スウェーデンの音楽家ラスマス・フェイバーにはいくつもの顔がある。プロデューサー、作曲家、編曲家、ピアニストなど、多面的な活動を展開する彼は、とりわけ日本では、アニメの名曲をジャズアレンジしてカバーする「Platina Jazz」シリーズや、数々のアニメ作品を彩る劇伴作家として、その名を知る人も多いだろう。
しかし、彼のアーティストとしての出発点は、2000年代初頭のハウスミュージックシーンにある。ケニー・ドープやルイ・ベガ、TOWA TEIなどの第一線のDJたちが、彼の作るエレガントで、メロディアスで、洗練されたトラックをこぞってクラブでかけ始め、一躍ハウスシーンの寵児となった。
その後、活動の領域をネオクラシカルやジャズ、アニメ音楽やゲーム音楽などの世界へと広げてからも、ハウスミュージックのプロデューサー / DJとしてのスピリットは根底に常に流れていたと言っていい。
そして2025年、彼は初期を思わせるカラフルでロマンティックで美しいハウストラックスを連続リリースし、再びこのシーンへと帰還した。2000年代初期から彼の曲で踊ってきたリスナーにとっては嬉しい出来事である。
クリスマス休暇前の自宅でラスマスを捕まえ、ハウスミュージックのクリエイターとしての彼に話を訊いた。パソコンの画面越しでもわかるような、ジェントルマン&ナイスガイな話ぶりが印象的だった。
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スウェーデン生まれのプロデューサー / DJ / マルチキーボーディスト。著名なジャズミュージシャンの父を持ち、幼少期からピアノを学び、ジャズピアニストとしてキャリアをスタート。ハウスミュージックへと活動を広げ、デビュー曲“Never Felt So Fly”や代表曲“Ever After”で世界的評価を確立する。日本では『So Far』『Where We Belong』などのアルバムで、ハウスシーンを越えた人気を獲得。日本では、数少ない外国人作曲家の一人としてアニメ音楽制作にも進出。ジャズと日本のアニメ音楽を融合させた『Platina Jazz』シリーズのプロデュースでも注目を集め、ジャンルを横断する唯一無二の存在として支持されている。
「長いサイクル」が一周し、再びハウスへ
─2025年になってから、ハウスのトラックを連続リリースされていますね。
ラスマス:実を言うと、2024年あたりから自分のなかでハウスミュージックとの繋がりを再び強く感じるようになっていたんです。今回リリースした楽曲自体は数年前から温めていたアイデアでしたが、以前はまだリリースするには適切な時期ではないと感じていたんです。当時の自分の興味は他に向いていたし、ハウスミュージックのシーンも僕が鳴らしたい音楽性とは少し異なっていたので。
ラスマス:ですが、ようやく今、それらが1つにまとまったように感じたんです。長い年月を経て、ある種の大きな「サイクル」が一周して最初に戻ってきた、ということなのかもしれません。そんな、極めて自然なタイミングでの回帰と言えると思います
─今回リリースしている曲は、2019年のアルバム『Two Left Feet』ともまた異なる、初期の頃の音楽性に戻っているような感じもあります。それは意識してのことなのでしょうか?
ラスマス:その通りです。というのも、前作の『Two Left Feet』は、僕にとって少し特殊な位置付けの作品でした。2010年代は世界的なEDMのブームが来ていて、僕もそれに合わせて、フェスティバルスタイルでDJプレイしていましたが、心のどこかで「自分の居場所はここではない」と違和感を拭えずにいましたし、かといってEDMのシーンに迎合しようという気もなかったんです。
ラスマス:だからこそ、EDMブームが下火になり始めたとき、自分なりの「カウンター」として、メロウで落ち着いたアルバムを作ろうと思ったんです。ハイエナジーでエレクトロニックなEDMシーンに対して、僕はあえてスローテンポでライブ感のあるサウンドを作ろうと。こうして自分なりの反抗として実際に作ったのが『Two Left Feet』でした。
─なるほど。EDM全盛期の頃は、やはりどこか「やりにくさ」を感じていたのですね。
ラスマス:世界的なEDMブームが来ること自体は自然な流れだと感じていましたが、抗うのは決して容易ではなかったですね。
クラブシーンはフェスティバル中心のものへと変貌し、EDMは、僕が大切にしてきた「楽器の生演奏」や「ジャズ、ラテンなど他のジャンルからの影響」といった多くのものを奪い去っていきました。僕だけでなく、同じような不自由さを感じていたミュージシャンは多かったんじゃないかと思います。

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音楽家としての2つの「原点」
─今回のハウストラックの連続リリースはラスマスさんにとって「原点回帰」と言えますでしょうか?
ラスマス:実は、そうとも言い切れないんです。僕には2つの異なるルーツがありますから。
1つは、アーティストとしてのルーツとなったハウスミュージック。そして、もう1つは音楽におけるもっと根源的なルーツとして、ラテン、ソウル、ジャズがあります。僕にとって「原点」は、この2つの階層があるということです。
─お父様もジャズミュージシャンですし、ラスマスさん自身もピアニストとしてキャリアを始めています。そこからなぜ、ハウスに惹かれたのでしょう?
ラスマス:そこには、ある種の「反抗心」がありました。子供の頃から父のコンサートには通っていましたし、父は素晴らしいミュージシャンとして尊敬もされていましたが、ジャズミュージシャンとしての人生はどこか苦労が多いようにも見えました。当時の僕の目には、ジャズの世界が少し閉鎖的なものに見えてしまっていたんです。
ラスマス:だからこそ、「もっと広い世界にジャズを届けたい」という想いが芽生えました。当時夢中になっていたアシッドジャズやダンスミュージックに、自分の好きなラテン、サンバ、サルサなどを乗せれば、より幅広いオーディエンスに新たな魅力として届けられるのではないか。そうした使命感に近い想いが、僕をハウスミュージックへと駆り立てていきました。
─その当時はどんなアーティストに影響を受けていたのでしょうか?
ラスマス:2000年から2001年頃、僕がストックホルムで本格的にダンスミュージックに取り組み始めた当時のシーンは、UKガラージとUS影響下のソウルフルハウスという、2つの流れに分かれていました。
僕はMJ ColeやArtful Dodgerに代表されるUKガラージのメロディックな側面から強い影響を受けていましたが、同時にMasters at Work、Blaze、ケニー・ボビエンといったアーティストを通してUSハウスにも強く惹かれていました。
ラスマス:また同じ頃、日本のアーティストであるMONDO GROSSOからも影響を受け、彼の感情豊かなダンスミュージックへのアプローチは、今も変わらず自分のなかに深く刻まれています。
─当時のスウェーデンのダンスミュージックシーンの盛り上がりはどうでしたか?
ラスマス:非常に活気に満ちていました。ナイトライフという意味でも、あの頃はスウェーデン史上でも屈指の充実した時代だったと思います。SNSがまだ存在していない時代で、スマホで撮影して記録することよりもダンスフロアで音楽に身を委ね、その瞬間を生きることに集中していました。音楽とダンスを軸にした強い共有体験があり、そんな時代の一部でいられたことはとてもラッキーだと思っています。
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「音楽理論や、楽器の演奏技術が、必ずしもプラスに働くとは限らない」
─ラスマスさんは楽器も弾けるし、幅広い音楽的な知識や技量を持っている。一方でダンスミュージックのクリエイターは楽器も弾けないし音楽理論も知らない、という人も多いですよね。あなたの知識や技量はハウスミュージックを作るにあたり、どういうふうに生かされているのでしょうか?
ラスマス:まずお伝えしたいのは、音楽理論や、楽器の演奏技術が、必ずしもプラスに働くとは限らない。むしろそれが自由な発想を妨げる「足枷」になることもあります。
楽器が弾けないプロデューサーは、知識がないからこそ、既存のルールに縛られない他のやり方で新たなヴィジョンを生み出します。目が見えない人が、視覚に頼れない分だけ耳が鋭くなるようなもので、ダンスミュージックにおける革新的なアイデアの多くは、音楽理論を知らない人たちの「表現したい」という欲求から生まれてきました。

ラスマス:ただ、僕の場合は、彼らが生み出したミニマムなループなどの手法を用いながら、自分の音楽理論を使って、そのスタイルを拡張することができます。これは、先人たちが築いた発見を土台に、新たな創造を積み重ねていく、まさに「巨人の肩の上に立つ(※)」という考え方そのものですね。
※「巨人の肩の上に立っている(Stand on the shoulders of giants)」 / 新たな発見や進歩は、偉大な先人たちが築き上げた知識や業績の上に成り立っているという慣用句
─では逆に、音楽的な知識や理論、経験や技術がダンストラックを作る際において邪魔だと思う時はありますか?
ラスマス:それは多々ありますね。ダンスミュージックの最大の目的は「踊らせるための音楽」にありますが、僕の優先順位はどうしても「音楽的な表現」に向いてしまいます。
その結果、音楽的すぎるトラックを作ってしまい、他のDJから「これちょっと音が多すぎるよ」なんて言われることも珍しくありません(笑)。その「目的」と「表現」のバランスには、いつも苦労させられます。
─DJにとってダンストラックは、観客を踊らせるための「道具」としての機能が求められるが、ラスマスさんは「作品」として作り込み過ぎてしまうということですね。
ラスマス:そうだと思います。特にハウスミュージックのトラックを作り始めた2002年頃は、まだDJの経験がなかったので、長いイントロやアウトロが何のためにあるのか、その目的すら理解していなかったんです。2004年頃にDJを始めてようやく、「なぜイントロが長くなければならないのか」ということを身をもって体感できました。

─なるほど。直近のラスマスさんの曲を聴いていると、いい意味で初期の頃と変わりなく、ポップでエレガントでメロディアスで洗練されているように思います。それは、意識的に寄せているのでしょうか? それともあなた自身の基本的な音楽の好みの部分も大きいですか?
ラスマス:僕のテイストが素直に出ているというのが大きいと思います。これまで多くのスタイルを探求してきましたが、最近は、あまり考えすぎずに、頭に浮かんだことを素直に形にしてみたいと考えています。
ラスマス:そして幸いなことに、ここ数年、メロディックでソングライティングに重きを置いたハウスミュージックの新しい波が来ているように思います。この状況が、自分の好きなサウンドを再び歓迎してくれるようなシーンになっているとも思ったんです。