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自身と世界の未知に出会い「わくわく」していることこそが、XGの本質
けれども、新アルバム『THE CORE – 核』の1曲目“XIGNAL (The Intro)”を聴いた瞬間に、そんなストイックな印象にXGを当てはめるのはもったいないと感じてしまった。宇宙旅行を思わせるような没入感ある音世界に、「ヤバい!」と楽しそうに叫ぶメンバーの声がこだまし、“GALA”へと繋がっていく。
なんてわくわくするのだろう! ここには、「プロフェッショナルでよくできている」という感情以上に、高揚感に包まれながら自分の中から次々漏れ出てくる「わくわく」があるのだ。この期待感は、完成度の先にしか立ち上がらない種類のものである。しかもそれは、メンバー自身が自分たちに対して抱いている感情のようにも聞こえる。
思い返せば、筆者が以前7人にインタビューを行なった際も、サイモン氏と対話した際も、そのことを強く感じた。XGにとって、アスリート的であること自体は目的ではなく、夢を叶えるための手段でしかない。そして、それ以上に、自身と世界の未知に出会いわくわくしていることこそが、XGの本質なのだ。

アスリート化したポップスターは、通常、自己像が明確である一方、未完成さや偶然性がそのままの価値になりにくい。けれども、XGは自分たちを固定化せず、未定義なままでいるように見える。
徹底的に準備し訓練したうえで、あえて自己を固定しないという選択。だからこそ、『THE CORE – 核』を聴いていくと、不思議な浮遊感に包まれる。完成度は高いのに、次に何が出てくるか分からない──その予測不能さが、聴き手の感受性を意図的に宙づりにする。ジャンルも物語も人格もひとつに回収されないからこそ、どこへ向かうか予測できないという期待感。
なるほど、「わくわく」は管理できない感情だということに気づく。訓練や戦略では再現できない興奮こそが「わくわく」であり、XGはその再現不可能な感情を、完成度の先で無邪気に描いているのだ。
忘れてはならないのは、XGにおける未定義とは、「定義を拒否する」わけではないということ。それよりも、自分たちの核をしっかりと固定したまま、定義をあえて先延ばしにするという能動的な態度のことだ。