登山と音楽活動を並行する、異色の5人組バンド・スーパー登山部が注目を集めている。
コンポーザーである小田智之(Key)を中心に2023年に結成し、愛知を拠点に活動する彼ら。バンド名の通りメンバー5人が実際に山に登るのも特徴で、各地のライブハウスだけでなく標高3000m付近の山荘でライブを開催したこともある。
彼らの魅力はそんなユニークな活動形態だけでなく、ポップスとしての高いクオリティを持つ音楽性だ。ジャズやフォークなど様々な要素を活かした幅広い音楽性、ボーカリスト・Hinaの伸びやかな歌声、高いプレイヤースキルを持つメンバーたちの演奏やアンサンブルも聴きどころになっている。
2025年末から2026年初旬にかけては、テレビ朝日『EIGHT-JAM』の恒例企画「プロが選ぶ2025年のマイベスト10曲」において、蔦谷好位置が選ぶ2位に“燕”が選曲された。またTOKYO FM『桑田佳祐のやさしい夜遊び』の企画「桑田佳祐が選ぶ、2025年邦楽ベスト20!!」にも同曲がランクインするなど、アーティストからの評価も高い。
そんな2026年の音楽シーンの台風の目となる予感を孕む彼らにインタビューを行った。話を聞いてわかったのは、彼らの「山×音楽」というコンセプトが、単なるアイデアや企画としてだけでなく、表現の根幹にしっかりと根付いているということだった。
結成の経緯から今後の展望まで、たっぷりと語ってもらった。
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2023年結成、愛知を中心に活動中の5人組バンド「スーパー登山部」。3000m付近の山荘でのライブやライブハウスでの活動など、その名の通り登山活動とバンド活動を並行して行い、足腰を鍛えながら精力的に活動している。バンドのアートワークやグッズデザインなどはいしはまゆうが手掛け、作曲を行う小田智之の多様なジャンルの融合と自由な音楽性で、聴く人の想像力を刺激し自然や情景を思い浮かべるような物語の提供や、Hinaの感情豊かな透明感と広がりを持つ「風のような歌声」で、『山』×『音楽』をコンセプトに唯一無二の活動を行い、頂きを目指すトラバース(縦走)を続けている。
スーパー登山部結成の裏側
―スーパー登山部は小田さんを中心に結成されたバンドなんですよね。どういう風に始まったバンドなんでしょうか?
小田:僕が当時、愛知県長久手市の「文化の家」という公共ホールとアーティスト契約をしていて、その契約満了のタイミングで卒業公演をしようと思ったんです。コンサートホールでバンドとオーケストラ編成の豪華なコンサートがしたいな、と。
それで2023年の元旦に、熱田神宮で梶さんと初詣をした時に「バンドやりたいね」と、そのコンサートをするために声をかけたのがスタートでした。

―メンバーの皆さんは小田さんの音楽仲間という感じのつながりだったんですか?
小田:そうですね。それぞれ違うんですけど、Hinaちゃんは大学の後輩で、大学の先生経由で知ったボーカリストという感じでした。梶さんは大学の先輩で。いしはまくんは共通の音楽仲間のコミュニティがあって。
で、深谷さんは雲の上の存在というか(笑)。中村佳穂さんのライブでドラムを叩いてる人という認識でした。
深谷:ちょっとズルいのが、僕が酔っ払ってる時に話が来たんですよ。その時はまだ曲も知らなかったんですけれど。
小田:「この日にここで飲んでるよ」みたいな情報だけ入ったんで、遅めの時間に行ったら真っ赤な深谷さんがいて。そこで正直に「一緒にバンドやりたいんですけど、やってくれませんか?」って言ったら「いいよ」って。
深谷:あんまりそういうことを言われることがなかったので。「珍しい人がいるな」と思って。それで二つ返事で引き受けました。

―いしはまさんはどうでしょうか?
いしはま:小田くんがサポートでやってたバンドと仲良くて間接的には知ってましたが、その時はスーパー登山部っていう名前すらなかった。最初はホール公演をやるためだけの集まりだったから。僕も「それなら参加してみよう」という気持ちでした。

―小田さんはボーカリストとしてのHinaさんについてはどう見ていましたか?
小田:同じ音大なんですけど、試験の時に先生から「Hinaちゃんの伴奏してほしい」って頼まれて行ったんです。一声聴いた瞬間に「こんな人いたんだ」みたいな衝撃が走って。「この人と何か一緒にできたらいいな」ってその時から思ってたんです。でもHinaちゃんは自分でバンド活動とかソロで歌う活動を全然してなくて。梶さんとバンドの話をした時すぐに声をかけました。
―Hinaさんはなぜそれまでソロやバンドの活動をしていなかったんでしょうか?
Hina:自分は小学校ぐらいまでは「自分が世界で一番」みたいな、学芸会で主役をやるようなタイプだったんです。でも中学校の時に入った合唱部が強くて厳しいところで、いろいろなことを叩き込まれてから表に出ることに対して壁を感じるようになって。

Hina:理由はないんですけれど「どうせ埋もれちゃうしな」と思ったり、曲を作る自信もないし、それで能動的に動けずにいて。そのまま「就職するか、しないか」くらいの段階に来て、ようやくヤバいと思うようになったんです。
先生とか友人とかにも相談していた時に、たまたま小田さんから「バンドやろうと思ってるんだけど」って誘われて、「先がどうなってもいいから、1回やってみよう」と思いました。
自分の声がバンドサウンドと合わないんじゃないかという不安もあったんですけど、小田さんだったら自分の声に合う曲を作ってくれるんじゃないかと思って行ってみたら、この5人が集まったという感じでした。
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5人で山に登って、同じご飯を食べて、同じキツさを体験したからこそ生まれた結束
―そもそも、最初から「登山をコンセプトに」という話ではなかったんですね。
小田:そうですね。当時、僕の中で挑戦したいことが2つあって、1つは「バンドを頑張ろう」、もう1つは「登山を頑張ろう」だったんです。もともと登山が趣味で、雪山にも登ってみたいという思いがあったんですけど、ソロで登るのはリスクがあることを知っていたので「人付き合いは苦手だけど山岳会に入ってみよう」と決意して。そこからバンドと趣味の登山の2つが並行して進んでいきました。

―「スーパー登山部」という名前の由来は?
小田:初ライブの時にバンド名を決めなきゃいけなくなって。みんなと話した時に、深谷さんが「スーパー登山部どう?」みたいに言い出して。
Hina:小田さんが登山してることは4人とも知っていて。うちらはその時はまだ誰も山に登ったことがなかったんですけど、興味はあったんです。それで「名前を決めよう」となった時に「スーパー登山部」ってつけたんです。「スーパー」は、梶さんが作ったこのメンバーのLINEグループの名前が「スーパーバンド」だったので。
梶:その名前は本当に適当につけたんですけれど(笑)。
小田:で、「『スーパー登山部』という名前でやるんだったら、みんな1回は登山しようよ」と言ったら、みんなも「いいよ」って言ってくれたという。
―皆さんは「登山しよう」と言われてどう思ったんですか?
いしはま:僕はもともと興味がありました。富士山に登ってみたいという目標を持ったことがあって、その時に小田くんに相談して「富士山に登ろう」というLINEグループまで作っていた状態だったので。
Hina:私も登山をしてみたい気持ちはありました。今みたいな状況になるとは思ってなかったですけど、運動は好きだし、趣味になったらいいなとは思ってましたね。ただ、ハードルが高かったので。リスクもあるし、山を知ってる人についていく形じゃないとなかなか登山を趣味にはできないなと思っていたので。
「ちょうどいいじゃん、連れてってもらおう」って思って。それで、初ライブをした時の物販の売上で登山靴を買わせてもらって、5人全員で初めて登山をしました。
深谷:僕は年齢が一番上だし、健康を意識していたので乗り気でした。
梶:僕は「まあ、やってみてもいいかな」みたいな感じでした。
―全員が一緒に登ったことで、音楽的な結びつきだけじゃないバンドの結束が生まれた感覚はありましたか?
いしはま:そうですね。普通のバンド活動だったら時間をかけて団結していくところを、早く結束できた感覚はあるかもしれない。5人で山に登って、同じご飯を食べて、一緒に行動して、同じキツさを体験していたので。
―小田さんとしてはどうでしょう。1人で登山するのとバンドで登山するのはどういう違いがありましたか?
小田:シンプルに、人と登るのは楽しいなと思いました。自分はもともと人付き合いが得意ではないし、話すのも疲れるタイプなんですけど。山登りを通してメンバーの個性が見える、人となりに触れられることが、音楽やバンド活動にも自然と生きていると思います。
もちろんバンド活動においては音楽的なやり取りがコミュニケーションのメインではあるけれど、そうじゃないところにも音楽の本質が詰まっていると思うので。そういったものを登山の活動の中で感じたり受け取ることができているのは、それまでの音楽活動とは全然違うなって思います。

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景色を共有することで生まれる「スーパー登山部らしさ」
―スーパー登山部の結成に至る前の小田さんの音楽のルーツもお伺いしていいですか?
小田:自分は幼稚園の年長の頃から音楽教室に通ってクラシックピアノを始めたんですけど、あんまり真面目なタイプではなくて。ゲームが好きで、ゲーム音楽も好きだったので耳コピして弾いたり、アニメとかドラマを好きになってからは、主題歌や劇伴音楽をピアノで弾いてました。
自分が好きな曲を自由に演奏するスタイルでずっとピアノと向き合ってきて、YouTubeに「弾いてみた」を投稿したり、高校生の時にボカロを知ってボカロ曲を作ったりとか、そういう感じでした。
―幼少期の原体験はゲームミュージックで、思春期はアニソンやボカロを聴いてきたんですね。影響を受けた人を挙げるとするならば?
小田:いろいろいますけれど、ボカロだったらじんさんとか、あと今は作曲家として活躍されてる西島尊大さんとかは好きで聴いていました。アニソンは菅野よう子さんとか、神前暁さんとか、劇伴もやっている作家さんにすごく憧れを持っていました。
―スーパー登山部はアウトドアなバンドであるけれど、小田さんのルーツとしてはインドアというか、ネットカルチャーやアニメやゲームの影響も強かったんですね。
小田:そうですね。ジャズと出会ったのも『坂道のアポロン』というアニメがきっかけで。そこで石若駿さんとかがドラムを叩いてる音源でジャズを知って「めっちゃかっこいい」と思って、大学のインカレのジャズ研とかに遊びに行くようになって、自分もジャズピアノを練習したりしていました。
―小田さんはコンポーザーとしていろんな曲調やサウンドを作れる方だと思うんですが、スーパー登山部の音楽性についてはどんな考え方がありましたか?
小田:シンプルに好きな音楽を作るだけで、ジャンルは固定せずにやろうと思っています。もともとコンサートをやりたいと思ったのも、自分の歌モノの曲を発表できる場所がほしかったので。最初は登山も関係なかったし、音楽を純粋に楽しめる曲作りができたらいいな、と取り組んできた。その結果が今までの楽曲に表れているなと思っています。
今はアルバム制作をしているんですけれど、まさに、改めて「登山部印」ってなんだろう? っていうのを考えながら残りの曲を作っているところです。
―メンバーのみなさんは、ここまでの活動を経て「スーパー登山部らしさ」はどういう風に育ってきたと思いますか? 自分なりに「登山部印」はどういうところにあると思いますか?
深谷:僕としては、明るい曲でもちょっと泣きとかエモみたいなものがあるのが特徴かなって思います。
Hina:登山をすることで「景色を共有してる」というのが一番大きいかなと思います。ピンポイントなんですけれど、深谷さんのドラムのブラシの音から、風とか景色を感じるんです。そこに歌を乗せるという感覚なので。ドラムとかギターとか、楽器から出る環境音みたいな音が「ネイチャーな感じ」になってきたなって思います。

いしはま:一緒に山に登ったり、自然に触れ合ったり、そういうアンテナを張るようになった上でギターを弾いているので。ノイズに対して「これは鳥の鳴き声みたい」と思ったり、ギターの歪みがバーンって広がるのにも「これはあの時の景色みたい」って、登山の中で見た景色と結びつけていて。あんまり具体的にどうこうしようとかはないんですけど、そうイメージしながら弾いてるだけでも、何かが出てるのかもしれないです。
梶:結果論ですけど、Hinaちゃんの声と小田くんのハーモニー感、リズム隊も含めてジャジーなサウンド感がある中で、いしはまくんのそこを全く介さないバンドマンとしてのギターが特徴になってるんじゃないかなと思います。
いしはま:僕はバンドのサポートメンバーとしての経験がなくて、ジャズも別に通ってないし、ジャズに合わせているわけでもない。高校生の頃からギターロックやギターポップのバンドとか、ベッドルームポップとか、自分の好きなものしかやってきていないので、そういうバランスが上手く作用してる気がします。
小田:他にも上手いギタリストはたくさんいるんですけど、僕はいしはまくんのソロでやってる楽曲にすごく惹かれていて。バンドのグッズデザインとかアートワークもやってくれているし、創作に対しての姿勢とか、それも含めたギターの弾き方みたいなのにすごくセンスを感じる。それがバンドの中で光ってる感じがします。

―改めて小田さんはこれまでの活動を振り返って、「スーパー登山部らしさ」というものはどのように育ってきたと感じますか?
小田:さっき話したように、最初は登山とは切り離して、素直に純粋に音楽を作っていたんですけれど、だんだん2つが影響しあうようになっていった感じがします。登山の中で受けたインスピレーションが音楽に表れたり、逆に音楽制作をしている時の感情や景色に対して、山に登った時に「あ、そういうことだったのか」って気づくことがあったり。その相互作用の中で今までの曲ができてきていると思います。
アルバムを制作する中で、「スーパー登山部らしさ」というのは結局身体性の部分にあるんじゃないかなって、現時点では思ってて。この5人が身体を動かして鳴らしてる音が音源にも入っているし、ライブでも実演している。やっぱり楽曲のジャンルに隔たりはないんです。
「山×音楽」というコンセプトが軸にあるので、音楽はいろんなものをやれる。そういった自由さがある中で、この5人が身体を動かして山に登って、同じ景色見て、同じようにライブハウスで音を鳴らして、楽曲制作も一緒にやっている。その結果が「登山部印」なんじゃないかと思います。
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標高3000m、白馬山荘でのライブで得た音楽へのフィードバック
―2024年、2025年と長野県の白馬山荘でライブをやっていますよね。あれはどれくらいの人が集まったんでしょうか?
小田:2025年は5日間で800人ぐらいが集まりました。「こんなにたくさんの人が集まるんだ」って驚きましたね。
Hina:ただ、途中で足を挫いて来れなかった人もいたみたいなので。
―標高3000m付近の山頂近くでライブをするのって、大変じゃないですか?
Hina:はい。空気が薄くて、酸素缶も意味ないんじゃないかと思うくらい息を吸うことができないので。ただ、去年は5日間連続で山の上でライブをしたんです。そしたら1日目は本当に苦しかったんですけれど、5日目くらいにとんでもなく歌えるようになっていて。なんなら調子いいくらいだった。で、山を降りて東京でライブしたらさらに歌えるようになっていた。
―アスリートの高地トレーニングみたいな効果があった、と。
Hina:本当にそうなんです。最初はキツいんですけど、声は一番フィジカルに出るから、定期的に山に登ったほうが本当にいいかもしれないと思います。

―みなさんも楽器を担いで山に登るわけなんですよね?
いしはま:僕はギターとエフェクターボードを持っていくつもりだったんですけれど、あまりにも重かったんで小田くんに任せました。
小田:僕は88鍵のキーボードとエフェクターボード合わせて30kgを持っていきました。
―そうやって過酷な登山をやったことによって、スーパー登山部としての音楽性にもきっとフィードバックがあるはずですよね。
小田:そうですね。今度「歩荷」(※)をテーマにした曲を作ろうと思っているんです。それができたらみんな共感してくれると思います。
※自動車やヘリコプターが利用できない山間部の山小屋へ、食料、燃料、資材などの生活物資を背負って運ぶ作業のこと
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「頂上に行けなくてもいいんじゃないか」山を登りながら生まれた気づき
―スーパー登山部の楽曲は、山を登ってる時に見える景色や情景を歌っている曲が中心だと思うんですが、登山をしない人にも広く共感できるものだと思うんです。たとえば“頂き”とか、モチーフは山を登ることであっても、いろんな人生の局面に重ね合わせられるような曲になっている。そのあたりについてはどうですか?
小田:定番な問いですが、「なんで山に登るのか」を自問自答することがあるんです。その答えは変化し続けるもので、なんだかわからずに登ってる時もあれば、登ること自体に快感がある時もある。
“頂き”には<頂きと思って近付くと 道まだ続くと気付いて嫌になる>という歌詞があるんですけれど、ふと「あれ? そうじゃないかもしれない」という感覚が生まれた時があって。その気持ちの転換が起きた時に、生活とかバンド活動とか、人生の中での見え方も変わったんですよ。
―どういう転換があったんですか?
小田:ずっと何かの目標に向かって歩いていて、それを達成しないとダメだし、そこに向かっていくことだけが全部だと思ってたんです。けれど、登りきっても結局その先がある。シンプルに登っていること自体をもっと楽しんでもいいんじゃないかって。なんなら、頂上に行けなくてもいいんじゃないかとか、登った先からまた次の道を考えたらいいんじゃないかって気づいたんです。

小田:そういうことは“燕”の歌詞にも入れてるんですけど。山を登る中で気づいた発見っていうのが自分自身の人生にも生きてて、それを歌詞にすることで他の人にとっていろんな響き方をしてくれているのは、素直に嬉しいですね。
―“燕”はどういうモチーフや景色が軸になっているんですか?
小田:作曲ができた段階で、稜線(※)や、稜線から見える景色が浮かんでて。いしはまくんと「どういう歌詞にしようか」という話をした時に、視界が開ける心地よさや、解放される気持ちに向き合ってみようっていう抽象的なところから書いていきました。
※山地の一番高い山頂と山頂をつなぐ尾根のこと
いしはま:山に関係なく、普段の生活でも視野が狭くなって苦しくなる感覚があって。稜線というテーマから、視界の開け方とリンクさせて届けられたらいいなみたいな軸は2人で決めて作りました。
小田:タイトルの“燕”は「燕岳(つばくろだけ)」っていう山からのインスピレーションもあって。NHKの『山女日記』っていうドラマで燕岳が素敵に描かれていて。自分は当時登ったことがなかったんですけど、そこに対してずっと憧れがあった。その思いも歌詞に入っていたりします。