多くの人が、大人と子どものあいだで揺れる10代を過ごしたのではないだろうか。もう子どもとは言えない、でも大人とも言い切れない。そんな宙ぶらりんな期間。そうした10代の複雑さにカメラを向けたのが映画『グッドワン』だ。父親たちとのハイキングで、17歳の少女サムが「大人の未熟さ」を意識する姿を瑞々しく描き出した。
これが長編デビューとなるインディア・ドナルドソン監督は、本作で「カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)」にノミネートされるなど、注目を集めている。今回、彼女にインタビューを実施し、20歳離れた妹との生活から生まれた本作の着想や、演出の指針となった「聞くこと」の重要性、そして自然描写に影響を与えた宮崎駿作品への敬意までを尋ねた。子を持つ親となり、改めて自身の10代を振り返る監督の誠実な言葉に耳を傾けてほしい。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
物語を生んだ、20歳以上年の離れた妹との時間
―『グッドワン』、とても面白く拝見しました。過去のインタビューで「コロナ禍に10代の異母姉妹と過ごしたことが、今作を生むきっかけになった」とお話しされていましたが、どんな点が、本作の物語へとつながったのでしょうか。
ドナルドソン:コロナ禍のロックダウン中、それまで一緒に住んでいなかった20歳以上年の離れた妹(当時16歳)と一緒に、実家で家族としての時間を過ごしました。彼女を通して「今の10代って、こういうものなんだ!」と実感したと同時に、実家にいたことも相まって「自分の10代の頃はこうだったな」という記憶が強く呼び起こされました。妹を通じて、昔の自分とつながるような感覚。あの経験がなければ、おそらく今回の物語を書いていなかったと思います。

アメリカの映画監督。2018年制作の短編映画『Medusa』で監督デビュー。長編デビュー作『グッドワン』は、2024年『第40回サンダンス映画祭』と『第77回カンヌ国際映画祭』の監督週間で上映され、「カメラドール(新人監督賞)」ノミネートを果たす。その後、同年の『第13回シャンゼリゼ映画祭』でアメリカ独立長編映画部門のグランプリを受賞、『第96回ナショナル・ボード・オブ・レビュー』で新人監督賞を受賞。父はニュージーランドの映画監督ロジャー・ドナルドソン。
―具体的に今の10代について感じたことと、ご自身の10代を振り返って共通した部分を教えてください。
ドナルドソン:コロナ禍だったので、妹はとにかく友達と会えませんでした。10代にとって友達は世界のすべて。彼女が常にスマートフォンで友達とつながっている姿を見て、その切実さを思い出しました。ちょうど家族中心の生活から、自分の世界を構築していく過程ですからね。家族旅行中であっても、友達はなにをしているだろうと気になって仕方がなさそうだったんです。私自身も昔、父とロードトリップに出たとき、同じように友達のことを考えていたので、その「家族との時間のあいだも切り離せない友人関係」の強さを感じました。
もう一点は、大人への過渡期にあるフラストレーションです。感情面では成熟して大人に近い部分もあるのに、親からは子ども扱いされる。「自分には多くのものが見えているのに、わかってもらえない」というもどかしさです。また、親を単なる「親」としてではなく、欠点もある1人の人間として、あるいは他人が親をどう見ているかという客観的な視点で見え始める時期でもあります。そうした大人になっていく過程の複雑さを、改めて深く考えました。
INDEX
本作を通じて示そうとしたのは「観察の力」
―本作は「聞くこと」に焦点を当てた作品だと感じました。社会では発言することが重視されがちですが、監督は聞くことの重要性をどう捉えていますか。
ドナルドソン:聞くことの大切さは、まさにこの映画の最重要テーマの1つです。主人公のサムは会話の中で主に聞く側にいますが、聞くことでその場に参加し、感情を動かしています。その静かなプロセスを、撮影と編集の両面で丁寧に伝えようと注力しました。

―一方で、本作の中年男性たちはよく話す存在として描かれていますね。
ドナルドソン:男性たちは互いに話し合ったり、沈黙を埋めるためだけに話したりしますが、サムは常に内容の裏側まで気を配っています。私はサムの静かな観察の力を示したかったのです。男性たちはサムの話を聞きませんが、代わりにカメラが聞いています。撮影においてカメラは、常にサムの心に耳を傾けるというアプローチをとりました。彼女の表情や感情の揺らぎを逃さないように、です。

―キャンプファイヤーのシーンで、マットと話すサムの表情を逃さないように捉えるカットが印象的でした。手前のマットも映しながらサムの顔を映す演出にはどのような意図があったのでしょうか。
ドナルドソン:マットが不適切な発言をした直後の、彼女のリアルタイムな反応を見せたかったのです。最初は月の話をしていて楽しげだったのが、不意を突かれる形で不快な話をされる。その瞬間の困惑や、どう反応していいかわからない表情をしっかり捉えたかった。
あのシーンを細かなカット割りで編集したくなかったんです。観客が、あたかもその場にいて彼女たちのそばで会話を聞いているような感覚。サムとマットが物理的に近い距離にいるその空間の緊張感を、そのまま見守るような表現になるように目指しました。
INDEX
ジブリ作品が、アメリカのインディー映画監督に与えた影響
―本作の撮影にあたって、影響を受けたアーティストなどはいますか?
ドナルドソン:撮影準備中に息子に初めて宮崎駿作品の『となりのトトロ』『崖の上のポニョ』『魔女の宅急便』を見せました。脚本を書く際はセリフのリズムに集中していましたが、ショットリスト作成中に自然環境の重要性に気づきました。
宮崎監督の描く、自然が生き生きと呼吸している世界観が大好き。特に、虫、泥、雑草といった細部への描写の素晴らしさ。それでいて、森の広大さといったスケール感も共存している。『グッドワン』でも、自然を単なる物語の背景にはしたくありませんでした。

ドナルドソン:自然環境を、キャラクターたちを見守るような空間として描きたかったのです。岩や水、虫たちは、人間がそこを通り過ぎるずっと前から存在し、去った後も存在し続けます。私自身が自然の中で感じる「自然の圧倒的な存在感」を、宮崎作品のように生き生きと表現したいと思って撮影にのぞみました。
INDEX
閉鎖的な大人の世界からの救い。スマホは17歳のライフライン
―劇中、主人公のサムはキャンプファイヤーでの出来事を境に、父親やその友人のマットという大人たちに対して深く失望します。これは監督ご自身の経験がパーソナルに反映されているのでしょうか。
ドナルドソン:映画で描かれた具体的な出来事が、そのまま私の実体験に基づいているわけではありません。ただ、サムが抱えている思いや感情の揺らぎは、私が10代の頃に感じていたもの、そのものです。具体的な事件はフィクションですが、そこに込められた感情の部分は非常にパーソナルな投影と言えます。

―監督ご自身も現在お子さんがいらっしゃいますが、自身が親になったことで、10代の頃と比べて大人や、親に対する見方は変わりましたか。
ドナルドソン:親になったことで、自分の親の気持ちが改めて痛いほどわかるようになりました。彼らへの共感が深まり、よりつながりを感じるようになりました。自分の親だけでなく、すべての親に対して尊敬と感謝の念を抱いています。
親とは、日々成長する子どもとの関係を築くために、常に我慢強さを求められる存在です。子どもを導きたいという思いと、その子自身の子どもらしさをありのままに受け入れなければならないという葛藤はきっと誰しもあると思います。親になって、その難しさを痛感させられている最中です。

―コロナ禍の10代にとってスマートフォンが重要だったというお話がありました。親としてはスマホの怖さを感じることもあるかと思います。本作ではそれが10代にとっての希望として描かれているのが新鮮でした。
ドナルドソン:私も1人の親としては、子どもがいつかスマホを欲しがる日が来るのがとてもとても怖いです(笑)。できるだけ先延ばしにしたい! ただ、この映画におけるサムにとって、スマホは友人たちとつながるためのライフラインです。父親たちとのハイキングという閉鎖的な空間から、自分の世界へ戻るための救いとして描きました。

ドナルドソン:サムは決して父親に無理やり連れてこられたわけではなく、自然も好きだし、父親との関係も基本的には健全です。その上で、スマホをバランスよく使いこなし、自分自身ともしっかり向き合える、非常にたくましくバランスの取れた若い女性です。私はそんなサムが大好きなのです。
―本作を観ればみんな、サムのことが好きになると思います。ありがとうございました。
『グッドワン』

1月16日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町他全国ロードショー
監督・脚本:インディア・ドナルドソン
出演:リリー・コリアス、ジェームズ・レグロス、ダニー・マッカーシー
2024年/アメリカ/英語/89分/2.00:1/5.1ch/カラー/原題:Good One/日本語字幕:堀上香
提供:スターキャット/配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
©2024 Hey Bear LLC.
公式サイト:https://cinema.starcat.co.jp/goodone/