世界の新しい見方を提示することを期待されるタイプの芸術家がいる。
音楽をどのように聴くかは人それぞれだが、坂本慎太郎は、そういった期待を集めてしまう音楽家と言って間違いないだろう。この世界をどう生きたらいいのか、社会が混迷を深めれば深めるほど、その目がどのように世界を捉えているのか、手がかりを探して坂本慎太郎の音楽を私は聴いてしまう。
約3年半ぶりとなる新作『ヤッホー』を聴いて驚いた。自分の生きる世界をどこか超越的に眼差していると思っていた坂本慎太郎が、不条理なまま宙吊りになった世界で当事者の目線から歌っている。
「何を基準にすればいいかわからない。そんな時代にどうすればいいんだろうという感覚が、根底にかなりある気がします」。
坂本慎太郎は今回の取材で静かに、ゆっくりとそう語った。彼ほどの芸術家がそう語ることの重さについて、私はどうしても考えを巡らせてしまう。その目は今どのように世界を見ているのだろう。以下、ライターの松永良平によるインタビューである。
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1967年9月9日大阪生まれ。1989年、ロックバンド・ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。2010年、ゆらゆら帝国解散後、2011年に自身のレーベル、「zelone records」にてソロ活動をスタート。2026年1月23日、約3年半ぶりとなる新作『ヤッホー』を発表した。さまざまなアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供ほか、活動は多岐に渡る。
ライブ会場をざわつかせた新曲、「いつもと同じ」という当人の感覚
─新作『ヤッホー』の収録曲が最初にライブで演奏されたのは、去年7月のLIQUIDROOM公演(2025年7月16日)でしたね。“おじいさんへ”、“あなたの場所はありますか?”、そしてアンコールで“ゴーストタウン”。
坂本:はい。あの時点でできていた新曲をやりました。
─「新曲です」とMCして演奏されたこともすごく異例に感じました。
坂本:2025年は7月のリキッドまで半年以上ライブがなかったので、その間にアルバムを仕上げようと思ってたんです。だけど歌詞が一部間に合わなくて、結局レコーディングをいったん中断しました。その間でやったライブだったので、新曲をやろうかなという気分になりました。
─観ていた人たちは、「わ!」と声には出さないですけど、ちょっとざわっとした印象がありました。まずは飄々とした“おじいさんへ”の歌詞に虚を突かれたんですが、続けて演奏された“あなたの場所はありますか?”の歌詞をリアルに感じて驚いた人が多かった。坂本さんがずっと歌ってきた内容ではあるけど、表現をメッセージ的に感じた人も多かった印象でした。
坂本:そうですかね? 前もああいう題材の歌詞はありますけどね。
─そのライブでの3曲からも感じたんですが、完成したアルバムを聴いて、坂本さんの音楽を借りて現実のヘビーさがゆっくりじっくりとこっちにやって来る感覚がありました。もちろんポップな曲もあるけど割合としては控えめで。
坂本:そうですか? でも制作の過程は、いつもと同じ感じです。曲をコツコツ作り貯めて、まあこれだったらいいかなという曲が10曲貯まったから出す。アルバム通してのイメージやコンセプトがあって、それに向かって作ったってわけではないです。
でも年々ハードルが高くなってるというか、及第点の曲ができても、「まあこれなら昔から何曲もやってるしな」とか、新鮮味が全然ないなと思って割とボツになっちゃうんです。それをくぐり抜けた10曲でした。

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この世の中のムードで、無責任なこと、能天気なことは歌えない
─歌詞は最初どれから付けたんですか?
坂本:“おじいさんへ”です。
─ああいう軽やかなロックンロールっぽい曲は前作にもあったけど、歌詞が衝撃的でした。
坂本:できたときはちょっと恥ずかしかったし、さすがにどうかなと思ったんですけどね。勇気を持って出すと、だんだん後から効いてくるというか。ちょっと恥ずかしいぐらいが、ちょうどいいのかなと思いました。
この曲はまあ、自分の年齢も関係あるでしょうね。ちょっと自虐も入ってますから。でも、他にいろいろな意見を言う人はいました。麻生太郎のことじゃないかって言う人もいましたし、単なるほのぼのソングだと思った人もいます。聴く人の心の持ちようで、全然違うように聴こえるんだなと思いました。
─そこから次に歌詞ができた曲というと?
坂本:“正義”ですね。
─“正義”で歌われているような息苦しさも、これまで歌ってきたと思うんですが、そのフォーカスがはっきりしているように感じられるんです。
坂本:そうですか。だんだん(自分が)単純化されてきて、「もうそのまま言う」みたいになってきた感じなんですかね。
─タイトル曲の“ヤッホー”は?
坂本:あれも夏前には歌詞もできてました。
─前作『物語のように』(2022年)の“スター”みたいな、もうこの世にいない人たちへの思いを歌った曲かと最初は思ったんです。でも、もっと現世的な呼びかけでした。
坂本:そうかもしれないですね。“ヤッホー”も、“おじいさんへ”と同じで、ポロって言っちゃったみたいな感じでできたんですよ。先にできているメロディ―に対して、ポロッと言っちゃったことはなるべく採用するというのが自分ルールというか。当たり障りのない言葉よりも、ちょっと恥ずかしくても浮かんだ言葉を思い切り出すほうがいいのかなと思ってます。
坂本:「ヤッホー」は、英語にすると「Yahoo!」みたいな字面だけど、意味を調べたら登山用語で、遠くにいる人に自分の居場所を示すための言葉みたいなので、そういう意味でもすごくいいなと思ったんです。デザイン的にジャケットに「Yoo-hoo」って描いてあるといいかなっていうのもあります。
―ポロッと出てきた言葉だから響くものがあるのか、坂本さんの世間の空気や気分に対して「外していない」感覚を感じます。
坂本:マーケティングして、今世間がこうだから、こんな感じでいこうみたいなのではないんですよ。自分が日々生活していく上で自分が楽しくなれるやり方を考えると、これだとちょっと違うかな、みたいなのがいっぱい出てくる。そこくぐり抜けて合格ラインまで行ったものが曲になる。
今の自分が生きているムードの中でどう聴こえるかは、やっぱり影響されている気がします。もちろん自分とは全然違う感じ方をしてる人もいるだろうから、僕がやってるのは「自分の感じ方」ってことになりますけど。

─そこはずっと一貫してるじゃないですか。同調は求めていない。
坂本:自分が歌ってて最低限イヤじゃないみたい感じ……という程度ですかね。さすがにこのご時世に無責任とか能天気なことを歌ってたら、自分でも気持ち悪い感じになりますよ。それを跳ねのけてひたすらアッパーなこと歌えるぐらいの強靭な精神があるなら、それはそれでいいのかもしれないですけど。
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「心が病んでるんじゃないですかね、みなさんが」
─アルバムの核になる曲はどれだと思いました?
坂本:“あなたの場所はありますか?”は、自分としては今まであんまりなかった感じの曲ができたと思ってます。前からやりたかった「定型のブルース進行だけど変な曲」っていうのがやっとできた曲でした。あと“麻痺”は、ライブでやっても盛り上がりそうだし、こういう曲も作るのが難しいので、できてよかったなと思ってます。
─新作で、なかなか歌詞ができなかった曲はどれですか?
坂本:残っていたのは、“麻痺”、“脳をまもろう”、“時計が動き出した”、“なぜわざわざ”の4曲です。
─どれもアルバム中盤の重要な曲ですね。とりわけ“時の向こうで”から“なぜわざわざ”の流れには身をつまされます。“時計が動き出した”での<魔法が解けてきた><時計が動き出した>ってどういうことなんだ? と考えさせられたり。
坂本:はい。
―“麻痺”の<心が薄い><体が遅い>も絶妙な表現だと思います。SNSのスピード感、AIが浸透する社会への「麻痺」でもあると感じられるけど、でも元には戻れないと歌われる。“なぜわざわざ”では音楽への賛同みたいなものが提示されますけど、過去形です。
坂本:多分、心が病んでるんじゃないですかね、みなさんが。そう聴こえるのは、ちょっとナイーブになってるところもあると思います。まあ、自分も含めてかもしれませんけど。今回、あれですかね、そんなに歌詞で怒りを出してますかね?
─直接的に怒りの表現を受け取ったわけではないです。でも、これまではもう少し違う言葉や表現だったものを、坂本さん自身が先ほど言ったように、割と言葉を選ばずにシンプルに言ってるのかもしれない。
坂本:『ナマで踊ろう』(2014年)のときもそういう言われ方はありました。
─それはそうなんですけど、さらにシンプルですよね。それに、坂本さん自身が感じているからこそ言葉になるんだろうし。
坂本:まあ、思ってないことは書けないんで、何かしら自分が思ってることではあるんですけど。とはいえ、自分が経験したことだけで全部が成り立ってるわけではないです。
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坂本慎太郎の歌詞は、どんな状態から書かれるか?
─歌詞を書く難しさは、そのサウンドに合うのかどうかとか、歌っててぴったり来るのかとか、いろいろあると思うんですけど、そういう意味では、今回は意味や中身の部分での難しさが割と大きかった?
坂本:今まで歌ったことのないテーマを探そうとか、言葉を探そうってことは、無理矢理にはしてないです。過去に歌ったテーマでも違った響き方をしたりする場合もあるので、結果がよければって感じです。
基本的には、自分でも思ってもいなかったような歌詞ができれば、それが一番よくて、「何で俺こんな歌詞書いちゃったんだろう?」みたいな、まるで他人が書いたみたいなもの。歌詞を書いているときは、それが何かの拍子でひらめくのを期待して待ってる、みたいな状態です。
坂本:でも、まとめる過程で普段考えてることに引っ張られるし、やっぱり自分が歌うとなるとしっくりくるかどうか。そういうことで、またかなりハードルが上がっていきます。
最終的にできた曲が自分で作った曲じゃない気がするのが、一番いいです。自分が作った気がしない曲になった、っていうのが自分にとっての「完成した」って感じです。そういうふうにできたのは、「もともとあった曲」みたいな感じがする。
─自分が書いた気はしないけど、坂本さんを通過したものでもある、それが理想。
坂本:そのほうが演奏するときとか、自分で聴くときに、他人事みたいになれる。自分のことを表現してるというよりは、そういうあり方の曲は楽しく演奏できます。
世の中の曲を聴くと、大体は「その人が作った曲」って感じがします。高次元なとこから現れた曲みたいな、もしくは、昔からの言い伝えのように受け継がれた曲みたいな感じまでいければいいなと自分では思ってるんですけどね。
─つまり、歌詞の中に自分の痕跡みたいなものがなるべくないほうがいい。そういう意味では、坂本さんの中から意図せずポロっと出てきた「おじいさん」だったり、「ヤッホー」という言葉も、そういう境地につながる糸口みたいな感じでもある?
坂本:そうなんです。こういうことを歌おうと思って、そこに向かって考えると、だんだん辻褄があった表現になってくると思うんですけど、いきなり「おじいさん」って言葉が出てくると、自分でもハッとする。
もっとパカーンと開いたような感覚になるというか。そういう状態を期待して、なるべく意図的に考えないようにしてるんですけど、なかなかそれは難しい。

─最終的に曲ができたと感じるのは、自分の手を離れた状態?
坂本:そこは考えてますね。最終的に曲ができたと感じるのは、誰でも自由に解釈できるというか、自分の手を離れた感覚のあるものなんです。
抽象的な言い方になるんですけど、すごく上手く曲ができたら、その瞬間に中心がパッカリなくなる。自分の存在がなくなって、曲だけになる感覚があって。それはかっこいいなと思ってます。どうすればそうなるかは自分でもわかんないんですけど、「なってる状態」と「なってない状態」の違いはわかるので、そのレベルにいくまで粘ります。
─だからこそ坂本さんの歌に、聴いた人自身が自分の感覚を投影したり解釈したりできる。
坂本:誰もいないはずの中心に、自分が見えるということですよね。それはやっぱり、世の中で起きてることと関係してるかもしれないです。
作り方自体はこれまでと変わらないんですけど、言葉のチョイスでいう神の視点みたいなものが、今あんまりしっくりこないというか。今そう言われてみて思ったんですけど、他人事みたいには歌いたくないというか、そのやり方はなんか違うと思ったのかもしれないです。
