでも何度も組んできた2人が歌う……というか、椎名林檎は歌い、向井秀徳は曲に声を入れる“SI・GE・KI”も収録されている。この曲はZAZEN BOYSのファースト・アルバム収録曲のカバーである。
このように、本作で初めて発表された新曲も、先行リリースされていた既発曲も、これまでの椎名林檎の作品にはなかった新鮮さと驚きに満ちている。
向井秀徳がNUMBER GIRLの頃から使い続けているフレーズ<くりかえされる諸行無常 よみがえる性的衝動>も、本作ではまったく違った響きを持っている。それは決して、「椎名林檎の声でも再現されているから」という理由だけではない。