人気ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(TBS系)が最終回を迎えた。家父長的な価値観を縛られていた勝男(竹内涼真)が、鮎美(夏帆)に振られてから変化していくストーリーは、大きな話題を生んだ。
『あらがうドラマ 「わたし」とつながる物語』などの著書があり、変化する価値観や社会のあり方について捉えたドラマや映画について書いてきたライターの西森路代が、最終回を終えた同作をレビューする。
長年信じてきた価値観を、なにかのきっかけを機に変えることができるのだろうか。近年の他ドラマとともに考える。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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芸人の発言が漫画、そしてドラマに
昨今の日本のドラマには、男性目線から、時代の変化とともにどう生きていけばいいのかを描く作品が何本かある。
私が思い出したのは、2023年の日本テレビの水曜ドラマ『こっち向いてよ向井くん』、2025年1月からテレ東の深夜枠で放送されていた『晩餐ブルース』、そして2025年の10月からスタートし、最終回を終えたばかりの『じゃあ、あんたが作ってみろよ』である。
この中で『こっち向いてよ〜』と『じゃあ、あんたが〜』はそれぞれ、ねむようこ、谷口菜津子の漫画が原作となっているのだが、面白いことに、2作ともに、芸人の発言がヒントになって原作が描かれているという。
『こっち向いてよ〜』は、パンサーの向井慧のラジオ『#むかいのしゃべり方』を聞いていたねむようこが、向井が恋愛の話をしていたエピソードをヒントに描いたものだという。『じゃあ、あんたが〜』に関しては、ラランドのニシダが彼女の手料理に対して「茶色い」と言ったことがヒントになり描かれたものだそうだ。ドラマ化に際しては、ニシダの相方のサーヤが出演したことでも話題となった。芸人の話は創作のキーワードになるものなのだ。
ではこの3作が何を描こうとしているのかというと、それぞれ、少しずつ違っている。
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時代の変化によって生まれた、それぞれの疑問に向き合う登場人物たち
『こっち向いてよ〜』では、アラサーになった「向井くん」(赤楚衛二)が、結婚して子供が生まれたりとライフステージが変わっていく周囲の男性たちの姿を見て、自分も彼らと同じようにステージを変えなければと漠然と考え、なんとなーく誰かとつきあってみたりする姿が描かれる。それに対して、向井といきつけのカレー店で知り合った洸稀(波瑠)は、みんなと同じようなコースを辿ろうとしている向井くんに対して、ときに辛辣な言葉を投げかける。
『晩餐ブルース』はというと、テレビ局でドラマの演出家をしている優太(井之脇海)が、念願の職業に就けたものの、仕事に忙殺されており、そんなとき旧友たちと再会し、ただ晩御飯を一緒に食べると言う「晩餐活動=晩活」をするというものであった。
そして、『じゃあ、あんたが〜』は、料理は女性が作って当たり前と思っていた勝男(竹内涼真)が、長年同棲していた鮎美(夏帆)にプロポーズをしたものの別れを切り出され、彼女がいなくなってから初めて、彼女が作っていた「筑前煮」のおいしさを懐かしみ、自分でも作ってみようと試みる。そこで初めて、彼女がいかに、筑前煮を丁寧に作っていたかに気付き、少しずつ変わっていくというものだ。
こうしたドラマの根底には、フェミニズムによって男性が気付かされること、男性にも自身のケアが必要であることや、そこから進んで、性別役割分業が当たり前であった時代が変化していき、役割とはなんであったのか? と考える過程が描かれている。さらに話が進むと、父長制に対しての疑問なども見えてくるのである。

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男性視点から描かれる、「らしさ」への抗い
こうした点から見ると、『晩餐ブルース』は特に、がむしゃらに働くということで得られるものは何なのかという疑問を投げかける。主人公の家はゴミ屋敷寸前の状態であり、ベッドに横たわって仕事のメールに返信しているときには、知らず知らずに涙が出てしまうほどで、彼には心のケアや休息が必要であるということが視聴者にもすぐにわかるのである。
『こっち向いてよ〜』においては、最初からかなり家父長制に対する疑問がストレートに描かれている。特にこのドラマで重要なのは、向井くんが、元カノである美和子(生田絵梨花)に対して、自分がしっかりした男になって「守ってあげたい」ということを言ったことが原因で別れを迎えている点だ。そのエピソードを聞いた洸稀は、「守るって何?」と聞き返すのである。このドラマは1話から、「男性が守り、女性は守られるもの」という構図に対しての疑問から始まっているとわかり、そこが面白かったのだ。
では『じゃあ、あんたが〜』はどうだろう。勝男は鮎美と同棲している間は、料理は女性が作る物であると思っており、性別役割分業に縛られている人物であったが、彼女にプロポーズして振られたことで、自分でも料理を作るようになり、性別役割分業の概念から離れることに成功する。不器用ながらも料理に奮闘する様子を応援したくなる視聴者はたくさんいたが、それは、性別役割分業から離れる作業でもあったため、応援したくなったということもあっただろう。

勝男の料理は、『晩餐ブルース』と同じく、自分の暮らしが仕事一辺倒であったところ(それは鮎美の献身的なケアがあってこそであったのだが……)から、自分で自分の生活を取り戻す、つまりセルフケアをするということも意味している。また、勝男や鮎美の両親が「結婚こそ唯一の幸せ」と考え、結婚を急がせること、それに応えられない2人のシーンを見ると、イエ制度に対する疑問も描かれているとわかるのだ。
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そのとき、女性はどう描かれていたか
このとき、各ドラマで女性は、どう描かれているだろうか。
『晩餐ブルース』の場合は、女性のキャラクターは多くはないが、主人公の優太の同期で、プロデューサーをしている上野ゆい(穂志もえか)は、先輩のプロデューサーに仕事の功績を横取りされたり、企画出しの会議で女性視点の意見を軽んじられるなど、女性の感じる問題を矮小化されて、個人の感情の問題と捉えられたりしている。このドラマでは、女性は男性と同様に仕事に忙殺されていて、その上で彼女に特有の悩みがあることがリアルに描かれていて、それは決して分量的には多くはないが、心に残る部分が多かった。
『こっち向いてよ…』の洸稀は、かなりのフェミニストである。男性が女性を「守る」ということに対しては、最初からおかしいという姿勢を崩さないし、向井くんの妹・麻美(藤原さくら)なども、夫・元気(岡山天音)が一家の大黒柱であろうとしたり、彼女を守ろうとしたりする姿をノイズと感じ、結婚という制度にのっとった関係性を解消しようと考えるのだ。
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『じゃあ、あんたが〜』最終回で復縁を解消した理由
『じゃあ、あんたが〜』の鮎美は、そこまで自覚的ではないが、「女性が料理を作って当たり前」という勝男の姿勢には疑問を感じたからこそ、別れを決意したのである。とはいえ、彼女の場合は、まだ揺れている。その理由は、男性に悩まされた家族を見て、愛される自分になることが幸せであると考えてきたからだ。鮎美と勝男は、旧来的な「持ちつ持たれつ」もっと言えば「共依存」の関係にあり、家父長制を利用して幸せになろうとしていた2人なのであるから、鮎美も勝男のように、徐々にその考えから脱却していく姿が描かれるわけであり、そのスピードはある人にとっては、のろのろと見えたかもしれない。

しかし、『じゃあ、あんたが〜』の最終回には、2人が更に変化する過程がうまく描かれていた。鮎美と勝男は、紆余曲折あって一度は元サヤに戻るが、勝男は、自分で事業を始めようとする鮎美に「俺、そういうの得意だから」となにかとアドバイスをしたがってしまい、『こっち向いてよ〜』でのキーワードでもあった「守りたい」に匹敵する「支えたい」いう言葉を、最終回にして言ってしまうのである。


その結果、2人は別れを決意する。勝男は、できることをしてあげたいと思っただけなのだろう。しかし、鮎美は、支えられるよりも、自分の足で歩みたいと考えたのだと思う。彼女の「誰かの後ろじゃなくて、横に立てる自分でいたい」というセリフがすべてを物語っていた。ラストシーンで、高円寺の駅前の三叉路を2人がそれぞれの方向に歩んでいく姿はすがすがしいものがあった。

勝男のことを、会社の後輩の南川あみな(杏花)は、「人は変われるんだと思った」と語る。確かに、「料理は女が作るもの」と考えていた勝男が、自分で筑前煮を作るところから始まり、自身の「生活」を自分で整えようとしているという意味では「変わった」。もう彼は、「料理は女が作るもの」とは考えてもいないだろう。しかし、私は、勝男は最後の最後まで、仕事に関してもアドバイスを繰り返す様子や、鮎美に対して、家賃は払うし、生活費は稼ぐし、「なんかもう、支えたい……全部」と言っていたりする姿から、正直、まだまだ彼の中に性別役割分業が残っていることを見たのである。
でも、人はそんなに急に全て変われるものではないし、変われない部分に勝男らしさがあるのかもしれない。先走って支えようとしたことに対して、素直に謝るシーンもあった。勝男はこの先も様々なことに気付き、もっともっと変わっていく余白があるのだとも思えた。それだけ勝男の中の「刷り込み」の量が膨大であったことを伺わせる。

現実社会において、人は、自分を変えようとする外圧に対しては敏感で、あまりにも外から変えろというメッセージを受けると攻撃的になることもあるかもしれない。あまりにも長年、旧来的な価値観に晒され続けているとと、それが良くない意味での血肉になってしまうこともあるだろう。そんな中、勝男は自分で右往左往しながらかっこ悪くても変わろうとした。しかし、変わるということは本人の持った本質を変えろというものではないと考えれば楽になるのではないか。このドラマで勝男が変わった部分も、彼の内面ではなく、価値観という後からインストールされたものに対してなのだから。
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』
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