「過去に旅をすれば、それは君の未来になる。そして、現在は君の過去になるんだ。(過去を変えても)何も変わらない」
「……『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はデタラメってこと?」
全世界興行収入およそ28億ドル、2010年代を代表する大ヒット映画『アベンジャーズ / エンドゲーム』(2019年)にはこんなセリフがある。ヒーローたちが宿敵を倒すためタイムトラベルに挑むこの映画では、その34年前に製作されたSF映画の金字塔『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)が、いまやポップカルチャーの基礎教養、そして「タイムトラベルもの」の基準となっていることが示されるのだ。
公開から40周年を迎えた2025年、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が特別上映としてスクリーンに帰ってきた。IMAXによる日本初の大スクリーン上映や4DXなど、最新の上映形式でアップデートされた体験は、まるで作品そのものが時間を超えて「今」に蘇るかのようだ。
世代を超えて愛され続ける本作は、どのようにして40年にわたり文化を走り続けてきたのか、この機会に振り返ってみたい。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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SF×青春ドラマで映画史に輝く唯一無二の傑作になった
物語の舞台は、1985年のカリフォルニア州ヒルバレー。高校生マーティ・マクフライは、科学者で親友のドク・ブラウンが、悲願のタイムマシンを完成させたことを知る。スポーツカー「デロリアン」の実験に立ち会うマーティだったが、ドクを襲撃した追手から逃走するうちに1955年へタイムスリップしてしまった。
そこで出会ったのは、若き日の自分の父ジョージと母ロレイン。ところがマーティは、偶然にも2人の出会いを妨げてしまった。このままでは自分がこの世に誕生しなくなってしまう━━マーティは両親の恋を成就させ、未来を取り戻すべく奔走する。
監督のロバート・ゼメキスと脚本家ボブ・ゲイルは、この脚本を長らく温めていたが、当初はスタジオ各社に断られつづけていたという。しかし1984年、ゼメキスは冒険映画人気のなか、同じく冒険映画『ロマンシング・ストーン / 秘宝の谷』(1984年)を成功させる。これによって、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はようやくユニバーサル・ピクチャーズから製作のゴーサインを得たのだ。
その後の快進撃ぶりをいちいち説明する必要はないかもしれない。本作は劇場公開されるや、アメリカの興行収入は2億ドル以上、世界興行収入は3億8110万ドルで、1985年最高の興収記録を達成。日本でも当時の洋画として屈指の大ヒットを収め、さらにVHSビデオの普及や地上波放送によって「おなじみの一本」となった。

折しも1980年代は、本作の製作総指揮を務める映画監督スティーブン・スピルバーグが『インディ・ジョーンズ』シリーズや『E.T.』(1982年)などを手がけ、「家族」や「若者」といった普遍的テーマをSF / ファンタジー映画に融合させて支持を得た時期。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』も難解な設定やロジックではなく、軽快かつエモーショナルな青春・家族ドラマを強調しつつ、「タイムトラベルもの」としての鮮やかさで観客の心をつかんだ。
巧緻なストーリーテリング、胸踊る演出、デロリアンやホバーボードなどに代表されるクールなビジュアルとアメリカ文化、そして劇中でタイムスリップする1950年代のノスタルジー。かくして『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、時代の要請に応えるのみならず、公開から40年を経た今も映画史に輝く唯一無二の傑作となったのである。

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6年で描き切った三部作が、時間のルールを定義した
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』から続編『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989年)、そして『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(1990年)へ。もともとシリーズ化の構想はなかったというが、ゼメキス&ゲイルのアイデアが膨らみ、物語は三部作となった。
人気作品のリメイクやリブートが顕著な昨今だが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズはこの3本かぎり。わずか6年のうちに製作された、たった3作の映画が40年もの年月に耐えたのだから、やはり映画史上もっとも稀有なシリーズと言っても過言ではないだろう。

そのかわり、フィルムメイカーたちはその影響をスクリーンに表現してきた。冒頭に触れた『アベンジャーズ / エンドゲーム』は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』方式とは異なるタイムトラベルを描くには、わざわざそのタイトルを参照し、否定しなければならないことを示している。
そもそも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』におけるタイムトラベルは、過去・現在・未来が一本の時間軸でつながり、過去での行動がそのまま未来を書き換えてしまうという発想に基づいている。複雑な設定でありながら、因果関係を視覚的に示すことで観客に直感的な理解を促した点こそ、本作がタイムトラベル映画の基準となった理由である。
近年の作品では、DC映画『ザ・フラッシュ』(2023年)は、タイムトラベルで母親の死を回避したことにより主人公の運命が変わってしまう、まさに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的ストーリー。
また、スピルバーグは『レディ・プレイヤー1』(2017年)でデロリアンを象徴的に登場させ、人気アニメ「リック・アンド・モーティ」の主役コンビはマーティ&ドクをパロディにした。
そのほか、現在ファイナルシーズンが配信され話題になっている『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のシーズン3では、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が公開された1985年が舞台の世界ということもあり、実際に劇場に観に行くシーンが存在するなど、劇中にさまざまなオマージュが散りばめられている。
このようにさまざまな映画やテレビ番組でシリーズのオマージュやパロディが繰り返されてきたのだ。
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体験型アトラクションやミュージカルで新たな魅力を切り拓いた
同時に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の特異性は、映画以外の形でその体験を伝えつづけたところにある。とりわけ親しまれたのは、ユニバーサル・スタジオの「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」。フロリダとハリウッド、そして日本の3つのパークで稼働したが、とりわけ日本では2001年のオープン時から世界で最後となる2016年5月まで来場者に愛され、累計体験者数は6000万人を超えた。

この「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」は、大スクリーンと揺れ動くデロリアンによる屋内アトラクション。乗客はドクとともに8人乗りのタイムマシンに乗り込み、デロリアンを奪ったビフ・タネンを追いかけるなか、タイムトラベルを自らの身体で味わうことになる。映画を観ていなくても楽しい、ユニバーサル・スタジオを代表するライドだった。
ほかにもビデオゲームやコミック、小説、ピンボールなど多様なかたちで展開してきた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズだが、その到達点が世界各地で上演されているミュージカル版だろう。2020年にイギリスで初演され、2023年にはアメリカのブロードウェイに進出。2025年4月からは、外国語版として初となる日本版が劇団四季により東京で上演されている。
ミュージカル版は映画の第1作をベースに、よりコミカルなタッチで展開。劇場空間全体が回路の基盤めいたデザインのなか、歌とダンス、テクノロジーとイリュージョンが融合した約3時間だ。
目の前で展開する怒涛のスペクタクルと、身体表現と映像表現が完璧に調和したサプライズの連続は、映画ともライドとも異なるライブ・エンターテイメントならではの体験。これぞ、新たな体感型『バック・トゥ・ザ・フューチャー』である。

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続編はなし。それでも40年間更新をし続ける名作
ゼメキスとゲイルは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の物語は完結しているとして、現在に至るまで続編映画は作らないことを明言し、リメイクにも許可を出さないことを強調している。あくまでも映画の物語は既存の三部作のみ、そのかわり別の形でシリーズを拡張してきたのだ。すなわちふたりは、40年間にわたって『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の体験を常に書き換え、新たな形で更新しつづけてきたのである。

だからこそ、このシリーズは今もなお確固たる基本を守りながら、時代や文化が変わりゆくなか、常に鮮烈なものとして存在してきた━━まるで、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という物語自体が、常にタイムトラベルを繰り返し、「未来」に蘇りなおしているようではないか。
公開から40年を迎えた今年は、日本国内も『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で賑わっている。先述した劇団四季によるミュージカル版から始まり、12月7日(日)に開催された「東京コミコン2025」では、ドク役のクリストファー・ロイドをはじめ、ロレイン役リー・トンプソン、ビフ役トム・ウィルソン、ジェニファー役クロ―ディア・ウェルズの来日キャスト4名が集結。「BTTFファミリー」が一堂に会するスペシャル・ステージが実現した。
また、映画第1作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が日本でも特別上映中だ。今回は日本初のIMAX上映が実現したほか、これまた「体感する映画」である4DX上映も実施されているから、やはりここにあるのは体験の更新だ。
ストリーミング隆盛の時代、映画館の未来が危ぶまれるなかでスクリーンに帰ってきた、タイムトラベル映画の金字塔。過去から未来へと疾走しつづける魅力を、再び「現在」で体感してみては。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

出演:マイケル・J・フォックス(マーティ・マクフライ 吹替:三ツ矢雄二)、クリストファー・ロイド(“ドク”エメット・ブラウン 吹替:穂積隆信)、
クローディア・ウェルズ(ジェニファー・パーカー 吹替:佐々木優子)、リー・トンプソン(ロレイン・マクフライ 吹替:高島雅羅)、
クリスピン・グローヴァー(ジョージ・マクフライ 吹替:古川登志夫)、トーマス・F・ウィルソン(ビフ・タネン 吹替:玄田哲章)
監督:ロバート・ゼメキス 製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ 脚本:ロバート・ゼメキス ボブ・ゲイル
撮影:ディーン・カンディ 音楽:アラン・シルヴェストリ
配給:東宝東和
コピーライト:©UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.
IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation.
BACK TO THE FUTURE/アメリカ/1985 年/PG-12/IMAX(字幕版)・4DX(字幕版・吹替版)/
音声①英語 5.1ch サラウンド②日本語モノラル/16:9ビスタ/4K DCP/116 分